第2話 新宿に行こう

 都営新宿線新宿駅の改札を出ると、地上に繋がる階段がいくつか見える。新宿に慣れている人ならどこを行けばどこに出るか知っているのかもしれないが、数回来たことがある程度の俺にはさっぱりわからない。


 知恵はまだ来ていないようだ。今のうちに道を調べておこう。一人で遠出することも少ないのであまり使わないが、スマートフォンに地図のアプリは入っている。起動すると、現在位置が赤く表示された。


「・・・ん?」


 表示されている道の形と、目の前に見える道が違う。そうか、地下だから地上の道と違うのか。どうやったら地下の道がわかるんだっけ。


「おまたせ!」


「うおぅ」


 顔をあげると知恵がすぐそばに来ていた。地図を見ていて気がつかなかったようだ。それにしても、急に話しかけられて変な声を出してしまった。ダサいと思われてないだろうか。


「ごめんごめん、電車の乗り換えで道に迷っちゃって、ちょっと遅くなっちゃった」


「平川さんは東西線だっけ」


「うん、新宿だといろいろ行き方があるのね、知らなかった」


 江戸川区民はおおよそ総武線、新宿線、東西線を使う。たまに京葉線の人もいる。江戸川区内よりも同じ沿線の駅の方が行きやすいので、区内より沿線の街に詳しかったりする。江東区は江戸川区と都心の間にあるから、使う電車はだいたい同じだ。


「で、今日はどこに行くの」


 結局あの後、場所は後で連絡するとだけ言われて帰った。


 待ち合わせのために知恵の連絡先まで手に入れることができたのは、俺としてはうまく行き過ぎだと思う。


「なんとなく想像ついてるんじゃない?」


 知恵がにひひと笑う。


 確かに想像はついている。新宿でドラゴンと言えば誰でもある程度想像がつく。


 新宿には、日本で一番大きなドラゴンがいる。


 「新宿御苑か」


 新宿御苑は新宿駅近くの立地にもかかわらず、58ヘクタールの広さを持つ国立公園だ。植物園や芝生広場があり、休日は家族連れやカップルも多い。


 地域を象徴するような大型ドラゴンは基本的に大きな公園や神社など広い場所にいる。待ち合わせが新宿と聞いて、新宿のドラゴンを少し調べておいたのだ。


 「ピンポーン!」


 知恵は両手で正解のポーズをする。


 「・・・で、新宿御苑ってどっち?」


 * * *


 少し道に迷ったものの、無事新宿御苑にたどり着くことができた。むしろ「こっちの道じゃない?」とか言いながら2人で歩く時間は俺にとっては至福だった。しかしこれからが本番だ。新宿御苑は普通にデートスポットだ。ドラゴンを見に来たとはいえ、できるだけデートっぽい雰囲気を出したい。


 「うわあ!」


 気がつくと俺は悲鳴をあげて飛びのいていた。知恵は俺の声に驚いたような顔をしている。


 俺の足元には秋田犬ほどの大きさのドラゴンがいた。

 しまった。大型ドラゴンの近くには小型のドラゴンがたくさんいる。こんなの常識じゃないか。ドラゴン嫌いには要注意な場所だ。浮かれて油断するなんて情けない。こんなに近くに来るまで気がつかないなんて。


 「あー!ドラゴン!」


 知恵は嬉しそうな声を出してドラゴンを指さす。


 「これがドラゴンかあ、強そう!こんなに普通に歩いてるんだね」


 よくこんな近くで普通にしていられるものだ。


 「初めて見たよ。確か刺激しなければ人を襲ったりはしないんだよね」


 ドラゴンは故意に攻撃しなければ安全だ。逆に人から危害を加えると非常にどう猛になる。ドラゴンは日本中にいるので、ドラゴンを刺激しないようにと義務教育で厳しく教えられる



「それにしても竜一くん、随分とおどろいていたね」


 知恵がにひひとわらう。


「いや、足元にいて気がつかなかったからさ、おどろいたんだ」


 硬そうな鱗、鋭い爪、尖った目つき、大きな口。何度見てもドラゴンというのは不気味な生き物だ。



* * *


 入り口からしばらく歩くと、日本で一番大きいという新宿区の大型ドラゴンがいるらしい。もう少し歩いたら見えて来るだろうか。


「そう言えば、大型のドラゴンには名前がついてるんだよね」


 大型のドラゴンは地区ごとに1体しかいない。親玉のドラゴンで「親竜しんりゅう」なんて呼ばれる。その地区の小型ドラゴンは、ほとんどが親竜と同じ種類のドラゴンだ。入り口で見たドラゴンは黒い鱗で首の長い竜だった。新宿の親竜もそれを大きくしたような見た目のはずだ。

 なにせ何百年も生きる生き物で、その地域の象徴みたいなものだ。神様のように祀られていることも多いし、「親竜」には名前が付けられる場合が多い。


「確か新宿の親竜は“黒神龍”だったかな」


「あ、見えてきたよ!」


 知恵が指を向けた方を見ると、木の隙間から黒い頭と角が飛び出していた。歩いて近づいて行くと、想像の通り、黒い鱗に長い首をした大きな体が見えてくる。入り口の龍と違うのはその巨大な体と、大きな角だ。鋭い目は、睨まれている気分になる。


「どうしたの、行かないの?」


 足が止まっていることを指摘される。無意識に体がドラゴンを拒否していたようだ。親龍を見るのは数年ぶりだろうか。小さなドラゴンでさえ、普段は近づかないようにしている。背中に冷たい汗が流れるのを感じる。


 知恵に気づかれないように、おおきく息を吐いて、足を一歩踏み出す。


 この恋は勇気のいる戦いだ。


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