第27話 二宮明里は隠したい③

「ちょっといい?」


 昼休みに声をかけてきたのは意外にも二宮明里だった。あまりにも意外だ。男女問わず俺に話しかけてくる人は限られている。この昼休みだって、一緒に弁当を食べる友人も見つからずひとりでささっとたいらげ、残りの時間を持て余していたところだ。俺は二宮とはほとんど話をしたことがない。接点といえば、二宮と仲のいい知恵とドラゴン調査で一緒にいることが多いというくらいだ。

 今知恵が気になっている「最近なにか変」な二宮明里。どんな事情があったのかは知らないが、まさか俺が巻き込まれるとは思いもしなかった。


「な、何の用?」


 少し裏返った声で用件を聞くと、「ここじゃ話しづらいからついてきて」と言って二宮は教室の外へ歩き出した。そんなにずかずかと歩いていって、俺が付いて行かなかったらどうするんだろうか。きっと自分に自信のある人は余計な心配なんてしないのだろう。そんなことを考えながらも急いで立ち上がり二宮の後をついていく。面倒くさいが、クラスメイトを無視をするわけにもいかないので仕方がない。


 二宮は階段を降りると現在使われていない空き教室に入った。こんな人気のないところに俺と二人きりなんて、誰かに見られたら変に思われないだろうか。こういう二宮の行動は苦手だなと思う。空き教室は机と椅子が教室の隅にまとめて置かれていて、物置代わりになっているようだ。教室の半分は何も物がなく、広いスペースになっている。二宮は窓際まで歩くと、振り返って俺の顔を見る。短くなった黒髪が小さく揺れる。二宮って、こんな顔だったかな。そういえば、ちゃんと顔を見ることすら初めてかもしれない。


「一條ってさ、最近白川と仲がいいよね」


 何を話すかと思ったら、白川だって?予想外の言葉に反応が遅れる。そういえば二宮は俺のことを苗字で呼ぶ数少ない人間だった、なんて話と関係のない思考を話題に戻す。


「仲がいいかは知らないが、友達ではある。」


「仲がいいでいいじゃん。昨日も一緒に寄り道してたでしょ。そんなところはさらっと流して本題に進めさせてよ」


 予防線を張った俺の遠回しなダサい言い方が気に入らないのか、少しいらっとした様子で二宮が返す。俺だって本当は物事をうじうじ考えずにハキハキとしたいんだ。二宮にしても知恵にしても、こういうところは俺とは違う。しかしどちらがいいかは明確だ。


「ごめん」


 だから謝ってしまうのだ。


「あのさ・・・あのさ」


 本題に入ろうというところで急に二宮がもじもじとしはじめる。まわりに聞かれたくなくてここに連れてきたということは、俺に話すのも実は勇気のいる内容なのかもしれない。知らない人が見たら愛の告白でもしようとしているかのような構図だが、それだけはありえないことを俺はよく理解している。第一、話の流れからしても俺に関することではないだろう。


「白川って、何が好きか知ってる?」


 会話からおおよそ予想できた質問ではあるが、二宮が俺にこんなことを聞いてきたことは驚いた。しかも昼休みにわざわざ呼び出してというのは、なかなかに一所懸命なようだ。これはつまり、そういうことだろうか。二宮は、英彦が好きだと。そういうことなのだろうか。英彦はなんとんなくモテない仲間かと思っていたので残念だ。だが白川英彦の性格の良さも優秀さも知っている身としては、彼が人に好かれることは納得でもあるし喜ばしい。申し訳ないのは、質問の答えを俺が持っていないことだ。


「うーん、なんだろう。俺も英彦と付き合いが短いからなあ。あんまり知らないんだよ」


 すぐに知らないと言うわけにもいかず、なんとか絞り出そうとしてみる。昨日の本屋での会話から参考書にこだわっていることは知っているが、求められている回答はそういうことではないだろう。趣味の話なんてあまりしたことがない。確か休日は勉強していると言っていた気がする。英彦は最高レベルの大学を目指しているらしい。うちの高校からそんな大学に行こうと思ったら生半可な努力では無理なのだろう。


「何かない?なんでもいいから思いついたこと言ってよ」


 関係のないことを考えはじめていた俺に、二宮が催促をする。なんでもか。そういえば好きなものはしらないが、最近気になりだしたものだったらあったな。


「好きなものじゃないけど、ファッションに興味を持ち始めたって言ったかもしれない」


「ファッション?」


 二宮から見ても英彦がファッションに興味を持つのは意外なのだろうか。疑うような目で俺を見る。


「本当だって。たぶん興味はあるけど何からしていいかわからないって段階だと思う。昨日、ファッション誌を見ていたんだ。でも結局買ってはいなかったし、ページのめくり方もたどたどしい気がした」


「ふーん、なるほど、ね」


 二宮は人差し指を唇にあて、上を見る。考え事をするときのクセなのだろうか。


「ありがとうね、参考になったわ」


 どうやらこの情報は使えると思ってもらえたようだ。しかし、こちらとしては納得できないというか、気になることはある。


「ねえ、二宮さんと白川の接点が見当たらないんだけど、どういう関係?」


 俺としてはこの質問をすることはかなり勇気を出している方だ。でも英彦は友達だし、二宮からも直接巻き込まれているのだから、これくらい聞く権利はあるんじゃないだろうか。

 二宮は「んー」と唸って少し考えた後、「誰にも言わないでよ」と前置きをして話を始めた。

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