第24話 なぜ江戸川区にはドラゴンがいないのか?②

「埼玉の親龍が最近死んだのを知っているかね」


 そう言えば、以前海野がそんなことを言っていた気がする。


「親龍というのはとても大きいからね。死骸もその大きさのまま残るわけじゃ。後処理も大変なんだよ」


 新宿御苑で見た黒神竜の姿を思い出す。あの大きさがそのまま残ったとしたら、確かに大変なことだろう。


「しかし、邪竜や葛西水龍で残っているのはここにあるような小さな破片だけなんじゃ」


 それでは話が合わない。邪竜と葛西水龍が戦って、両方、またはどちらかが死んでいなくなったのだとすれば、その巨大な死骸が残っていなければおかしい。



「つまり、どういうこと?」


 知恵が首をひねる。


「ここからが仮説になるが、邪竜も葛西親龍も死んでいない。つまりどこかで生きているということにならないかい?」


 そうなるのか。少し頭がこんがらがってきた。死骸があればその大きさから見つかっていないはずがない。しかし見つかっていない。ならば生きている、ということか。筋が通っているようで、通っていない気もする。


「でも、生きているならなんでいないの?大きくて生きているなら、なおさら見つからないはずがないじゃない」


 俺のもやもやとした疑問を言葉にしてくれた。


「それがわからないから、仮説なんじゃよ」


 知恵が肩を落とす。なんだ、結局わからないってことじゃないか。


「でもね」


 おじいさんが話を続ける。


「物事には必ず理由があるんじゃよ。もし邪竜と葛西水龍が生きていて、それでも見つかっていないなら、その理由はある。絶対にね」


 おじいさんはにかっと笑い、俺たちの顔をひとりずつ見た。


「何かを見つけるのに知識や肩書きはいらないんじゃ。もしかしたら、それを見つけるのは君たちかもしれないんじゃよ」


 おじいさんがそう言うと、知恵は「もちろん、そのつもりよ!」と自信満々に答えた。海野は尊敬する立場であるドラゴン研究者の言葉に目を輝かせているようだ。俺はというと、ここまで来たら結果は気になるものの、そこまで熱くなれるわけでもなく「そんなもんかなあ」と思う程度だ。


 「でも、どうしたらいいのかしら」


 俺と海野の方に向き直して、知恵が首をかしげる。


 「そうだな、手がかりはなくなっちゃったな」


 今まで色々と調べて来たが、思いつくところは調べ尽くしてしまった。白川のおじいさんの助言でこの江戸川区郷土資料室まで来たが、ドラゴンが消えた理由や邪竜についてはわからなかった。この後、何を調べたらいいんだろう。


 「そういう時は、とにかくその目で、耳で、見て聞くことじゃよ」


 「どういうこと?」


 「おまえさんたちが調べたいのは江戸川区にドラゴンがいない理由じゃろ?資料を調べるのもいいが、江戸川区やドラゴンについてもっと見て、肌で感じることじゃ。そうしたら何か気がつくこともあるかもしれないぞ」


 なるほど。確かに今は情報がない状態だ。闇雲でも何かヒントになるものを探してみないことには始まらない。RPGゲームでも、次にどこに行ったらいいかわからないときはあちこち調べたり村人全員に話しかけたりするものだ。

 まずはこの江戸川区について色々と見てまわるのもいいかもしれない。ドラゴンについては・・・あまり見たくはないが・・・。

 あ、そういえば、江戸川区を見ると言えば、忘れていたこともある。


「船堀タワーに行くって話もあったよな」


 俺の言葉に、知恵と海野がはっとした顔をする。


「言われてみれば、白川くんの家に行く前は船堀タワーに行くつもりだったな」


「すっかり忘れてた!」


 高いところからこの江戸川区を見てみるのもいいかもしれない。何かそれで得るものがあるかは・・・わからない。


「おっと、忘れておった。仮説はもうひとつあるんじゃ」


 そう言うと、おじいさんは一枚の絵を広げて見せた。


「この絵は何?」


「これは、なんてことはない。寺社で竜に祈祷をあげている様子じゃ。竜は昔から神の使いとされている生き物じゃからな」


「それが、何の関係があるの?」


「このあたりの神社らしいがね、どこかにドラゴンに呪いをかけて操ろうとしていた一族がいたらしいのじゃ」


 海野が怪訝な声をあげる。


「呪いだって?」


「はっはっは、あまり真に受けないでおくれよ。これは仮説というより噂とか伝説と言ったほうがよいな」


 分家とはいえ、俺の家は龍を祀る一族だ。龍嫌いで避けてきた俺でもこの絵に描いてあるような祈祷も見慣れたものだ。しかし、呪いについては聞いたことがない。江戸川区に残る伝説だから知らないのか、それともそれほど広まったものなのか。


「それだけ、龍というのは事実や宗教が入り混じったものなんじゃ。文献が残っていたからといって鵜呑みにできるものでもない。学者の真面目な調査とは違った、若者ならではの発想に期待しとるぞい」


* * *


 広げた絵や爪などの資料を片付けたら、そろそろ帰る時間だ。なんだかんだと話し込んで遅くなってしまった。


「おじいさん、私たちはそろそろ帰るね。いろいろ教えてくれてありがとう!」


「なに、いいんじゃよ。わしもドラゴンに興味を持ってもらえて嬉しかったんじゃ。期待しておるよ、一條竜一いちじょうりゅういちくん」


 おじいさんはニカっと笑う。


「ところでおじいさん。ずっと気になってたことを聞いてもいい?」


「なんじゃ?」


 知恵がおもむろに話題を変える。


「"じゃ"とか"ぞい"とか、なんで面白い話し方なの?アニメに出てくるおじいさんみたい。本当にそんな話し方の人はじめてみた!」


 実は俺も気になっていた。このおじいさんの話し方、老人喋りというか、癖が強すぎる。方便にしてもおかしい。


「ふぉっふぉっふぉっ。よく聞いてくれたのう。これは、わざと老人のような話し方をしておるのじゃ。その方が面白いじゃろう?」


 どうやらただの変人だったようだ。


「ところで、最近の若者の間ではドラゴンが流行っているのかい?」


 高校生がこんなところまでドラゴンについて聞きに来るものだから、誤解させてしまっただろうか。ドラゴンなんて若者には全く流行っていない。歴史や生物、地理の授業なんかで登場するが、勉強の中ですら人気のある分野ではない。神社や寺に興味を持つ若者がいないのと同じで、ドラゴンも年寄りの趣味であったり昔の宗教といったイメージが強いのだ。そのことを伝えるとおじいさんは「そうなのかい」と意外そうな顔をした。ドラゴンの研究者ならドラゴンが若者に人気がないことくらい知っていそうなものだが、何か気になることでもあったのだろうか。


「実はこの間も若い女の子が江戸川区のドラゴンについて聞きに来てね。てっきりドラゴンブームが始まったと思ったのじゃが、違ったかい」


 おじいさんはがっくりと肩を落とす。


「おじいさん、その女の子って、もしかして中学生くらいだった?背が低くて、真っ黒な髪が肩まである」


「そうじゃそうじゃ、なんじゃ、知り合いかい?」


「ねえ、竜一くん。それって、咲ちゃんじゃない?」


 竜宮咲は俺の従妹だ。一條家の本家筋である竜宮家の娘で、中学2年生。知恵は新宿御苑で一度あっただけだが、この間白川のおじいさんの家に行ったときも、知恵は咲ちゃんを見かけたと言っていた。その咲ちゃんがこの江戸川区郷土資料室にも来ていた?


「どうだろう、わからない。でも咲ちゃんの家は龍を祀る家元だからね。こういうところに用事があることもあるのかもしれない」


 用事に心当たりはないが・・・。もしかしたら咲ちゃんも「なぜ江戸川区にドラゴンがいないか」を調べているのだろうか。いや、そんなことはないだろう。学校に家の仕事もあって忙しい子だ。そんなことをしている暇はないと思う。


* * *


 その日俺たちは、今度船堀タワーに行く約束をしてそれぞれの帰路についた。1人で歩く帰り道。今日は考えさせられることが色々とあって疲れた。それにしても、本職の研究者にもわからないことを調べて、俺たちでわかることなんて本当にあるんだろうか。でもあの教授だって、篠崎公園を歩いていて邪龍の一部を見つけたって言っていた。もちろん注意深く探しながら歩いていたのかもしれないが、歩いて見つけて拾うだけならだれでもできるはずだ。

 なんて考えている自分にはっとする。俺は江戸川区になんでドラゴンがいないかなんてどうでもいいんだった。知恵に付き合っているだけなんだ。いつのまにか知恵につられて、俺まで調査に夢中になるところだ。むしろ謎のままでいてくれたほうが、知恵といろんなところに行けて俺にとってはいいじゃないか。


 ふと、昨日ユメちゃんが言っていたセリフを思い出す。


『まだ、そんな段階じゃないけど、もっと仲良くなって、ユメのこと好きになってもらったら、告白して、絶対海野先輩と恋人になるんだから』


 そんな風に思えること自体がすごいことだと思う。でも、俺は違う。


 とにかく、次は船堀タワーだ。あの教授の言っていたように、この街を見渡したら何かわかってくるかもしれない。そういえば、あの教授、去り際に俺に向かって「期待してるぞい」とか言っていたな。なんで一番張り切っていた知恵やドラゴン好きの海野じゃなくて俺に言ったんだろう。

 それに、俺のフルネームなんて、今日誰か呼んでいただろうか。

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