第15話 邪龍と龍害

 全員が座布団に座り、出されたお茶に口をつけたところで、おじいさんは落ち着いて話をはじめてくれた。


「そもそもだが、邪龍というのは異称でな。正式には“龍害”や“集団龍災”などと呼び、地震や火山の噴火のように災害として扱われる」


 確かに、“龍害”の方は聞いたことがある。しかしそれは大昔の話としてだ。この数百年、龍害が起きたという話は聞いたことがない。


「龍災はドラゴンが人を襲う災害ってことですよね。ドラゴン自体は普通のドラゴン。でもこの邪龍っていうのはなんだか普通のドラゴンではない気がするんです。それに、龍災はたくさんのドラゴンが人を襲うと聞きました。でも、この掛け軸を見ると、邪龍は1匹だけだ」


「たしかに!私もそう思う」


 海野と知恵が疑問を投げかける。


「その通りだ。邪龍というのは、龍災で人を襲うドラゴンのことではない。龍災というのは、人が龍に危害を加えたり、龍を戦争に利用しようとした時に、ドラゴンが人を襲うものだ。邪龍というのはね、大きな龍災の時にあらわれる、特別な親龍なんだよ」


「特別な親龍?」


「龍が人を襲う時にだけ、生まれる。人に罰を与える親龍なんだ」


「それで、邪龍と一緒にドラゴン達が人を襲うのが龍災ってことですね」


「そうだ」


 なるほど、邪龍というものがわかってきた。人を襲うためのドラゴンなんだ。そして、その邪龍が100年ほど前の江戸川区に突然あらわれた。でも江戸川区では龍災は起きていない。起きていたら多くの人が命を落としているはずだし、歴史的な大きなできごとになっていたはずだ。そうならなかったのは・・・。


「葛西の親龍が守ってくれたから、江戸川区はそうならずにすんだんですね」


 知恵の言葉に、白川のおじいさんがうなずく。


「私はそう聞いているよ。その時の様子が、この掛け軸だ」


 部屋が静まる。


 改めて、すごいできごとだ。江戸川区に住む全員の命が脅かされていたかもしれない。それにしても、なぜこれほどの事件が有名ではないのだろう。


「でも、これっておかしくない?」


「え?」


 知恵の言葉に海野が聞き返す。


「邪龍は人が龍に危害を加えた時に、人を襲うんでしょ。ドラゴンを守るために。ってことはドラゴンの味方じゃん!葛西水龍はなんで龍の味方の邪龍と戦ったんだろう」


「確かに。それに、なんで邪龍は出てきたのかもわからない。邪龍は人が龍に危害を加えなければ出てこないはずですよね」


「それはわからん」


 知恵と俺の疑問を、おじいさんが一蹴する。


「伝わっていないのか、当時の人も知らなかったのか。それすらもわからん。わかるのは、葛西水龍は人の味方をしたこと。そして、それ以来江戸川区からドラゴンが消えてしまったということだけだ」


 * * *


「結局、なんで江戸川区にドラゴンがいないのかは誰にもわからないのかなあ」


「すまんね、わざわざ来てもらったのに、期待には応えられなかったようだ」


 ついこぼした言葉を拾われて、海野があわてる。


「い、いえ!すみません、色々お話が聞けて、参考になりました!」


 結局、邪龍の話のあともおじいさんの昔話やら白川の話で盛り上がって、1時間ほど話し込んだ。話し相手がほしいという前情報の通り、話好きのおじいさんだ。


「ドラゴンのことはともかく、江戸川区の歴史について詳しく調べるなら、江戸川区郷土資料室に行ってみるのはどうだ?」


「郷土資料室?」


 知らない施設だ。区役所にでもあるのだろうか。また俺が知らないだけで、江戸川区民なら知っている系か?


「そんなのあったっけ、海野君知ってる?」


「いや、知らないな」


 どうやら江戸川区民でも御用達ではないらしい。


「郷土資料室はここからそんなに離れてはいないが、歩いて行けるほどでもない。もう日が暮れるからまた今度にしたらどうだい」


 おじいさんが言うには、江戸川区郷土資料室は江戸川区の歴史資料や伝統品を展示している施設で、新小岩の近くにあるらしい。なんでもそこに江戸川区の歴史に詳しい人がいるとか。


「すまんが、この後も来客の予定があってな。今日はここまでにさせてくれ。また聞きたいことがあればいつでも来なさい」


 そう言うとおじいさんは立ち上がり、俺たちを玄関の方へと促した。


 現役時代は議員だったらしいが、まだその関係で人が来ることもあるのだろうか。


 玄関で靴を履き、来た時と同じ庭を通って門を出ると、近くに黒塗りの高級そうな車が止まっていた。


「では、失礼します。今日はお話ありがとうございました」


「若者たちと話ができて楽しかったよ。英彦とも仲良くしてやってくれ」


 門の外でおじいさんに見送られ、帰路につく。


 少し歩いたところで振り返ると、先ほどの黒い車から降りてきた客人をおじいさんが迎え入れているようだ。どんな人かは遠くてよく見えない。


「あれ、咲ちゃん?」


「え?」


「竜一くんの親戚の咲ちゃんじゃない?ほら、新宿御苑で会った」

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