第20話 海野誠司はイケメンである②
「や、やあ。えっと、佐々木さん、だっけ?」
相手は後輩だ。一応気を使って、俺から話かけてみる。
それにしても気まずい。クラスメイトとだって相手によってはうまく会話ができないのに、こんな1度会っただけの後輩となんて何を話したらいいかわからない。
「はあ」
”ユメちゃん”は俺の言葉に雑に反応すると、反対を向いて歩いて行こうとした。
これにはさすがの俺もカチンときた。学校ではいきなり邪険な態度をとったかと思えば、今度は無視か。俺なりに頑張って話かけたっていうのに、先輩に対してこの態度はいかがなものか。そうだ、この子は海野が好きなはずだ。
「海野と一緒じゃなかったの?」
”ユメちゃん”の足が止まる。
「関係ないでしょ、あなたに」
「ただの世間話だよ。いつもそんな冷たい態度なの?海野に聞いてみようかな」
「それはやめて!」
”ユメちゃん”は慌て俺の腕を掴む。
「俺と海野は友達だよ。紹介された後輩と偶然会った話をするのは普通のことでしょ」
「・・・」
俺の言葉に顔を歪め、握った手に力が入る。
それにしても「友達だよ」なんて真顔で言うなんて、俺の方こそ本人に聞かれたら赤面ものだ。でも、大丈夫だよな。友達って言っても合っているよな。
「あのさ、俺、佐々木さんに何かした?初対面だと思ってたけど、忘れていたなら謝るよ」
”ユメちゃん”はばつの悪そうな顔をした後、ふうとため息をついて手を離した。
「苗字で呼ぶのはやめて」
「え?」
想定外の言葉に虚を突かれる。
「佐々木って名前、あんまり気に入ってないの。ユメって名前で呼んで」
えー。
俺も似たようなコンプレックスがあるから気持ちはわかるが、女の子を下の名前で呼ぶなんてそんな難しことできない。それになんて呼んだらいいんだ。ユメちゃん?ユメさん、それとも呼び捨てでユメ?っていうか何の話をしてるんだよ。
「さ」
「さ?」
「佐々木ユメさん」
「なんでフルネームなのよ」
”ユメちゃん”がようやく少しだけ笑顔を見せる。
「先輩なんだから、呼び捨てでユメでいいよ」
「いや、それは無理」
「さっきまで強気だったくせに、なんで急に遠慮がちなの」
そんなこと言われたって、そういう性格なんだから仕方がない。俺はコミュニケーションがへたくそなだけで、何をされても許すほど温厚でも優しい人格者でもない。
「で?」
「?」
何が「で?」なんだ?
「竜一先輩が話しかけてきたんでしょ。」
ああ、そうか。確かに、俺が話しかけたんだった。それで無視されて、頭にきたんだ。
「『で?』じゃないよ。無視しちゃダメでしょ」
そう言うと意外にも素直に「ごめんなさい」と謝ってきた。
そして、「んー」と何かを悩む仕草をした後に、小さな声で「竜一先輩は口硬い?」と聞いてきた。
なんだ、急に態度を変えて。なんのつもりだろう。俺に突っかかってきた理由と関係があるのだろうか。
「大丈夫、誰にも言わないよ。さっきのは呼び止めるために言っただけだから」
彼女はほっとした顔をすると、小さい声のまま話を続けた。
「実は私、海野先輩のことが好きなの」
「いや、それは見てればわかるけど」
驚いた表情の彼女。
俺が気がつかないと思ったのは、周りが見えていないのか、それとも俺のことをニブイと思って甘く見ていたんじゃないだろうな。
どちらにしても話してくれたのは、こちらを信用したと思っていいのか。それともさっきまでの態度を自分でも悪いと思っているからの引け目か。
彼女の話によると、学校で偶然見かけた海野に一目惚れし、話しかけて少し仲良くなってきたらしい。そんなタイミングで、最近は海野が捕まらなくなってきて、調べたら放課後に俺や知恵と出かけていることがわかった。
「それで、もしかしたらあの平川知恵って人が海野先輩のことを好きで、竜一先輩は2人をくっつけようとしてるんじゃないかと思ったの」
あまりの驚きで言葉もでない。なにもかも的外れすぎる。知恵は海野のことを好きではない・・かどうかは知らないが、たぶんそれはないだろう。いや、絶対にない!この間だって江戸川区資料館に2人で行くように俺が言った時も、知恵は断っていたじゃないか。
そして、俺が2人を付き合わせようとするなんて、それはありえない。絶対にありえない。絶対に。
だからこの子は、俺や知恵を睨んでいたのか。海野を取られると思ったわけだ。
この子は、妄想が強すぎるというか、思い込みが激しいんだな。
俺の知る限りそのような事はないと伝えると、ユメちゃんは「ほんとに?」と何度も聞いて、大丈夫だとわかると胸に手を当てて安心していた。
「何でユメが海野先輩を好きってわかったの?もしかして海野先輩も気づいてるかなあ」
心配そうに聞いてくるユメちゃんは少しかわいい。でもさっきまでのことを思い出すと、やっぱりこの子とはあまり深く関わりたくないなあと思う。
「どうだろう、海野は頭がいいけど、自分のことになると鈍い気もするし、気づいてないんじゃないかな」
自分でも、わかったようなことを言うなあと思うけど、他に言いようがない。海野は周りには気が利くけど趣味に夢中なタイプで恋愛の噂は無いし、それほど外れてはいないと思う。
「よかったー!」
感情を表に出せるということは1つの才能だと思う。
ユメちゃんが申し訳なさそうな表情で俺の顔をチラッと見る。
「さっきは変な態度して、本当にごめんなさい」
この子の直情的なところは正直どうかと思うが、素直に謝られたら俺からはもう何も言えない。
「ライバルも多いし、ちょっと焦っちゃったの」
やっぱり海野はモテるんだな。顔がいいというのはずるいものだと思うが、最近は海野が顔がいいだけのやつじゃないこともわかってきたから、納得せざるを得ない。
「まだ、そんな段階じゃないけど、もっと仲良くなって、ユメのこと好きになってもらったら、告白して、絶対海野先輩と恋人になるんだから」
告白か、考えたことがなかったわけではないが、実際に自分がやるってことはないのだろう、となんとなく思っていた。
「そうなったら、海野先輩は毎日ユメとデートに行くんだから、先輩たちと遊んでる暇なんてなくなっちゃうんだからね!」
この子の気持ちに、俺の知恵を好きという気持ちは負けているのだろうか。いや、そんなことはない・・・と思いたい。
いや、そうなのか?
自問自答を繰り返しても、俺は自分の気持ちすら、よくわかってはいないらしい。
よくわかっていないということすら、今気が付いたほどだ。自分のことをダサいやつだとは思っていたけど、ダサいだけじゃなくて馬鹿なのかもしれない。
「じゃあ、またね、竜一先輩」
1度も振り向かずに出口へ向かうユメちゃんの後姿を見ながら、そんなことを考えた。
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