なぜ江戸川区にはドラゴンがいないのか?

右城歩

序章 江戸川区にはドラゴンがいない

第1話 江戸川区にはドラゴンがいない

「竜一くんはドラゴンを見たことある?」


 俺は自分の名前が嫌いだ。


 "竜一"なんて、太郎や一郎に並ぶ平凡な名前で面白くない。そんな嫌いな名前を呼ぶのは、クラスメイトの平川知恵ひらかわちえだ。

 知恵とは今まであまり話しをしたことはなかったが、彼女は暇があれば誰かに話しかけないと落ち着かない性格らしく、隣の席になってから頻繁に話し相手に選ばれるようになった。


「そりゃ、何度も見たことあるよ。俺の家は江東区だし、浦安に行けば普通にいる」


 俺たちの高校がある江戸川区にはドラゴンがいない。しかし、隣の江東区や千葉県にはちらほらいる。特別珍しくもない。むしろ、ドラゴンがいないのは世界を見ても江戸川区くらい、って昔授業で教わった気がする。


「だよねー、普通は見たことあるよね」


 知恵はがっかりした表情をした。


「実は私、ドラゴン見たことないんだ」


「えっ、一度も?」


「うん、一度もない」


 変だよね、と言いながら知恵は自分の机に座る。


「変ってことはないだろ、江戸川区にはいないんだから。区外に行っても駅前とか繁華街にはあんまり見かけない。近くでちゃんと見たことないって人は普通にいるよ。平川さんはずっと江戸川区に住んでるんでしょ?じゃあ見たことなくても、普通だと思うよ」


 知恵は、ふーん、と言いながら窓の外を見た後、振り返る。目が合いそうになって思わず下を向いてしまい、スマホを見るフリをしてごまかす。


「見に行かない?」


「見に行くって、ドラゴンを?」


 スマホから目線を変えずに答える。しかし、内心はドキリとした。

 俺はドラゴンが大嫌いだ。あの鱗、鋭い眼光、尖った牙、筋肉質な脚、思い出すだけで身の毛がよだつ。でも、知恵と出かけるなんて、このチャンスを逃せばもう無いかもしれない。


「うん。だって見たことないし、見てみたい。私、一回気になりだすと気になってしょうがないのよね。気にならない時は全然気にならないんだけど」


 顔を上げると、知恵は「困った困った」という顔をしていた。


 かわいい。


 正直に言って、俺は知恵が気になっている。同じクラスになった時から、大人びた顔立ちに無邪気な笑顔がかわいいとは思っていた。初めて話しかけられた時、そしてその笑顔が自分に向けられた時、胸が掴まれた気がした。


「いいけど、逆に俺でいいの?もっと仲のいい友達いるだろ?」


 この言い回し、すごくダサい。自分でもわかってる。


 でも、こんなのほとんどデートだし、でも、大嫌いなドラゴンを見に行くわけで、だから、頭の整理ができてないし、なんて答えていいかなんてすぐには思いつかない。


「ミホもアカリも、そんなの興味ないって言うんだもん。」


 吉田美穂と二宮明里は知恵とよく一緒にいる友達だ。確かにドラゴンなんて若い女の子が興味を持つことはあまりないだろう。江戸川区民以外は見慣れているものだ。


「いく」



 答えたというよりは、声が出たと言った方が近い。ちゃんと声になっていただろうか、心配になる。


「ほんと?やった!」


 喜ぶ知恵の顔を見て、やっぱり行くべきだと思ったのと同時に、決意を固める。ドラゴンの前とはいえ、情けないところは見せたくない。


「で、どこに見に行くの?この辺なら浦安か、有名どころなら門前仲町とか?」


「・・・考えてなかった。」




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