第12話 ツクリモノ ノ ツバサ
「さてと、早速働いてもらうぞ、金髪のあんちゃん」
ドクがアストリアスに向けてそう言った。
軍事施設の集まるブロックより少し離れた場所でドクはコミューターを止めた。
「え~、なんか不安だなぁ」
と不満げなアストリアス。
「文句言わないの、アスパラガス君」
「僕の名前はアストリアスですっ!野菜じゃありませんってば」
「あーあー悪ぃ悪ぃ、アクセラレーター君」
悪弄りにまっしぐらのフィルである。
「もう!誰なんすかそれ~"ア"しか合ってないじゃないですか」
彼はまさしく弄られ上手である。
「これっ、じゃれてないでこっち来んかぃ」
ドクがイラつく。
「ほぅら、怒られちゃったじゃないですかぁ」
ぶつぶつ言いながらドクに何やらレクチャーを受けるアストリアス。
「わかったか?必ずセンサーを停止するんじゃぞ。出来ればカメラもな」
「わかりましたよぉ、やればいいんでしょーやれば。はぁ」
深いため息と共に肩を落とすアストリアス。
「なんだーわかってるじゃないのー、さぁ頑張っていってみよー」
そう言いながらフィルはアストリアスの背中をバン!と叩いた。
「痛いですって!乱暴はよくないですよぉー」
叩かれた背中を摩りながら渋々単身軍施設に向かうアストリアス。
一行はその背中を見送り、一抹の不安を感じながら様子を見守った。
早朝、辺りが白んで明ける頃、リイナは何故か目を覚ましてしまった。
わりと寝てしまうと起きない性分であったはずのリイナは、昨晩出会った少女を思い返しては、なかなか寝付けなかった。
そして、ぐっすりでもなく、気怠い重さを感じつつの夜明けだった。
ふと、昨日のドタバタ劇を思い出しては、よく逃げて来られたものだと思った。
「なんだ、眠れなかったのかい?」
怠さを抱えてはいたが、リイナは自然とあの少女のところへ来てしまっていた。
そこには博士がいて、声をかけてきた。
「そんな事ないけど……」
博士は目を合わさず液体に浮かんでいる少女を眺めながら言った。
「きみにとって、いろいろあり過ぎたんだろう。本当にすまない」
リイナはそれに軽く頭を振って答えた。
「今こそ、真実を話そう。それ以外に、わたしが出来る償いは無いのだから」
博士は気持ちを整えようと深く息を吸い込んだ。
その神妙な面持ちの横顔を、リイナはただ息を飲んで見つめた。
「結論から言おう。リイナ、ツェンベル少将のちゃんとした血を受け継いでいる」
「え?どういう事?お父さんが遺伝子提供者って事?」
「いや、そうでは無い。実際は少将はきみのお祖父さんにあたる」
「おじいちゃん?」
「そうだ。少将、当時は大佐であったが、彼には息子夫婦がいた。同じ軍属でな」
「いた?」
「ああ、だが、彼等は小競り合いの戦闘の中、命を落としてしまったのだ。残念でならんよ。少将も失意の底で涙に暮れていたよ」
「そう……だったんだ。でも、どうやってわたしは生まれたの?」
「当時わたしは、遺伝子の研究をしていた。だが個人では研究など続けられなかった。国家公認とはいえ民間の研究所の予算では限界があったのだ。軍だったら研究費用はもってくれる。しかし、その技術は軍事転用されてしまう。わたしはすごく悩んだ。しかし、ゆくゆくは人の為と信じて軍下に降った。そして、人の遺伝子を調整し、老化や疾患の心配の無い人類を作ろうと研究に没頭した」
博士は絞り出すように言葉を続けた。
「そんなある日の事だ。少将が軍の研究所を訪ねてきたのだ。そして、彼の息子夫婦の遺伝子が遺伝子バンクに登録されていた事がわかって、少将は密かにそれを持ち込んできた」
遺伝子バンクは本来、登録者自身の為に使用するもので、人工的にヒトを作るためのものでは無い。
「本来は倫理的にも軍規にも反する行為だ。許されない行為だった。だが少将には色々と借りもあったし……それに」
「それに?」
「それに、子供を失って肩を落とした彼を見てはいられなかった。わたしが救ってやれるのなら救ってやりたかった。そして、事を隠し独断で情報を操作し、研究の成果として人工的な人類を作る実験を行った……本来使うはずだった遺伝子をすり替えてね」
「それが……わたし?」
「そうだ。試験体を作ったが、成果が出なかったという事で廃棄した事にした。赤ん坊のきみをこっそり少将に引き渡した。だが、しっかりわたしの理論を駆使して作った子供だ。信じるかい?リイナ、きみは病気や老化に強くなっているのだよ」
「そうなの?病気しないの?老けないの?」
「理論的にはな。わたしは人の可能性、より進化し安定した人類の創造を研究しているつもりだった。しかし軍の連中は、まさに超人を産み出させようとしていたのだ。過酷な戦闘、劣悪な環境でも耐えられる戦闘マシーンをな」
博士は悔しそうに目を伏せた。
「しかし、軍の命令で再び作り出したきみの遺伝子クローンのナッツは……遺伝子の劣化なのか、急速成長を施したからなのか。代謝が下がり元に戻らん。今こうやって生命維持チャンバーに入れていないと急速に老化して死んでしまう。ナッツほどでは無いがアークにもその傾向があってな。わたしは彼等を連れて脱出したのだ。協力してくれたのは、誰でもない、ツェンベル少将なのだよ」
「お父さんが?」
「そうだ。そして命を救う鍵はリイナにあるのだ。協力して欲しい」
博士は頭を下げた。
「そうだったんだね、わかったよ。必ず助けて!」
どの程度わかったのか心配ではあるが。
「ありがとう。必ずだ、約束しよう」
「でも……」
リイナは珍しく怪訝そうな表情を浮かべた。
「でも?」
その表情を見て博士はリイナの表情を覗き込んだ。
「あの三白眼、どうしてわたしがその赤ん坊だとわかったんだろう」
「三白眼?ああ、ドミニオ中佐の事か。あいつはべレム・リムルド中将の腰巾着だからな。どっぷり根っからの過激派だ。どうせヤツからエーテルセンサーでも仕入れたんだろう」
「エーテルセンサー?」
「そうだ。信じられんかもしれないが、リイナやナッツ、そしてアーク、産み出されたきみ達はエーテルを自在に操れるようにと設計したのだ。エーテルには未だ謎が多く、能力は発現してはいないけれどね。その影響か、微量にきみ達は特殊な波長とエーテルを放出しているらしいのだ。新たにその検出できない物質を検知する機器を軍は研究していた。それがエーテルセンサーだ。」
「何だか信じらんない。わたし何者なんだろ」
「人間さ。間違いなくね。そんなにかけ離れたものじゃないさ。ただ、人類の希望ではある」
「そうなのかな……わかんないや」
未だ自身の存在に一抹の不安を抱えているが、それでも最初聞かされた時の絶望感は薄らいだ。
ぶつくさ言いながらアストリアスは軍施設のドアの脇にある端末に、自分の身分証を
端末は一度赤いランプが点灯し、次に緑ランプが点灯しカチャリと何かが外れる音がした。
ドアはそのままスライドして開く。
中は暗く、点々と赤い保安灯だけが微かに見える。
「えらい事になったなぁ……」
アストリアスは独りポツリと呟いて中に入ってゆく。
すぐさま異変に気付く。
「何だ……この匂い」
アストリアスは建物に入った途端、お香の様な不思議な匂いを微かに感じた。
その匂いを嗅ぐとフワフワする感覚を感じて、咄嗟に首に巻き付けていたネックゲイターを鼻まで持ち上げた。
アストリアスは胸ポケットから薄いカード状の物を取り出し掌を翳す。
表面に周辺MAPが現れ、建物の構造がワイヤーフレームで表示された。
どうやら昔の研究施設らしい説明文が見て取れる。
研究施設内部を検索し、施設のコントロール室を目指した。
コントロール室の扉の端末に身分証を翳すが、反応がない。
よく見ると扉は少し開いていた。
アストリアスは扉に手をかけ手動で開くと、中はもうもうと煙っていた。
「ひっ!」
床には何者かが転がっていた。
思わず短い悲鳴を上げてしまった。
「何だよ、もぅ」
どうやらこの煙のせいで眠らされている様子だ。
煙を吸わないように暫く部屋に入らず待った。
その間にカード端末を操作しドク達に状況を連絡した。
煙が薄くなり、身を屈めて中に入り、据え付けのキーボードを操作し始める。
監視カメラとセンサーの停止、施設のゲートロックを解除。
「よし、任務完了っと」
アストリアスは独り言を呟きながらドク達に完了サインを送った。
連絡を受けたドク達はコミューターをかっ飛ばし、監視されてないのをいい事に派手な横滑りで施設に横付けした。
後ろの荷物と一緒に積まれていたフィルは横滑りで危うく落ちそうになる。
「まったくもう!調子に乗りすぎだよ」
フィルはドクに文句を吐き出した。
「さ、ちゃっちゃと行くぞい」
ドクは無視してコミューターを降りて荷物を取り出し始める。
肩を
リマは小さなバックパックを背負った。
「で、ここは何なんだい?ドク」
「昔ほんの少し居た事がある研究施設じゃ。軍の連中の腹の中がわかったから、さっさと辞めてやったがのぅ」
「で、何があるんだい?」
ため息混じりにリマが問う。
「ひひっ、楽しみじゃろう!ささ、急ぐぞい」
ドクは白い歯を出しにたっと笑った。
小走りにドクはロックの外れたドアを開け潜る。
リマとフィルが後を追う。
ドクはズンズン先へ進んでゆく。
通路や階段を抜け暫くすると巨大な空間に出た。
「うぉ!でけぇドックだな」
「色々試作機を作っておったからな。中にはお世辞にも褒められるモンじゃないヤツもあったんじゃ。バレたらどうなることやら」
「へぇ、面白そうじゃん!バラしちゃおうぜ」
「まぁそのうちにな。そんなこんなで、現在開発は止まっておる」
「それで人が居ないのか」
「まぁそれだけではないがのぅ」
ドクは何か含みのある物言いをした。
薄暗い施設を小走りに進む一行。
巨大なドックの奥に巨大なシャッターがあり、ドクはその端末を操作すると軋みながらシャッターがゆっくりと上昇し始める。
「さ、出番じゃぞリマ!」
シャッターの奥から姿を現したのは今まで見た事も無い形の飛行艇だった。
「オイ、ゴウゾウ!まさかあたしにこれを飛ばせってんじゃないだろうね!」
「そうじゃ?それ以外何があるんじゃ?」
「アホか。あたしが飛ばしてたのは戦闘機だよ。こんなデカイの飛ばせるわきゃないだろ」
「なぁに、デカイだけじゃよ。支援AIもバッチリじゃから、お前さんなら飛ばせるわい」
「アンタねぇ……」
言い合いしている二人にフィルが割って入る。
「こんなヤツ見たことねーぞ?試作機かい?」
「最初はな、ほんの出来心で宇宙戦闘機を設計したんじゃ。お遊び気分であったが、真に受けて建造しちゃったんじゃな、軍の連中が」
「うへぇ、とんでもね。でも本当に宇宙空間で戦闘なんてできんの?」
「エーテルが本気で兵器になったらの話じゃがのぅ」
「ああ、そうか、エレメンター!反動無いもんな」
「なので今の段階では無理じゃ。研究者だったデイビス・ユェンも死んじまったしな。しかし実現せん方がええ。ろくでもない。機体自体はわしが設計したんじゃ。ぜ~ったい大丈夫じゃっ!」
「だから心配なんじゃないか……」
リマはまた大きなため息と共に肩を落とした。
そんなの無視して機体のハッチを開けて乗り込みコックピットへ進むドク。
仕方なく後を追うリマとフィル。
ドクが早速機体の電源を立ち上げ、機体チェックとAIの初期設定を調整し始める。
リマは最前列にあるパイロットシートに座り、操作系のチェックを始める。
「フィル!この機体の載っている場所はエレベーターのようになっておる。シャッターを閉めて端末から最外縁に移動をさせてくれい」
「OK了解っ」
荷物を固定したら外へ出てシャッターを閉めるために端末を操作した。
シャッターは再び軋み、ギシギシとゆっくり閉まり始める。
「わー!待ってくださいよぅ」
そこへ慌てて滑り込んでくるアストリアス。
「あー何だ、まだ居たのか、アステロイド君」
全く棒読みで弄り始めるフィル。
「もぅ、酷いじゃないですかぁ。それと、僕はアストリアスですっ」
「へいへーい」
とフィルは気のない返事でほぼスルーしてエレベーターの操作を始める。
ガクンと一度揺れて上昇を始める。
同時に警告音が響き始める。
「げっ、ヤバっ」
フィルはギョッとして船内に戻るとドクに報告する。
「なんかサイレン鳴ってんだけど!」
「やれやれ、仕方あるまい。このまま行くぞぃ。今警報鳴っても施設内はマリアが仕事してくれたみたいじゃし、すぐには来んじゃろ」
「えぇ、一仕事ってこれだったんだ……」
「そうですよぅ?」
と、また突然現れるナイトマリアである。
「うぁ!びっくりしたぁ」
「驚き過ぎですよぅ。いつものことじゃないですかぁ」
「マリアちゃんも一緒に来るの?」
「何だか面白そうなんで来ちゃいましたー」
「そ、そうなんだ。心強いねぇ」
システムチェックが終了し、エンジン始動を確認したドクは、リマに何やらレクチャーしている。
「手の空いてるモンは耐圧スーツを着るんじゃ。念の為じゃがしっかりな」
ドクが指示を出しフィルとアストリアスはそそくさと着替え始める。
気付いたら既に着終わっているナイトマリア。
「ニンジャって早着替えもできんだねぇ?」
「場面によっちゃ命取りですからねぇ」
「はぁ、そう」
リマとドクにも耐圧スーツを渡し、全員が着替え所定の席に着くと、丁度外縁付近に着いて一旦停止した。
そのエレベーターはそのまま前に滑り出し、発進位置で止まる。
「さ、いよいよじゃよ。スーツとシートの固定忘れずにな」
「さ、発進するよ!どうなっても文句言うなよ!!」
リマが投げやりに言い放ち、スロットルを開けた。
タービンエンジンの空気を切る回転音と振動が大きくなる。
「発進っ!!」
強烈なGと共に機体は図抜けたスピードで急発進した。
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