第16話 それぞれの気持ち



 言われてみれば、黒い車から出てきた人達の中に子供が1人いるように見える。でも顔まではわからない。咲ちゃんに見えなくもない。


「そうだった?よく見えなかったけど。こんな遠いのに見えたの?」


「うん、私視力いいから!」


 視力自慢の真偽はともかく、竜宮咲の家は龍を祀る地元の名家だ。金持ちの乗っていそうな車も、元区議のおじいさんに用事があることも、竜宮家ならばそれほど不思議ではない。でも竜宮当主のおじさんならともかく、咲ちゃんがいたならそれは珍しい。彼女はまだ中学生だ。元議員との政治的な話があるとは考えにくい。


「咲ちゃんだったのかな。今度きいてみるよ」


 小さな影は、一瞬こちらを見たようにも思えたが、すぐに家の中へと入って行った。


* * *


 家から少し歩いたところで白川が立ち止まる。


「君たちはバスで帰るのかい?僕は平井駅から帰るから、ここまでだね」


「うん、白川くんも、今日はありがとう!」


「じいちゃんも楽しそうで良かったよ。じゃあまたね」


 白川とも別れ、大通りに出たところにあるバス停でバスを待つ。


「なんか、だんだん難しい話になってきたな」


「そうか?ドラゴンのレアな話が聞けて、俺は楽しいぜ!」


 俺の感想に、海野が同意しない。


「わたしもちょっと頭こんがらがってきた。でも、みんなで謎を解いていってる感じがして楽しくない?!」


 「みんなで」はともかく、俺は知恵と共通点ができて、絆が深まっている気がして、それはうれしい。でもこれは友人として、なんだよなあ。


「そうだな、この調子で江戸川区の謎を解き明かそうぜ!」


 まるで少年探偵団のような口ぶりだ。


「そうだ、チーム名も決めようぜ、何探偵団にする?」


 ほんとに少年探偵団だった。

 高校生にもなって幼稚な気もするが、男子というのはそんなことでワクワクしてしまうものだ。


「いや、それはナシで。ダサいから」


 海野の提案は知恵に即刻却下された。俺たちをチームとするなら知恵がリーダーだから仕方がない。


「そんなことより、どうするんだ?郷土資料室だっけ。行くのか?」


「行こうよ!ここまで来たら、江戸川区にドラゴンがいない理由がちゃんとわかるまでやらないと気持ち悪い!」


 2人で新宿に行ったあの日、知恵の思いつきで始まったこの調査。思ったより長引いて知恵はどう思っているか気になっていたが、飽きてはいないようだ。


「そうだな、俺も乗りかかった舟だからな。最後まで付き合うぜ!今度の木曜なんてどうだ?竜一と知恵は予定空いてるか?」


 ん?


 こいつ今さらっと知恵のこと呼び捨てにしなかったか?


 イケメンだからって何しても許されると思うなよ。


 ・・・って、木曜?


 木曜は確か・・・。


「私は何も予定ないよ。竜一くんは?」


「ごめん、俺木曜は家の用事で行けない」


 知恵と出かけられるチャンスに被るとは。俺の家にはいつも足を引っ張られる。


「悪いな、海野と2人で行って来てよ」


 こんな言いたくもないことを言わなくちゃいけないなんて。


「いや、それはダメでしょ」


 知恵は「わかってないなあ」というジェスチャーをする。


「竜一くんいなかったら意味ないじゃん」


 知恵のまっすぐな瞳に吸い込まれそうになるが、とっさに視線を外らす。


「ふーん・・・そっか、なるほどね」


 海野は勝手に何かを納得したようだ。


 知恵が俺の背中をばしっと叩く。


「うおっ」


「頼りにしてんだからね、相棒」


 知恵がニカっとわらう。


 俺はでへへと照れ笑い。相変わらずダサいなあ、俺は。


 でも、どうやら「隣の席の人」からランクアップできたようだ。恋愛として正しいランクアップかはわからないが、今日のところは喜んでおこう。

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