第13話 江戸川区平井
「平井ってさ、江東区のふりしてるよな」
俺たちは今、総武線平井駅に集合して白川を待っているところだ。待ち合わせ時間までまだ時間があり暇なのか、海野がよくわからないことを言い出した。
「それ、わかるわ」
なぜか知恵も同意する。
「そうなのか?江東区民の俺からすると、別に平井は江東区という感じはしないんだが」
「わからないか?江戸川区ってさ、荒川と江戸川の2つの川に挟まれてるだろ」
確かに、埼玉から流れて来る荒川と江戸川が海に流れ着く場所。そのちょうど間に江戸川区はある。荒川の西が江東区で、江戸川の東が千葉県のイメージだ。
「でもさ、平井って荒川より西の、都心側じゃん。荒川と江戸川の間にないじゃん。江東区と地続きだし、なんか江東区みたいな顔してるよな」
「わかるような、わからないような」
まず江東区みたいな顔がどんな顔かわからん。平井の街は、大きい建物はないものの、たくさんの店が立ち並び、それなりに賑わっている。主婦や子供が多くて落ち着いた雰囲気だ。
「おまたせ」
どうでもいい話をしていると、白川がやってきた。
「悪いな、わざわざ白川にも来てもらって」
「いや、いいよ。じいちゃんに会わせるのに僕がいないわけにはいかないしね」
それもそうだ。というか、同級生のおじいさんに会いに行くというシチュエーションなんて聞いたことがないから、何が正解かはよくわからない。いきなり訪ねてきたよくわからない同級生を自分の祖父に合わせようという、白川も変わり者なのかもしれない。
「おじいさんはずっと江戸川区に住んでいるのよね。仕事もやめたって行ってたけど、何のお仕事をしていたの?」
白川に気を使ってか、単に気になったのか、知恵が話題を振る。
「ああ、議員だよ。江戸川区議会議員」
「政治家ってこと?お偉いさんだったんだ」
「そんなんじゃないと思うよ。区議会議員なんて権力があるわけじゃないし、好きでやってるって感じだった」
とはいえ、好きで議員をやるっていうのが、さすが地主という感じがする。
「行こうか。歩いたら15分くらいで着くよ」
* * *
平井駅を出て商店街を通り抜け、少し歩くと住宅街に入る。白川の言う通り、15分くらい歩くとそれらしき家が見えてきた。
「もしかして、この家か?」
明らかに他の家とは違う、大きな家が目の前にあった。敷地は塀で囲われ、中には日本庭園といくつかの建物が見える。古そうだが、立派な日本家屋だ。
「塀の中に家が何個もあるけど、どれがおじいさんのおうち?」
知恵は少し興奮気味だ。
「全部だよ。親戚が住んでいたり、空き家になっていたりはするけど、全員じいちゃんの持ち家のはず」
資産家とは聞いていたが想像以上だ。これだけの家なら確かに、古くから残った物や江戸川龍に関わる昔話も期待してしまう。
「おお、来たか、待ってたぞ」
俺たちが家の大きさに圧倒されていると、門の方から老人の声がした。どうやら、白川のおじいさんが待ちきれずに門から出て来たようだ。
「じいちゃん、わざわざ出迎えに来たの?家で待っていればいいのに」
「何を言うか。久しぶりの客人だぞ、もてなさないといかんだろ」
驚いた。
知恵と海野も驚いている。
こちらに近づいてきたその老人は、とても白川の親類とは思えない姿だ。黄色いシャツに、ピンクのジャケット。緑のチェック柄のズボン。大きなハートの描かれた帽子。真面目な学生を絵に描いたような白川とは似ても似つかないファッションセンスだ。
「相変わらず派手だね。いい歳なんだから少しは落ち着こうと思わないの」
「何を言うか。現役時代は真面目にスーツを着ていたんだ。好きな服を着るのは引退した今しかない」
かっかっか、と笑うと、こちらに向き直す。
「君たちかね」
そう言うと、俺の顔の目の前に、握った手をだす。
「私の手品を見たいと言うのは」
おじいさんが握った手を開くと、ぽん、と一輪の花が咲いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます