第12話 白川英彦

 ホームルームが終わって2年2組の教室に行くと、すでに人はまばらだった。俺たちのクラスは少し終わるのが遅かったようだ。


「白川君いるかなあ」


 教室には10人ほど残っているが、どれが白川か俺にはわからない。


 白川英彦。


 海野の話では、背は低めで、頭の良さそうな顔をしているということだが、この前情報ではどんな人物か全くわからない。


「あ、いた!」


 知恵が1番前の席に座っている男子に指を向ける。あれが白川のようだ。


「よう、白川。ちょっといいか」


「ん?なんだ、海野か」


 海野が躊躇なく白川に話しかける。どうやら知り合いのようだ。


「海野君、白川君と知り合いなの?」


「ああ、たまに成績別の授業ってあるだろ、それで一緒になるんだよな」


 うちの高校では特進クラスのようなものはないが、一部の授業は成績ごとに分けられたクラスで行うこともある。知恵も成績はいいと思っていたが、その授業では白川や海野とは同じクラスではなかったようだ。俺は成績の低い方のクラスだが、その授業で一緒になったやつらとなんて話をしたこともない。結局、海野の顔が広いってだけのような気がする。


「で、何の用だ?」


「その前に紹介するよ。俺と同じクラスの平川知恵さんと、一條竜一君」


 何も下の名前まで言わなくていいのに、と思うが、その意図もわかる。


「一條竜一?ああ、1組の”竜一”って名前は聞いたことあるな。君がそうか」


 ”竜一”という平凡すぎて逆に珍しい名前のせいで、俺は親しくない人にも名前だけ覚えられていることが多い。こういうところも、この名前が嫌いな理由の1つでもある。


「あのね、私たち、江戸川区にドラゴンがいない理由を調べてるんだ」


 早速、知恵が本題に入る。


「江戸川区にドラゴンがいない理由?なんでまたそんなことを」


「気になるからよ!」


 怪訝そうな白川に対し、自信満々に知恵が答える。冷静に考えれば、こんな夏休みの自由研究みたいなことを自主的にやっているのははたからみれば変わり者だろう。


「白川君の家は昔からずっとこの辺りに住んでたんでしょ?何か詳しいんじゃないかと思って」


 あからさまに面倒くさそうな顔の白川を気にも留めず、知恵は話を続ける。


「それで昨日、昔はドラゴンがいたっていう葛西臨海公園に行ってきたんだ。そこにこんな石碑があったんだけど、書いてあること何かわからない?」


 昨日の石碑を撮った写真をスマートフォンに映す。相変わらず、なんて書いてあるかわかりにくい石碑だ。


「こんなもの見せられてもなあ。だいたい、ドラゴンのことなら海野が一番詳しいんじゃないのか?」


 それはごもっとも。


「うぐっ。そ、そりゃそうなんだけど、俺にだってわからんことはある!ドラゴンについては俺が一番詳しいけど、江戸川区についてだったらもっと詳しい人もいるだろ。なんでもいいからヒントがほしいんだよ。何かわからないか?」


「悪いけど、僕は別にこの街の歴史についてもドラゴンについても何も詳しくないよ」


 まあそうだよな。先祖代々住んでいるっていっても、詳しいとは限らない。


「お父さんとかお母さんは?何かわからないかな」


 知恵がすごいことを言い出した。まさか白川の親にまで尋ねるつもりなのか?この行動力はどこから出て来るのだろう。ここまで来ると、ちょっと行き過ぎだと思うが、それでも知恵が行くっていったら俺はついて行くんだろうなあ。


「あー、そうだ。じいちゃんなら知ってるかも」


 もっと迷惑そうな反応をするかと想像したが、意外と白川は気を悪くしていない様子で答えた。


「おじいさんか、確かに一番長く江戸川区に住んでいるのは、親世代よりそっちだよな」


「でも、いいのか?俺たちが会いに行ったりして迷惑じゃないか?」


 一応、行かなくて済む可能性も確認しておく。知恵と一緒とはいえ、知らないおじいさんを尋ねるイベントはあまり楽しくなさそうだ。


「大丈夫だよ、じいちゃんはもう仕事もやめて暇してるからね。若者が遊びに行ったら喜ぶよ。それに・・・」


「それに?」


「いや、なんでもない。もしかしたら、僕にも意味のあることになるかも知れないから、協力しよう」


 そうか、よくわからないが、それなら行っても問題ないな。よかったよかった。うん。残念だ


「やった!じゃあ行っていいかな。おじいさんはどこに住んでるの?」


 トントン拍子に話が進んで行ってしまう。俺はほとんど会話に入れていない。


「小松川のあたりだよ」


「小松川?小松菜みたいな名前だな」


 俺が感想を言うと、3人が信じられないものを見た顔をする。


「あのな、竜一。小松川で作られた野菜だから、小松菜っていうんだぜ。江東区民のシティボーイはご存じなかったかな?」


 海野が「やれやれ」というポーズをする。海野が言うには、小松菜という野菜は江戸川区の小松川という場所が発祥らしい。


「それは知らなかったな。小松川って地名も初めて聞いたよ。って誰がシティボーイだ」


「まあそれは置いといて、小松川って言うと、平井の近くか」


 平井なら聞いたことがある。降りたことはないが、確か総武線に平井駅があったはずだ。


「今日いきなり行くのは急だから、来週でいいか?」


 白川の提案に同意し、俺たちは来週、小松川にいる白川のおじいさんに会いにいくことになった。

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