第23話 研究者が明かす"邪竜"
おじいさんが取り出したのは黒い2つの岩のようなものだった。1つは平べったい形をしていて、もう1つは尖った形をしている。
「これは、邪竜の体の一部じゃよ」
知恵の「えっ」っという声にあわせて俺たちは顔を見合わせる。今まで調べた限りは伝説のようなもので、記録にもあまり残っていなかった邪竜。その体の実物が残っていることに驚きを隠せない。しかも、それが目の前にある。俺には黒い石の塊にしか見えないが、これが邪竜の体の一部とは一体どういうことだろうか。
「篠崎公園に落ちていたものを、わしがみつけたのじゃ」
篠崎公園は小岩と都営新宿線篠崎駅の間にある公園だ。そんなところでこのおじいさんが拾っただけって、実はただの石だったなんてことないだろうな。
「ふぉっふぉっふぉ、疑っておるな」
言い当てられてしまったが、知恵と海野も同じ考えだったようだ。苦笑いをしている。
「平べったいものが鱗で、尖っているものは爪のかけらじゃ。成分分析をしておるから生物の一部であることは間違いがない。それに、これだけ大きいものはドラゴン以外にはありえない」
おじいさんが詳しい解説をはじめる。さすが教授だけあって、しっかりと調べているようだ。
「しかし、これは江戸川区のドラゴン「葛西水龍」のものとは一致しない。葛西水龍は白い鱗をしておるし、爪の成分も違う。葛西水龍だけではなく、全国のドラゴンと比較しても、そのどれとも違っていたんじゃ」
だから邪竜の一部だということか。
「劣化具合からも、邪竜が現れたという大正時代付近のものだということがわかっている」
「ってことは、邪竜ってほんとにいたんですね」
「それは間違いないじゃろう」
大正時代のある日、邪竜が現れていた。それを見て葛西臨海公園の石碑や白川家にあった掛け軸は作られたのだろう。邪竜が本当にいたということは江戸川区や周辺が消滅するくらいの危機だったってことだ。しかしそれは学校では教えていないし、知っている人もほとんどいない。なんでこんな大事なことが伝わっていないんだろう。
「うーん」
知恵がなんだか納得できないような顔で唸っている。
「どうしたの?」
「えーっと、邪竜がほんとうにいたっていうのはわかったんだけど」
「うん」
「おじいさん、わたしたちは江戸川区になんでドラゴンがいないのかを知りたいんです。それで調べたら昔邪竜が現れて葛西水龍も出てきて、そのあとドラゴンがいなくなったってわかったの」
葛西臨海公園の浜辺にあった石碑の内容だ。文字が消えて半分も読めなかったが、大正12年10月1日に邪竜が現れて、世界を滅ぼそうとして、葛西水龍がそれを鎮めて龍がいなくなった、と書いてあった。
「そのあと詳しい人に話を聞いて、邪竜は人に襲われた龍を助けるものだとか、国を滅ぼすくらいの災害だとかを教えてもらったの」
「ふむ、確かに、邪竜とはそういうものじゃな」
「でも、それでなんで江戸川区からドラゴンがいなくなるのか全然わからないの!」
知恵は困ったポーズをとる。たしかに、あの日新宿御苑で「なんで江戸川区にドラゴンがいないのか」を調べようと言い出して、葛西臨海公園、白川家、江戸川区郷土資料館とあちこち来たが結局のところ何故江戸川区からドラゴンが消えたかはわからない。そろそろ確信に迫りたい気持ちはわかる。しかし、ここまで続いても飽きずに調べ続けている知恵はすごいなと思う。
「なるほどのう」
おじいさんはぽりぽりと頭をかく。きっと大学の教授でもそれはわからないのだろう。最新の研究でも判明していないということは海野が言っていたのでわかっていたことだ。逆に言えば、判明して論文などで公表されていれば海野も知っていたはずだ。
「たしかに、それはわからない」
やっぱりそうか。知恵も落胆した顔をしている。
「だが、仮説ならいくつかはあるぞい」
「仮説?」
「そうじゃ。まだ立証はされておらんが、状況や噂からなぜドラゴンがいなくなってしまったのかを考えるんじゃ」
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