第10話 ゲートは危険な香り

「お知らせ致します。次の出発するシャトルは、機体の準備に時間が掛かっております。出発時刻は……」

女性の流暢なアナウンスが流れる。

ここは要塞衛星の入出国ゲート。

衛星最外縁に設けられた出入りを管理取締る部署である。

その外界へのゲートに、まさに怪しげな一行が差し掛かるのである。

先頭は白髪ハゲに白髭の老人、カートに乗った細長くデカい木箱を挟んでヒゲモジャアフロのサングラス。

どう考えても怪しい一団である。

「おい爺さん、何だこれは」

当然、軍所属の審査官はいぶかしげに一行を見つめる。

「おお、お役人さん。お役目ご苦労さんです。これは孫娘ですじゃ」

変装はしているが、一芝居打っているのは博士である。

当然その後ろにいるヒゲモジャアフロはアークである。

「孫娘ぇ?この箱がか?」

「孫娘は特殊で凶暴な伝染病に侵されて見るも無残な姿で死に申した。せめてフォルゲナの地に埋めてやりたくてのぅ」

孫娘とは、当然リイナの事である。

完全密封の棺の中で死体役である。

「おい爺さん、中を確認する。今すぐ箱を開けろ」

審査官が詰め寄る。

「恐れながらお役人様。孫娘は死に至る凶暴な伝染病ウィルスに感染しておりました。 他に感染しない様に密封しておりますじゃ。……それでも開けますか?」

うっと引く審査官。

「もうそれはそれは悲惨な有様で……肌は紫に変色してグチョグチョで臭いもキツくて……で、開けますか?お役人様」

チッと舌打ちしながら審査官が指示を出す。

どうやら社食で食った定食と再びご対面するのが嫌だったようだ。

別の審査官が何やらセンサーをかざして箱を調査し、何やら耳打ちする。

「もういい。死体は貨物室に運べ」

「すみませんお役人様。万が一の事があるといけませんので旅客室でお願いしますじゃ。チケットもちゃんと3人分購入しとりますので」

うやうやしい演技をする博士。

「ったく。仕方ない、しっかり管理しろ」

もう面倒臭くなった審査官は2人分のパスをチェックし、怪しい一行をゲートに通した。

「へへぇ、ありがたい事ですじゃ」

もう演技に入り込んでる博士である。

それに反してアークは黙して語らず。

許可が下りると、何事もなかった様にストレッチャーの様な台に乗せられた棺ごと気圧調整チャンバー内へ進んでゆく。

小一時間の係留の後、一行はまんまとシャトルへ乗り込んだ。

最後尾の3席を押さえ、台ごと棺をしっかりベルトでくくり付け、自らもシートベルトをして体を固定し離陸に備えた。



フィル達一行は、薄汚れた扉をゆっくりと押し開けた。

開けた先は、今までの荒れ果てた通路とは別世界が広がっていた。

床には毛足の長い、深い赤のカーペットが敷き詰められている。

今迄のコンクリート壁の味気ない景色とはうって変わって、クロコダイル調の壁面シート張りの、とんでもない豪華風味空間が現れる。

あえて薄暗い照明にぼんやりと浮かぶ人影。

「あら、裏口からお客様なんて何年ぶりかしらねぇ」

突然の来訪者に余裕の声を掛ける、やや低めのオネエ口調。

「お尋ね者なのでね。失礼するよ」

先頭のリマが声に応える。

相手は、ついこの間会ったばかりの“彼女”である。

「ようこそ!我らが牙城へ」

ざっくりと胸元の開いたドレスを纏ったニューハーフバーの店主である。

「あー、この間の、バーの……!」

フィルが素っ頓狂な声を上げる。

「レイカよ、ヨロシク。偽名だけどね、ふふっ」

皮張りのソファーにゆったりと身を預けて足を組むレイカ。

「ビニールハウスで一悶着あった様ですわねぇ。第三者の介入もあったみたいだし」

「えらい目にあったわい。娘っ子も陰険中佐に連れて行かれちまうし」

口惜しそうにドクが言った。

「そうだ!何か知らないかレイカさん」

リイナを思い出して矢継ぎ早にフィルが問いかける。

「第三者?そんなの見掛けんかったがのぅ」

「多分だけど、あの女の子をさらったのは、軍の連中じゃなさそうよ?」

「「何だって?」」

フィルとドクが顔を見合わせる。

「今、部下に探らせてるわよ?情報、欲しいでしょ?ふふっ」

レイカがニッコリと微笑む。

そこへ部下の一人が耳打ちに来る。

「なんですって?わかったわ。準備して頂戴」

レイカの言葉に部下は頷き、暗がりに消えて行く。

「何だ?何かあったのか」

今まで黙って腕組みしていたリマが察して口を開いた。

「リメルダさん、察しが良いわね。噂のお客さん達が来るわよ。残念ながらゆっくりお話ししていられなくなったわ」

「リメルダ?もしかして空軍大尉の?エースじゃないか。嘘だろ」

一人ボソリとリマの素性を察して、やや腰が引けるフィル。

今までずっと居たのか、物陰で部下達(当然全員ニューハーフである)が右往左往する。

「皆さ〜ん!準備急いでねぇ」

「へい!ボス!!」

地鳴りの様な返事が一斉に帰ってきた。




博士達を乗せたシャトルは出発時間は遅れたものの、順調な航行を続けている。

間も無くフォルゲナの大気圏に突入した。

多少の振動は有るが、極めて安定した航行である。

惑星フォルゲナは水の多い星である。

惑星の大凡おおよそ80%は水に覆われている。

残り20%の陸地には3つの勢力がひしめき合っている。

一つは最大勢力の星系連合軍。次いで連邦星団軍が睨み合う。

最小勢力ながら教団が島を支配するイルンハイト教国。

各国は一応の停戦を受け入れている。

隣接する連合軍と星団軍の境界では小競り合いが絶えないが、大事には至っていない。

シャトルは国際非戦闘信号を発信しながら地表に降下する。

この信号で各軍の無人戦闘機から攻撃されない様に条約が結ばれている。

降下してきたシャトルは船底のスラスターを噴射し減速しながら一旦海へ着水する。

大気圏突入の摩擦で熱せられた機体は海水を蒸発させ、大量の蒸気を噴き上げる。

待ち構えていた牽引船と連結し港へ曳航えいこうする。

ゆっくりと入港したシャトルは港に接岸され、ゲートが接続される。

乗客達は足早にシャトルから降りて行く。

大荷物を抱えた博士達は、他の乗客が出切るのを待った。

「さ、そろそろお目覚めの時間だよ」

その間に万が一に備え、こっそりとリイナの覚醒を促す。

そう、リイナは博士が一時的に仮死状態にしておいたのだ。

死体役になり切って出国ゲートを通過したのだった。

他客が降りたのを確認し、棺を固定から外して移動を開始する。

シャトルを出て港の入出国ゲートに差し掛かる。

当然ゲートには審査官がおり、この怪しげな一行を引き留めないはずがない。

「おい、これは何だ」

デジャヴである。

「これは孫娘ですじゃ、お役人様」

「中を確認する。すぐに開けろ」

「恐れながらお役人様。孫娘は……」

ほぼ同じやり取りが再現される。

ところが……

「ふざけるな。こんな怪しいモン通せるか。“上”の連中は何やってんだ、こんなの載せて」

苛立つ審査官。

「しかしお役人様、ウィルスがこの場で繁殖してしまっては……。ただ、わしは孫娘をこのまま地に還してやりたいだけなんですじゃ」

「お前達、こっちの部屋に来い。ガスマスク着用でその中で開ける」

「わかりました。こちらの部屋ですね?」

「さっさとしろ」

部屋に入ったところでアークが審査官の溝落ちに向けて拳を捻じ込み、首部頸椎に手刀を叩き込み気絶させる。

博士は棺の脇にあるスライドスイッチをスライドさせると棺の蓋がボンっと跳ねて開く。

同時にリイナが起き上がる。

「まずいことになった。逃げるぞ」

博士がリイナに短く伝える。

アークが先陣を切り入国ゲートの職員を次々張り倒す。

その後を博士に手を引かれたリイナが駆け抜ける。

「まてー!」

待てと言われて待つ奴が世の中にいるはずもない。

続いて警備員達がお決まりのセリフと共にバタバタを追いかけてゆく。

入国税関の日々は過酷である。




要塞の水を浄化する最下層施設の一部を無許可に占領し、勝手に改装したニューハーフの城は殺気立っていた。

正面入口からアサルトライフルを所持した都市迷彩の一団が雪崩れ込む。

そして最後に軍制服の三白眼が入ってくる。

「見つけたぞ蛆虫うじむしども。かくまわなければ放置して置いてやったものを。不運だったなオカマども」

口の片方をひっ吊り上げてニヤけるドミニオ。

「あらぁ、礼儀がなってないわね。ノックくらいするものよ軍人さん」

嫌味を込めてレイカが発する。

「不法占拠者に礼儀が必要かね?やれやれ、ふざけた連中だ。全員動くな。動いたら殺す」

言うと静かに左手を挙げるドミニオ。

一斉に都市迷彩の兵隊がアサルトライフルを構える。

「私達にも覚悟が有るわよ?兵隊さん」

更に低い声でレイカが言った。

「舐めるなよ、カマ野郎が」

ブチッ

ドミニオがそう言った瞬間、何かがブチ切れる音がした。

「やっちまえ!!」

何処からか雄叫びに似た声が上がると、ウォーっという歓声が上がる。

次の瞬間、ドミニオの横っ面に真っ赤なチャイナの、腰まで切れ込むスリットから延びたピンヒールが突き刺さる。

「ぐえっ」

物陰にいたレイカの部下の素早い回し蹴りが顔面を捉えた。

「あらぁ〜相変わらずいい蹴りだわぁ。あの子ね、ムエタイの選手だったのよぉ」

物騒な事をレイカが言い始める。

「わぁ、大変な事になってきたなぁ」

他人事の様にフィルが呑気な感想を漏らす。

パン!パン!

続いて乾いた発砲音が響く。

「ああ、そうじゃな。どう考えても普通じゃない様じゃな」

どこかドクも他人事の様な返答をする。

バラバラと薬莢を撒き散らし閃光が走る

ひらひらドレスがガニ股でオープンボルトのサブマシンガンをぶっ放す。

「うは、ヤバっ!どこからあんな武器調達してんだか」

「さぁな、軍隊並の装備じゃのぅ」

「呑気な事言ってる場合かよっ」

リマがいい加減ツッコミを入れる。

ショットガンを当たり構わずぶっ放す細身のオネエ。

マガジンに詰まったショットシェルをこれでもかと撒き散らす。

オートマチックのショットガンなんて何処から仕入れたんだか。

突然の事に呆気に取られた兵士達が何人か撃ち殺される。

長身のゴスロリメイドが小粋にスカートを摘み上げる。

スカートの中から小型ミサイルが発射され、もうもうと煙を上げてたちまち煙幕に包まれる。

兵士達は慌てて応戦し始めるが、既に乱戦の様相を呈していた。

「ヤベェ、本格的になってきやがった。隠れろ」

呆気に取られていたのはフィル達も同じだが、慌てて物陰へ隠れ流れ弾を避ける。

フィルもベイリスをラッチから外してソファー越しに構える。

敵兵をサイトに収め、セレクターを3点バーストへ切り替える。

脇を閉め引きトリガーを引くと、3発の弾が発射される。

空の光カートリッジが排莢され、鋭い閃光が走り兵士を打ち倒す。

さすがは元軍人の面目躍如というところか。

そうこうしている間に銃撃戦が激しくなり修羅場と化す。

「うぉーりゃー!」

太めのワンピースのバックドロップが華麗に決まったのを横目に、逃亡会議を始めるフィル達一行。

「ぜっんぜん安全じゃないねぇ」

一行は突っ伏した状態で肩をすくめる。

「当てが外れたね。チクショウ、あの三白眼ヤロウ!」

リマが忌々しげに吐いた。

「仕方ない、一旦ずらかるかのぅ」

「よし、決定!逃げろっ」

フィルがさっさと結果を決める。

過激なドンパチの最中、一行は脱出を試みる事にした。


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