第18話(番外編) 西葛西インドカレー②
「え!おいしい!こんなにおいしいんだ」
知恵、空、俺の3人でなぜかインドカレーを食べている。本格的なインドカレーを食べたことがないと言う知恵を、インドカレー好きの空がそれならばと誘った形だ。知恵の性格からして誘われれば断らないし、実際暇していたようだからいいタイミングだったのだろう。俺としても知恵を誘った空を今日ばかりは褒めたいと思う。
「基本のバターチキンって言っても全然違うでしょ?それに、焼きたてのナンと一緒に食べられるのは専門店だけだからね。熱々のナンをつけて食べるカレーは美味しいでしょ」
「うん、あんまり食べたことなかったかも。カレーからもナンからもバターの香りがしていくらでも食べられそう」
空は普段、口数が少ないわけではない。俺といる時は無理に話すことはないが、学校で友達といる時はそれなりにしゃべっているイメージだ。今日は無理して話しているというよりは、単純に好きなものの話だから口が動いてしまうのだろう。
「竜一くんの食べてるのは何?すごい緑色!」
「ああ、ほうれん草カレーだったかな?食べたことないから頼んでみた」
「おいしいの?どんな味?」
「うーん、ほうれん草の味かはあんまりわからないなあ。カレーに野菜っぽい味がする感じ」
ここで、ひと口食べて見る?とは言えない。
そんなやりとりを、空が興味深そうに見ている。
「仲いいんだね、ふたりは」
突然何を言うんだ。お前は。
「うん、なんてったって相棒だから」
「ああ、例のドラゴンを探すってやつ?」
最近俺が放課後に何かやっていることは空も知っている。知恵や海野と学校を出て行くところは見られているし、なんとなく話もしている。
それにしても「相棒」か。さっきの「友達なら私がいるから安心して」発言といい、これは喜んでいいのだろうか、それとも悲しむべきなのだろうか。
「ちがうよー。江戸川区にドラゴンがいない理由を調べてるの」
ふーん、とそこには興味なさそうな空。
「楽しそうだね。でもなんで一条と?前から仲よかったわけでもなさそうだけど」
空が積極的に人の話を聞くのは珍しい。
「え。なんでだろう。なんとなく?」
知恵は感覚派だ。でもその感覚には言語化できなくても根拠がちゃんとあって、実は当たっていることが多い、というのを最近思う。知恵が俺を誘ってくれたのも本人も気がつかないような心の奥で、俺を悪くは思ってないからだろう、っていう希望かもしれないが。
「でも正解だったね!」
知恵が俺の目をみて笑う。
なんでこんなことができるんだろう。
おれは照れ笑いをしながら目を外らすことしかできない。
* * *
「じゃあ、また学校でね」
食後のラッシーまで飲み干して、知恵は東西線に乗って行った。
「いい人だな、平川さん。お前が好きになるのもなんとなくわかる」
「は?誰が?誰を?そんなこと言ってないんですけど」
「隠すなって、俺とお前の仲だろ?」
確かに、俺と空は他の友達に言えないような家庭の事情を共有してから仲良くなったところはある。しかしこれとは話が別だ!
「それに、一条、お前名前で呼ばれても嫌そうじゃなかったじゃないか。そんなの初めてだろ」
名前で呼ばれるのが嫌いじゃなかった?
言われてみればそうだ。俺は自分の「竜一」って名前が嫌いだ。古臭い名前で、しかも嫌いな「竜」が入っている。
知恵に名前を呼ばれるのも、最初は嫌だった気がする。でも、今はどうだろう。少なくとも今日何回か呼ばれていたが、嫌とは思わなかった。それどころか、嬉しかったんじゃないだろうか。もし今「一条くん」なんて呼ばれたら、がっかりしないだろうか。
なんとなく、俺の感じ方にも変化があるのかもしれない。
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