第22話 江戸川区とドラゴン研究者

「これは江戸川に船を浮かべて、行徳で採れた塩を運んでいた時の様子を描いた絵じゃよ」


 資料館で話しかけてきたおじいさんは、展示の説明を始めてしまった。断りずらくて聞いてしまっているが、これが意外とわかりやすい。行徳は確か、東西線で千葉県に入って、西船橋の手前くらいの地名だったかな。


「ふぉっふぉっふぉ、この絵にも町人と一緒に竜が描かれているじゃろう。このあたりでも、それだけ昔はあたりまえに竜がいたんじゃよ」


 おじいさんが説明している絵は、江戸時代に描かれたものだろうか。着物を着た男たちが船に乗り俵を運んでいる様子だ。ドラゴンは絵の端のほうで座っていたり、川を泳いでいて、野良猫のように町中にいたのだと想像できる。


「古そうな絵ね。みんなちょんまげしてる」


「江戸っ子って感じがするね」


「え!?」


 俺の大した意味もない感想に、知恵が驚いた顔をする。


「え、どうした?俺何か変なこと言った?」


 何がおかしいかわからないが、知恵と海野が「やれやれ」といったポーズをとる。


「これだから江東区民は、何もわかっていないな」


 ふう、とため息をつく海野の顔が腹立たしい。


「あのね竜一くん、江戸川区は江戸じゃないのよ」


 ???


 え??何??知恵が何を言っているのか意味がよくわからない。


「え、江戸川区でしょ?江戸じゃないって、どういうこと」


「東京23区でも半分くらいなんじゃよ。江戸だったのは。それくらい江戸という町は今で考えると小さかったのじゃ。それでも、当時を考えれば大きな大きな町じゃよ」


 おじいさんが説明を始める。


「江戸川は“江戸に繋がる川”という意味じゃから江戸に流れているというわけじゃないんじゃな。その江戸川沿いの町だから“江戸川区”というわけじゃ。江戸川区は村がたくさんあるような土地で、江戸の中にあったわけじゃないんじゃ」


 へー、そうだったのか。


「江東区はギリギリ江戸だもんな」


 いやそれも知らないが。なんでみんなそんなに江戸川区について詳しいんだよ。


「そんな江戸川区の人たちが、江戸に荷物を運ぶ重要な水路だったんじゃな」


 そういうことを知ってから見ると、この絵も違って見える。ドラゴンにしても、日常の絵の中にドラゴンが描かれていると、それだけ当然にいたものなのだとわかる。


「昔は江戸川区にもドラゴンがいたっていうのは知ってたけど、こういうのを見ると実感するなあ」


 ドラゴン好きの海野は目を輝かせておじいさんの話を聞いている。一方知恵はあまり興味がないのか、あたりを見渡している。


「ねえ、おじいさん。私たち、“邪龍”っていうのを調べてるんだけど、何か知らない?」


 話に飽きた知恵が話を切り出す。それを聞いたおじいさんは驚いた様子で目を見開く。


「おお、“邪龍”とは。若いのによく知っているのう。感心じゃ」


 どうやらおじいさんも邪龍のことを知っているようだ。江戸川区にドラゴンがいない理由につながる何か情報を得られるといいんだが、どうだろう。


「何を隠そう、わしは大学でドラゴンの生態を研究しておるのじゃ」


「え、大学の先生ってこと?」


「そうじゃよ。だからドラゴンのことなら、なんでも聞きなさい」


 これは驚きだ。大学の教授ということは、その道の専門家だ。海野みたいなドラゴンマニアとは知識の量も質も段違いだろう。


「え!すごいですね!どこ大学ですか?もしかして東大?それとも向こうにある海洋大学?俺ドラゴンが好きで、将来はドラゴンにかかわる仕事がしたいんです。先生はドラゴンの何を研究されているんですか?ここにいるってことは歴史でしょうか。あ、でもさっき生態っておっしゃってましたね。江戸川区には今ドラゴンがいないから、あまり生態の研究には向かないような・・・。でもここにも昔のドラゴンの展示があるから参考になるんですかね。それに・・・」


 海野が興奮して久しぶりにマシンガントークモードになっている。最近見なかったから、そういうキャラだってことも忘れていた。


「ちょっと、海野君、今日はそんな話をしに来たんじゃないでしょ」


 海野の言葉を知恵が遮る。


「ふぉっふぉっふぉ、元気があっていいのう。“邪龍”について聞きたいんだったね?それなら、この資料館にもいいものがあるよ」


 そういうと、おじいさんは資料館の「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたドアに手をかける。


「そこ、入っちゃいけないみたいですよ」


「いいんじゃ、いいんじゃ。わしが資料館にあずけたものがここにあってな。いつも入っているから大丈夫じゃよ」


 そういうとおじいさんは奥の部屋に入っていくと、白い布に包まれたボーリング玉くらいの大きさの荷物を持って出てきた。

 おじいさんは荷物を机の上に置くと、布を丁寧に開いていく。

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