第21話 ようやく新小岩
新小岩駅はJR総武線で平井の隣の駅だ。東京の東側では賑わいのある町で、駅前にも商店街や雑居ビルが立ち並んでいる。
「でも、初めて来たな」
海野の言葉に、俺も頷く。
近辺の他の町と比べると発展しているが、総武線の通っていない地域からするとそれほど行きやすくもなく、むしろ都心に出た方が早いので、わざわざ行く機会は少ない。
特に俺たちのような高校生が行くことはあまりない。
「私は来たことあるよ。こっちの方に住んでる友達と遊ぶ時に新小岩で会ったんだ」
カラオケとファミレスに行っただけだけど、と知恵は付け加えた。
なんとなく知恵らしいなと思った。
「どっちかっていうと、新がつかない『小岩』の方が思い出あるなあ」
「あー、花火大会?」
「そうそう、江戸川の花火!」
江戸川区花火大会は毎年8月に江戸川の河川敷で開催される大規模な花火大会だ。江戸川を挟んで向こう側の市川市と共同開催で、同じ花火を見るのに市川市側から見ると「市川市民納涼花火大会」と言う名前になるややこしい花火大会だ。
「竜一くんも行ったことあるんだ?江東区住みなら荒川の花火大会のほうが近いよね」
「たしかにそっちの方が近いけど、荒川の花火大会は平日開催なんだよね。夏休みとはいえ親は仕事だし、子供の頃は行くなら江戸川か隅田川だったかも」
「へー、そうなんだ、じゃあ今度はみんなで一緒に行こうよ、花火大会。江戸川でも荒川でもいいから」
何が「じゃあ」なのかはよくわからなかったが、知恵と花火大会に行けるなら嬉しい。
そんな話をしながら歩いていると、駅前の賑やかな街並みが段々と住宅街に変わってきた。江戸川区はほとんどが住宅街。比較的賑わっている新小岩近辺でも店が立ち並ぶのは駅の近くか国道沿いだけだ。
「えーと、江戸川区郷土資料室、だっけ?そこに邪竜に関する資料か何かがあるのかな」
今更ながら、知恵が今日の目的を確認する。郷土資料室に行ってみたらどうかと言ったのは白川のおじいさんだ。
「江戸川区の歴史や昔の話が何かヒントになるかも、くらいじゃなかったか」
確かにおじいさんは、邪竜に関するものがあるとは言っていなかった。
「あと、なんだっけか、詳しいかも知れない人がいるって言ってたよな。名前、思い出せないけど」
「えーっと、そう、よしぞうさんみたいな名前じゃなかったかな」
名前は言ってなかった気がするが・・・知恵の適当な記憶はともかく、元情報もどこまであてになるかわからない。それに、アポなしで来たわけだからその人が今日いるかもわからない。
「結構歩いたけど、まだつかないの?」
確かにそろそろ着くはずだ。しかしあたりにはそれらしい建物は見当たらない。
「何か施設の中にあるんだよね」
調べたところ、江戸川区郷土資料室は江戸川区民向けの施設内にあるらしい。
「あ、もしかしてこれじゃないか?」
海野の指す方を見ると、古いが大きな建物があった。区民センターというよりは古いホテルかマンションの様な見た目だ。
中に入ってみると入り口付近にレストランやカフェがあり、やはり区民センターというには立派なものだ。しかし案内板を見ると会議室や多目的ホームがあり、よくあるタイプの施設なのだと理解できる。
「あ、あったよ。郷土資料室。3階だ」
エスカレーターで3階に上がると、急に雰囲気が変わる。「郷土資料室」の綺麗な看板と、木材や竹で和風にデザインされたエントランスが登場する。
「こんなところにあるから、もっとこじんまりとしたのを想像してたよ」
知恵の感想は失礼だが、概ね同意だ。高校生が気軽に入れる場所なのかと心配していたが、自由に無料で入って展示を見られるようで安心した。
「とりあえず入ってみようぜ」
中に入ると、博物館のように展示が並んでいる。江戸川区の郷土に関わる道具や船、動物に至るまでさまざまな展示があり、これだけでも楽しめる。
「お!ドラゴンのこともあるぞ」
「ほんとだ!こんなドラゴンが、昔は江戸川区のそこら中にいたんだね」
展示されていたのは親竜ではなく、江戸川区に昔いた"普通の"ドラゴンの写真だ。
「親竜の、葛西水龍の写真はないのかな?」
「たしかに、見たいね」
そんなことを言っていると、後ろから突然声がした。
「葛西水龍は海の中にいたから、目撃の記録や写真がなかなかないんじゃよ」
振り返ると、ここの職員らしきおじいさんが立っていた。
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