第4話 なぜ江戸川区にはドラゴンがいないのか

 黒神龍の鳴き声は新宿中に響いたのではないかと思うほど、大きな声だった。耳が痛い。


 驚いて黒神龍の方を振り返ると、いつも寝ている黒神龍が立ち上がっていた。そして、その鋭い眼光をこちらに向けている・・・気がする。

 恐怖で身動きが取れない。これは、大丈夫なのか?親龍が立ち上がるなんて話、お伽話とぎばなしの中でしか聞いがことがない。小型の龍でさえ怖いのに、こんなのどうしたらいいんだ。


 体が震えて動かないので、目だけを動かして知恵の様子を見る。


「うわ、すっごーい!なになに、どうしたの?もしかしてレアなところ見ちゃった?」


 知恵はとても楽しそうに興奮していた。親龍は何十年、何百年も寝ているなんてことも知らないんだろう。

 咲ちゃんは・・・やはり驚いているのか、後ろにいるので顔は見えないが、ぶつぶつと独り言を話しているようだ。


「ぐお」


 黒神龍はもう一声出すと、満足したのか、元の寝そべった格好に戻った。怖かった・・・。ドラゴンが前よりもっと嫌いになりそうだ。


「すごかったね!・・・どうしたの?すごい汗」


 知恵に言われて気づいた。どうやら恐怖で頭から汗が吹き出ていたらしい。


「あ、いや、ちょっと暑かったかな?」


「そう?まだ6月だし、そんなにだと思うけど」


「そんなことより、咲ちゃん!驚いたね。黒神龍が立つなんて」


 慌てて話題を変えようと、咲ちゃんに話を振る。


「そうだね、私も驚いた」


 そういう咲ちゃんの顔は、とても涼しげだった。咲ちゃんは黒神龍の顔をじっと見つめると、こちらをみて「じゃあ私は帰るね」と言い、出口の方に歩き出した。お詣りということは家の都合だろうから、家族と車で来たんだろう。向こうに家族もいるのだろうか。

 そういえば咲ちゃんの家、竜宮家は新宿の龍は管轄外だったと思うけど、なんで新宿の黒神龍を祈祷しにきたんだろう。


「なんでだろう」


 知恵が呟く。


「え」


「なんで、江戸川区にはドラゴンがいないんだろうね」


 知恵は黒神龍から目を離さない。


「ドラゴンに興味を持ったの?」


 人生で初めてドラゴンを見て、しかもそれが日本最大級の新宿黒神龍。衝撃を受けて興味を持つのは不思議ではないが、少し嫌な予感がする。


「調べよう!」


 知恵は目をキラキラさせて俺の方を見る。さっきまで龍に睨まれて動けなくなっていた俺だが、今度は知恵に見つめられて目をそらせない。


「わたし、気になちゃった。こんなに強そうでかっこよくてたくさんいるのに、なんで江戸川区にはいないの?」


 俺の右足が一歩、後ろに逃げる。知恵の手が俺の手を掴む。


「私たちで解明しよう!」


 俺はゆっくりと、首を縦に振った。


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