第5話 8月3日 ②

「はい、チーズ!」 「ダイコン!」


カシャッという音と共に、大根を手に持った樹里ちゃんは自撮りした。

見せてくれた写真の中で大根のマジックで描いたような顔がきりりとしたキメ顔になっているのを見て、笑ってしまった。


「ダ、ダイコーン!?」

その後、何故か忘れていた朝礼のことを思い出して、会社まで大根を一本脇に抱えて走った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ザワザワ、ザワザワ

「なんだアレ?イベントか?」

「ロボットじゃねえか?」

「ククっ、東京にダンジョンが出来たに違いない!」


昼休みに近くのラーメン屋に行き、食べ終えて店から出た時。

大通りの方から騒ぎ声が聞こえてきた。


騒ぎ声の方へ向かうと、大根が道を歩いているのを見つけた。

思わず食べた麺が鼻から吹き出るかと思った。


一瞬持ち主です、と名乗り出ることを考えたが、そうすればこの大根はなんだ、と、聞かれるのが目に見えているので、やめた。

それに新宿は京王線の終点だから、電車に揺られて同じようにやってきた大根が何本もいるだろうし、名乗り出たらそれを全て回収する必要が出てくるかもしれない。

もう大根の持ち主だとは言えない雰囲気があった。


結局無視してオフィスに戻り、5時まで仕事をしてから、オフィスの冷蔵庫にしまっておいた大根を回収して家に帰ってきた。


これで今日起きたことは終わりだ。

樹里ちゃんとLINEを交換できたのは大きいけど、大根のこと、下なさんになんて言おうかなぁ。

いっそ何も知らないふりをするべきか。



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今、ツイッターを見てたらバズってる写真が回ってきたんだけど、それ、今朝撮った樹里ちゃんと大根の自撮りだったんだけど!

すごくね?

いやー、俺感動。

コメント見てみよう。



「この子まじ可愛い。惚れる。」

俺もあと10歳、いや15歳若けりゃなぁ。


「それ、今日新宿で見た!」

まあ、そうだよね。俺も見た。


「立川でも見たぜ!」

立川も中央線で八王子と繋がってるしね。


「横浜で大根抱えたまま観覧車に一緒に乗ってる人を見かけたよ。」

横浜線で新横浜まで行った大根を拾ったのかな?結構色んなとこに行ったな。


「町田の商店街で八百屋とにらみあってる大根の映像があるぞ! リンク®」

…え?



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…正直言うと、やっちまったかもしれない。

うん。


というのもツイッターに上がってた映像を見ればわかる。

この日記を読む人のことを考えて内容を言葉で説明しようか。


まず、撮影者が商店街を歩く大根を発見して興奮してる所から始まる。

キモイ!だのキモすぎる!だのと喋っている音声が入り込み、それから大根が止まったので撮影者も止まった。


結構遠くで止まったようで、ズームがされて、三、四本の大根達が八百屋の前にいることがわかった。

八百屋の店先には野菜が並べてあって、その一つに大根があるのが見て取れる。

どうやら歩く大根達はその並べてある大根に興味を持ったらしく、野菜の乗っかった棚に向かってピョンピョンと飛び跳ねている。

奴らがダイコンダイコン叫んでいると、八百屋の奥からお腹のでた目つきの鋭いスキンヘッドのおじさんが前掛けを付けて出てきた。


「さっきから店の前で騒ぐやつはどこのどいつだ!?」


「ダ、ダイコーン!」


「あ?てめぇら何もんだ?うちの大根じゃあねえようだが。」


「ダイコーン」


「アアン?」


男の態度が悪いせいだろうか、それとも八百屋と野菜という関係性故にだろうか、大根達は酷く怯えているように見えた。

陳列棚の野菜を守るように立ってメンチを切る八百屋、身を寄せあって震えながらもダイコンダイコンと連呼する大根達。

その状態を変えたのは八百屋の後ろから聞こえてきた声だった。


「ダイコ〜〜ン」


今まで聞こえていたオヤジ臭い声とは違う、美しい、鈴のような声。

すらっと伸びた足は、適度な筋肉が付くことにより完成された美しさを持っていた。

そう。歩く大根ver.八百屋セレクションだ。


大根達と八百屋が対面している間に、陳列されていた大根の一本が二股の人型大根に変身していたのだ。

そのフォルムは美しく、ニュータイプとして備わった長めの手足を存分に活かして、手を後ろにつき両足を組むというアーンな格好をしていた。

おじさん顔であることは変わらないので、その破壊力は計り知れないものがあった。


八百屋が慌てて振り返った時には既に全ての大根が美しく変身していた。

丁度八百屋のガタイの良い体が邪魔になって、変身シーンは撮影されていなかった。


初めは現実を受け入れられないかのようにわなわなと震えていた八百屋だったが、バッと振り返ると比較的ずんぐり体型の大根達を睨みつけた。


「てめえらの仕業か!俺が心を込めて選び抜いた大根をこんなにしやがって!」


「ダイコンダイコン!」


上に着いた葉っぱがちぎれそうになるほど首…はないので体を左右に振って否定するずんぐり大根。


「ダイコ〜ン」


棚から飛び降りてずんぐり大根の方へ走り出す美脚大根。


「……」

「……」


次々とずんぐり大根と合流する美脚大根を見た八百屋はその大きなお腹をぽよんと揺らして叫んだ。


「やっぱてめぇらのせいじゃねぇか!!」


大根たちは逃げ出した。




そこで映像は終わっていた。

大根がまさか増殖するとは思ってなかったけど、彼らを世に放してしまった俺の責任は大きいしれない。


「速報です。本日の昼頃より、東京都内の調布市よりも西側の地域で八百屋やスーパーの店先から大根だけが無くなる事件が多数発生しました。警察はまだ原因を掴めておらず、該当の地域にお住まいの方に情報提供を呼びかけているとのことです。」


テレビから聞こえてきた声が、「かも」を消してしまった。

俺が一人事態の大きさに震えていると


「ピンポーン」

あれ?


スマホの画面を見ると時刻は夜10時。

こんな夜更けに来客の予定はないはずなんだけど…。

ま、いっか。

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