第10話(番外編) 一條竜一②(いちじょうりゅういち)
「うー、寒いな。こんな寒い日でも外なのか」
11月に差し掛かり、気温の低い日も多くなった。寒いのは得意な方ではないが、家に帰る気分にもならないし、どこかの店に入るにしても毎日ではお金がかかる。結局俺には駅前のベンチが丁度良い場所だった。
「そういうお前もよく来るじゃないか。別に付き合う必要はないんだぞ」
「ん、そうだな。でも家も落ち着かなくてさ」
大川がベンチに座り、話を続ける。
「俺の家、兄弟が多いんだよね。家は狭いのに。一人になれる場所もないし、弟たちは毎日喧嘩してうるさいし。落ち着いて本を読む場所もないわけ」
大川が自分の話をするのは珍しい。というか、話をすること自体珍しい。
事情は全然違うが、家に帰りたくないというのは、俺と同じだな、と思った。
「渡辺たちと一緒にいればいいじゃないか」
大川は学校では渡辺、佐藤、石田と一緒にいることが多い。地味グループだが、この4人は仲がいいというのはクラス内では共通認識だと思う。
「ああ、そうだなー・・・」
言葉を濁して、なんだか答えにくそうだ。なんだ、実は渡辺たちと仲悪いのか?
「いや、仲が悪いわけじゃないんだけどさ、石田は部活があるだろ?渡辺と佐藤は帰り道反対方向だし、っていうか、そもそも学校の外で遊んだりはしたことないっていうか、学校の中だけの友達って感じなんだよな。」
「ふーん、学校の外でまで関わりたくないってことか?」
「いや、そうじゃないんだけどさ。なんかさ、友達って難しくない?」
今日は本当に珍しく、饒舌だ。何かあったのだろうか。
「一條はさ、話すの苦手じゃないじゃん。でもあんまりクラスのやつらと深く関わらないよな」
今度は俺の話に踏み込んできた。
「いや、俺は友達作るの失敗しただけだぞ」
「え」
「え」
驚いた顔をする大川。思わずおうむ返しをする俺。
「まじで?みんな、一條は友達を作らない、一匹狼だっていってるぜ」
なんだそれ!そんなこと言ったことないぞ。ていうか中二病っぽくて恥ずかしい。
俺の驚いた顔を見て、大川がにやっとわらう。
「へー、そうだったのか、友達欲しかったのにできなかったのか、一條」
「仕方ないだろ、知り合いもいなくてどうしようかと思ってるうちにグループできちゃってたんだよ」
「ふーん、でも、おれも同じかもな。1番仲のいいのは石田だけど、石田は部活の友達と一緒にいることの方が多いし、渡辺と佐藤とももっと遊びに出かけたりもしたいんだけど、誘うのとかは苦手で、結局距離置いちゃうんだよな」
外からみると仲良し4人組に見えても本人にしてみれば色々あるようだ。考えてみれば4人も集まれば色々あるよな。全員が同じくらい気が合うってことはなかなか無いか。
言われてみると当たり前のことなんだが、俺にとっては衝撃的だった。みんなも、色々あるんだ。
大川は、ふー、と白い息を吐いて上を向く。
「実は最初にここのベンチで話しかけたのも、一條とちょっと仲良くなりたいと思ったからなんだよね」
この流れだから言えるけど、と少し照れながら笑う大川。恥ずかしいとことを言うやつだ。
「今日はよくじゃべるな。どうしたんだ」
「いや、俺周りの目とか、どう思われるとか結構気にしちゃって、それで人付き合いもうまくいかないんだけどさ」
俺もそうだ。
「でも、一條だったら人に言いふらす風でもないし、なんでも話せるなって、思ったんだよね」
「そんなに信用するほど、俺のこと知らないだろ」
「いや、それくらいはわかるよ。数ヶ月だけど、ここで一緒に過ごしたからな」
俺も、ちょっとばかり信用していいかな、と思った。でも、ほんとのところは言わない。
俺は本当にダサいやつだ。友達の多い人になりたい。親友のいる人になりたい。頼りにされる人になりたい。恋人のいる人になりたい。とか、こういうことを考えているダサいやつだ。そして、こういうことを考えるダサいやつにはなりたくない、と思っている。
なのに、友達が欲しくてもできないやつだと思われたくなかった結果が一匹狼だ。それが一番ダサい。
大川とは、この日を境に学校でもよく話すようになった。親友、と言えるかはよくわからないが、仲のいい友達くらいにはなったかな。
「もう1年生も終わりかあ」
いつものベンチで大川がつぶやく。
「4月からは新クラスだな」
「次はミスるなよ、友達作り」
「余計なお世話だ」
春休みが明け、新しいクラスの教室の窓からは散りかけの桜が見えた。
自分の席を探すと、隣の席には髪の長い女子が座っていた。
これから自分の席になる椅子を引くと、その女の子はこちらをみて、少しだけ俺の顔を眺めた。
俺がこの女の子に恋をするのは、この半月後のことである。
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