第8話 葛西臨海公園③


 大正十二年 十月一日


 世界・・滅亡せ・・と邪竜が空・・吠え


 ・・民・・恐・・した


 葛西水龍が海より出で・・


 空を・・・戦・・・


 邪竜静まり


 ・・・葛西水龍海に帰り


 龍たち・・・姿を消し・・



 ところどころ苔や破損で読めない。


 そもそも、彫ってあるとはいえ黒い岩に黒い文字で読みにくい。元は白文字だったようだが、こんな海の近くでは劣化して当然だ。


「つまり、邪竜っていうのがでてきて怖かったけど、葛西のドラゴンがそれを倒してめでたしめでたしってことかな」


 知恵があまりにもざっくりとした要約をする。


「倒したかどうかはわからないな、静まったとしか書いていないし、葛西水龍もいなくなっちゃったんだから、相打ちか、下手したら邪竜は生きてて江戸川水龍は死んでる可能性もある。それにしても、『邪竜』ってなんだったかな。なんか聞いたことあるような、ないような」


 海野が考察を加えるが、相変わらずドラゴンに詳しいのか詳しくないのかよくわからない。しかし知り合いで一番詳しいのは間違いないので、それだけ有名じゃない話ってことだろうか。


「親龍が死んじゃったから、江戸川区からドラゴンがいなくなったってこと?」


「それはどうだろ、親龍が死ぬのは、他でもあることなんだよ。最近では埼玉とか。でもその時は新しい親龍が出てくるだけで、ドラゴンがいなくなるなんてのはありえない」


 確かに、新しい龍に変わるってのはたまにニュースで見る気がする。


「なんか、また手がかりがなくなっちゃったなあ」


 知恵が砂浜にしゃがみこむ。そういえばずっと休んでいないから足が疲れて来た。


「そうでもないって」


 確かにこの石碑には他にもおかしな点がある。


「これって、あんまり有名な話じゃないよな。邪竜なんて聞いたことない」


「んー、俺はどこかで聞いた気もするけど、確かに有名ではないな。授業では絶対習わない」


 海野の記憶は当てにならないが、それは確かだろう。


「でも龍が暴れてその一帯が滅亡するような話は世界中であるよな」


「まあ実際、大昔はドラゴンに滅亡させられた国もあるよ。ほとんどが紀元前の話だけど」


 このあたりは世界史で習う話だ。高一の範囲だからまだ記憶に残っている。


「歴史的にドラゴンが人を襲うのは、人からドラゴンに危害を加えた時だけだ。記録にあるのはドラゴンを食用にしようとしたとか、ドラゴンを戦争に利用しようとしたとかだな。でも世界が滅亡するなんて規模は聞いたことないぜ」


 そこが気になる。この石碑が事実なら世界的な発見だと思うが、実際は誰も気に留めず、野晒しになっている。かといって誰も知らないというわけではない。


「今日のところは最後に観覧車でものって帰ろうぜ」


「それはやめとくよ」


 海野の提案を知恵が拒否する。


「もう時間も遅いから、帰らなきゃ」


 確かに色々遊んでいるうちに日が沈みかけてきている。


「でも、私江戸川区のことあんまり知らないんだなあ。生まれ育った町なのに」


 太陽の沈む海を見ながら、知恵が言う。そうだなあ、と海野が相槌を打つ。


「なあ、今度は船堀にでも行かないか?」

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