第26話 二宮明里は隠したい②

「髪の毛!どうしたの!?」


 1限の授業が終わった後、短い休み時間にさっそく知恵が二宮に詰め寄る。俺の席からは離れた二宮の席だが、知恵の声が大きいのでここまで聞こえてくる。


「うるさい。ちょっと黙りなさい」


 二宮が手の側面で知恵の頭をチョップのような形で軽く叩く。さわがしいので周りの人たちも振り返っていたようだ。


「だって、明里、急に髪型変えたからびっくりしちゃった。きれいな髪をばっさり短くしちゃってるし、見たことないくらい真っ黒」


 頭を押さえながら知恵が言い訳をする。


「ぷっ。ほんと、誰かと思ったよ。おかっぱじゃん。座敷童ざしきわらし?」


 知恵がよく一緒にいる女子グループのもう一人、吉田美穂は驚いたというよりは完全にからかう体制だ。悪口にも聞こえるが、仲が良くて信頼関係があるから言えることなのだろう。俺にもそういうことを言える同級生は、ひとりかふたりくらいはいる。


「もしかして失恋?失恋なの?」


 心配しているのか煽っているのかよくわからない。


「ふたりともうるさいなあ。ただの気分転換だって。失恋なんかしてないよ」


「ほんとー?なんか最近明里は上の空のことが多いからなあ」


「え、そうかなあ」


 さっきの話も直接聞いてみているようだ。本人はとぼけているのか、それとも自覚がないのだろうか。


「あ、もしかしてバイトのため?コンビニのバイトしてたよね」


 そういえば前に西葛西で知恵と偶然会った時、二宮はバイトをしていると言っていた気がする。


「違う違う。っていうか、バイトは辞めたんだよね。もともと別にしなくても良かったんだけど、遊ぶお金ほしくてやってただけだから。なんかせっかくの高校生活をコンビニバイトに使うのももったいない気がしてさ」


「ふーん」


 何か変とまではいかないが、何かしら心変わりがあったらしい。そんな話に聞き耳を立てている間に、次の授業のチャイムが鳴る。


 * * *


 放課後、白川英彦が参考書を買いに本屋に行くと言うので、暇だから着いて行くことにした。奴の成績がいい理由がなにかわかるかもしれないという下心もある。

 家業を継ぐ気がない俺はいつか就職するわけで、そのためには受験して大学にいくなど考えなくてはいけないのだが、どうも勉強というのはやる気にならない。

 そもそも俺は参考書を買おうなどと思ったこともない。何が書いてあるかもよく知らない。勉強のことが書いてあるのだろうが、教科書と何が違うのだろう。


「全然違うよ。僕に言わせれば、教科書は全然書いてある内容が足りていない」


「どういうことだ」


「思ったことないか?教科書に書いてある内容を全部読んでも、期末試験や模擬試験で満点は取れない。これっておかしくないか」


 そういう風に言われると確かに、そんな気もする。試験が教科書や授業の内容の確認なら、試験の答えが教科書に載っていないとおかしい。しかし俺にとっては教科書に書いてある内容すら半分くらいしか理解していないので、無意味な想定だ。


「厳密にはさ、教科書の内容から応用や推定をすれば全部解けるのかもしれないけどね。でも、応用のやり方までは書いていない。塾や参考書ではそこまで説明してくれるのさ。」


 わかったようなわからないような。これは英彦なりの勉強論なのだろう。


「もちろん学校や先生によっては授業でそこまで教えてくれるだろうけどね。うちの高校のレベルだと基礎しかやらない」


「なるほど、ね。さすが成績学年1位だ。俺は勉強はちょっと苦手だな」


 そう言うと英彦は少しむっとした顔をした。


「テストで点を取る方法は明確だよ。テストに出る問題を解けるようになればいい」


 だから、そのやり方がわからないというのに。


「テストで点を取れない人は勉強のやり方を間違えているか、勉強してないかどっちかだよ」


「俺は試験前は勉強してるぜ」


「どのくらいか知らないけど、数学や英語は積み重ねだからね。小学校中学校であまり勉強してきてないなら急にできるようにはならないよ。今から挽回するなら暗記系がおすすめかな」


 そう言うからには、英彦は小さい頃から勉強を積み重ねてきたのだろう。家が金持ちだけあって、教育も厳しかったのかもしれない。


「暗記かあ、それも苦手なんだよな」


「暗記のコツは、とにかく問題を解くことだ。教科書を眺めてても覚えられない。たまにひたすら書いて覚えるという人もいるけど、それは非効率だね」


 次々と英彦の勉強論が出てくる。それだけ色々と考えて勉強しているということだろう。勉強の話はあまり面白くないから話題を変えたいが、他には特に面白い話もない。

 英彦との会話は今日みたいに話題自体は特に面白いものではない。しかし考えたこともないような知らない話や新しい考え方を聞くことができる面白さがある。それに英彦は当たり前だが俺にも対等な目線で話をする。人を見下したり上下関係をつけるような考え方は持っていないのだろう。それはとても心地いい。


「なんだかんだ竜一とは話しやすいよ。こんな勉強の話なんてみんなつまらないと言って話を変えられてしまうからね。文句を言わずに聞いてくれるのは竜一くらいだ」


 そんなことをよく恥ずかし気もなく言えるものだ。「そりゃあ俺は部活もなにもやってなくて暇人だからな」なんて言ってみるが、少し照れ臭い。


 そんなことを言っていたら英彦は参考書を選び終わったようだ。参考書コーナーから出て別の本棚へ移動していく。俺はというと、先日ユメちゃんと遭遇したせいで買えなかった小説でも探そうとひとり小説コーナーへ移動する。そういえば好きな小説家の最新作が発売されたのを忘れていた。悩む間もなく平積みにされた本を一冊手に取り、レジへと向かう。会計を終えて英彦を探すが、レジにも小説コーナーにも漫画コーナーにも見当たらない。きょろきょろと本屋を見渡すと、雑誌の本棚で立ち読みをしている英彦を見かけた。


「何を読んでいるんだ?」


 本をのぞき込むと、意外にもファッション誌だった。前に平井で会ったときはファッションに興味があるようには見えなかったが、実はオシャレ人間なのだろうか。最近仲良くなったとはいっても付き合いは短いのでよくわからない。


「ああ、ファッション誌だけどね。初めて読んだよ。いままで見たことないものにも目を向けてみようと思って」


 そういえば、英彦は将来の夢の話も以前は人に言わないようにしていたが、話していくように考えを変えたと言っていた。二宮さんの”最近変”とはまた違うかもしれないが、白川英彦も何かしらきっかけがあって自分を変えようとしているのかもしれない。

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