第14話 小松川の魔術師

「なにい、手品を見にきたわけじゃないだと?」


「だから言ったじゃないか、聞きたいことがあるから友達を連れてくるよって」


「この"小松川の魔術師"こと白井一彦に会いに来るっていうのに、手品を見る以外に何があるというんだ」


 おじいさんがパン、と両手を合わせると、手の中からするすると万国旗が出てきた。普通にすごい。


「趣味の手品を見せたいのはわかったよ。とりあえず部屋に入ろうよ」


「おっと、客人を外に立たせて申し訳ない。家に入っとくれ」


 門をくぐると、敷地の中心に庭園があり、その周りにいくつかの家がある。外から見ても立派だと思ったが、中から見るとより一層、しっかりと手入れされた庭園だということがわかる。


「綺麗なお庭ですね」


 こういう時にさらっと会話を始めることができるのが海野のすごいところだ。初対面で家に押しかけて話を聞くのだから、まずは相手を褒めるなりして距離を縮めた方がいいということはわかるが、なかなか高校生にできることではない。


「庭は妻・・・、英彦の祖母の趣味でね。毎日手入れしているんだよ。さあ、この家だ。あっちの和室でまっててくれ。英彦、お茶を淹れてきなさい」


 最初の印象に面を食らったが、こうして話していると普通の優しいおじいさんだ。


 案内されたのは20畳はありそうな和室。家は古そうだが畳も壁も綺麗で、中に入ると外から見た時とは印象が違う。エアコンやロボット掃除機など、ところどころに最新の家電が見える。和風と機械が混在していてミスマッチだが、過ごしやすそうだ。


 部屋で待っていると、白川が麦茶を持って入ってきた。


「悪いな、無理に押しかけたのにもてなしまでさせて」


「かまわないよ。じいちゃんもなんだか楽しそうだ」


「ねえ、あれ、何かな」


 珍しく静かにしていた知恵が何かを見つけたようだ。知恵の指の先を見ると、1つの掛け軸が飾ってあった。座布団くらいの大きさで、ドラゴンの絵が描いてある。


「黒いドラゴンと、なんだろう、白い線?」


 墨で描いてるようで、色は白と黒だけだ。下には田んぼや川が描いてあって、空に大きな黒い龍。そして掛け軸の中心から白い線がぐねぐねと伸びている。


「もしかして、光っているのかな」


「あれ?」


 海野が何かに気づいたようだ。


「これ、邪龍って書いてないか?」


 掛け軸の下側あたりに何か文字が書いてあるようだ。行書体で読みにくいが、確かに邪龍と書いてあるようにも見える。


「黒いのが邪龍なら、白いのが葛西水龍かな」


「葛西臨海公園で見た石碑と同じなら、そうだろうな」


 石碑によれば、空にあらわれた邪龍を葛西水龍が鎮めたはずだ。


「邪龍?」


 後ろから声がして振り向くと、白川のおじいさんが戻ってきていた。


「ご存じなんですか?」


「ああ、なんだったかな。この掛け軸はとても古いものでね」


 邪龍の話は大正十二年だったから、この掛け軸も同じ時代に描かれたとしたら、おじいさんが生まれる前だろう。


「確か俺のじいさんが若いころに貰ったって言ってたな。その話を聞いたのも、もう50年くらい前の話だから、記憶があいまいな部分もあるが」


 白川のおじいさんが70歳くらいだと考えても、大正十二年はおじいさんが生まれる20年以上前になるわけだ。知らなくても無理はない。少しでも聞いたことがあればラッキーなくらいだろう。


「でも邪龍というのは印象に残っていたんだ。じいさんが真剣に話していたのをよく覚えているよ」

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