第9話 追われ追われて逃避行

「苦しい!気持ち悪い……助けて」

漆黒の闇の中、助けを求める声だけが響く。

「あなたは……誰?」

「助けて!助けて……苦しい」

「わたしには……何もできないよ……」

「なら……殺して……」

「えっ?……」

ハッとして自分の体がビクッと跳ねたのがわかった。


リイナはいつの間にか気を失っていた。

うなされて目を覚ましたリイナは、そっと眼を開ける。

また知らない部屋の天井が目に入る。

薄暗く殺風景な部屋の中で目を覚ました。

よくわからない悪夢で体が汗ばんでいた。

ゆっくりと体を起こし見回すが、自分の寝ていたベッド以外は何も無い。

誰かの姿も見当たらず、周りは静かだ。

何かとても身体が重く感じた。

ふと、あの施設で起こった事が脳裏に蘇る。

『わたし、作り物なの?コピー人間?どうしたらいいんだろ……』

自問自答しても答えが出るはずもなく、ただ気持ちが落ちてゆく。

ベッドに腰掛け直し、ボンヤリと視線を漂わせる。


コンコン!

不意にドアを叩く音がした。

「誰?フィル?」

言ってはみたが、そういえば、自分は何者かに強引に拘束されたのだった。

そう思い出し身構える。

ゆっくりとドアが開く。

入ってきたのはサングラスをかけた若い男だった。

手には何やら袋を抱えていた。

「目が覚めたか?何もしやしない。俺は敵じゃ無い。そう構えるな」

男はリイナの表情や雰囲気を読み取ったのだろう。

「わたしをどうする気……なの?」

リイナは覇気の無い声で男に問いかける。

「俺の名はアーク。あんたに協力してもらう為に来てもらった」

「協力?何の?わたし何もできないわよ……」

「直接何かをしてもらうわけじゃ無い。ただ、人の命がかかっているんだ」

自分の出生の事で頭が一杯で、もう頭が回転していない。

「意味わかんない」

「まず、これからある人に会ってもらいたい。詳しくはその人に聞いてくれ」

アークと名乗った男はそう言うと、手に持っていた袋をリイナに渡した。

「今の内に食事を済ませておいてくれ」

袋には何やら食料品と思われるパッケージが入っていた。


暫く何も話さず時が流れた。

アークは地べたに座って壁にもたれていたが、小さな端末を時々覗き込んでいた。

暫くしてアークが声を掛ける。

「そろそろ移動する」

短くリイナに伝えると、アークは立ち上がり外へ出て行く。

もう抵抗する気力も失せてしまったリイナは、その後を追った。

外へ出ると辺りは暗く、夜照明だった。

そこへでかいモーターバイクが滑り込み、リイナの前で止まる。

アークは無言でヘルメットをリイナに渡す。

フルフェイスのメットを被りタンデムシートに跨る。

ヘッドライトを点灯させて、甲高いモーターの回転音と共に急発進した。

リイナは強烈なGを感じながら振り落とされない様にしがみ付いていた。

どれだけの時間が経ったかわからない。

駆動音を響かせながら疾走するバイクは、いくつも区画を抜けてゆく。

とある倉庫の様な建物に軽く横滑りしながら突っ込んで止まる。

アークはスタンドを立ててメットを外すとハンドルに引っ掛けバイクを降りた。

それに習う様にリイナも降りてメットをハンドルに引っ掛けて後を追う。

アークは倉庫の奥の床に下向きのハッチを開け、さっさと階段を降りて行く。

リイナも階段を降りハッチを閉じて後を追う。

通路をしばらく進み鉄の扉をくぐると、小部屋には一人の老人が座っていた。

「また、違うおじいちゃん……」

思わずリイナは独り言をこぼした。

「連れて来たぜ、博士」

「博士?」


博士と呼ばれた細身の老人は、ゆっくりと立ち上がりリイナの方へ向き直る。

深く刻まれた顔のしわは、長く時を経た事を物語っている。

しかし背筋はピンと真っ直ぐで、枯れた印象は無かった。

先日まで一緒にいたドクとはまた別のタイプの老人だと感じた。

「わたしに……何か、用なの?」

リイナが老人に問いかける。

すると老人はまじまじとリイナを見る。

それはとても悲しそうな視線に感じられた。

「生きていた……生きていてくれたのだな……」

長い白衣を着た老人の頬には、いつしか涙が伝っていた。

「え……何?」

思わずぎょっとするリイナ。

「すまない……どう謝っても、許されないのはわかっておる。だが、だがしかし、今はお前に頼るしか方法が無いのだ……助けて欲しい、リイナよ」

「何で?わたしの名前を知ってるの?」

まだ名乗っていなかったが、名前を呼ばれて思わず尋ねた。

老人はゆっくりと、か細い声で、その問いに答えた。

「わたしが……お前を、作ったからだ……」

そう言って老人は目を伏せた。

「!」




研究施設の煙幕の中、ドクを抱えて必死に走るフィル。

倉庫のような広い空間を抜けて、入ってきた通用口から外に躍り出る。

中で何が起きたのかはさっぱりだが、煙幕にせいなのか何かなのか、追手はまだ来ていない。

高い塀の外へ転げそうになりながら飛び出る。

そこへ、物凄いスピードでコミューターが横滑りしてくる。

寸止めで止まったコミューターの運転席から鋭い声が飛ぶ。

「早く乗んな!急げ!!」

言われるがままコミューターの後部へダイブすると、強烈な音を立てて急発進する。

「ぐえっ」

勢いで体が後ろへ持っていかれ、フィルは背中を打ってうめく。

ドクは何とかロールバーにしがみついて耐えている。

コミューターは前時代のレースカーの如く、ドリフトをしながら施設の区画から抜け出す。

ドク以上の荒い走りをする最中、舌を噛みそうで歯を食いしばって耐えた。

無言のまま一行は入り組んだ構造体の隙間をすり抜け、薄暗い場所へ滑り込んで止まる。

「いやぁ、助けていただいてなんですけど、あちこち打って死にそ……」

「まったくえらい目にあったわい。お前さんに連絡しといて正解じゃったのぅ、リマ」

やっとの思いで顔を上げ、運転席をのぞき込むフィル。

「ドクの知り合いかい?……って、あー!あんたは!!」

素っ頓狂な声を上げるフィル。

そこには……

「つい数日前会ったばかりじゃないかね。全く、何やってんだい、あんたらは」

運転席に着いていたのはあの安酒場の店主の“おばちゃん”であった。

「うっは、ドクの知り合いだったのか、びっくりしたぁ」

「あたしもついてないねぇ。こんな厄介事に巻き込んで!高くつくよゴーゾー」

目をひっつり上げてリマがドクに抗議する。

「バカ言えぇ、お前さんだってこんな所にくすぶってて、退屈しのぎに誘ってやったんじゃわい」

ドクも負けじと反論し始めた。

ごちゃごちゃ言い合いをしていたが、不毛さにお互い気付いたのかトーンが下がる。

「はぁ。そんで?どーすんのさ」

と、リマ。

ドクは腰を摩りながらナビシートへ座りなおす。

「このままじゃらちがあかん。とりあえず情報がいるな。娘っ子の事も気掛かりじゃしな」

フィルも後部座席に座り直し、リマに事の一部始終を話した。

「情報は“彼女”の所かい?」

「ああ、そうじゃな。そうしてくれ」

おそらく彼女というのは、あのニューハーフバーの店主の事だろうとフィルは思った。

「じゃが、店はちとマズイかもしれんな。突入前にも黒服が付いておったし」

ドクが何やら渋い顔をして言った。

「わかった。取り敢えず身を隠せる所だな?」

リマはそういうと、再び入り組んだ道無き道へコミューターを発進させた。




リイナは“博士”と呼ばれた老人の言葉にただ驚いた。

自分を作ったのだというのだ。

「わたしを……作ったの?」

「そうだ。“作った”といっても、物の様に作ったわけじゃない」

「わたし、人造人間とかコピー人間じゃないの?」

「違う。君には遺伝子提供者がいるのだ。確かに遺伝子操作はした。だが、根本的には人間と同じなんだよ」

リイナは自分が試験管で培養された化け物の様に思っていた。

だが、博士の言葉に少しホッとする気がした。

「始まりは軍の意向だった。わたしも研究の資金が欲しかった。まさかこんな事になるなんて……想像が足りなかった」

博士は目線を下げ、ただ 後悔の言葉を口にした。

「すまないリイナ……わたしが研究にのめり込むあまりに……」

リイナはどんな顔をして良いのかわからなかった。

「全てを話そう。だがしかし、今は共に来て欲しい。惑星フォルゲナへ」

「わたしもあそこから来たのよ?お父さんに言われてここへ来たの」

「お父さん……そうか、ツェンベル少将……懐かしいな。お元気かな?」

懐かしむように博士は遠い目をした。

「やっぱり、知っているんだね?」

「ああ、その事もじっくり話そう、これに至る経緯というやつを」

「何かわたしに用があるんだよね?どんな事?」

複雑な心境の中、言う通りにしようという気になっていた。

「ある少女を助けたいんだ。頼む、わたしには命に代えても助けなければならない命がある。その為には、リイナ、君の遺伝子が必要なんだ。オリジナルである君のな」

「オリジナル?」

「そうだ、君の遺伝子から作られた娘だよ。云わば分身、妹のようなものだよ」

「わたしに……妹がいるの!?」

「厳密にいえば、クローンというやつだ。研究とはいえ、自分が作ってしまった命に責任を負わなくてはならない」

「よくわからなけど、わたしがいれば助かるのね?」

「手がかりが君の遺伝子にあるはずなんだ。だから……」

博士が言い終わらないうちにリイナは言い被せる。

「わたし、その子を助ける!」

その言葉に反応したのは博士ではなかった。

「頼む!あいつを、ナッツを助けてくれ」

アークがそう言ったのだ。

「びっくりしたぁ。あなた、その子を助けたい一心なんだね。わかった、協力します。どうしたらいい?」

滅入った気持ちもどこかにはあるが、無意識に忘れようとしていた。

「……ありがとう、頼む」

短くアークは言うと、後ろへ下がった。

「アーク、お前の為にもなるんだぞ。リイナの遺伝子に秘密があるのだ。お前たちの体を正常に戻す手掛かりが。命をかけても助けてみせる」

アークは答えないが、そうするしか無いという感じであった。

「まずはこの衛星から出なければならない。だが、リイナは追われている身であろう。私達もそう大っぴらに出られる立場では無い。姿を隠しながら行動する事になる」

博士は椅子に腰掛け話を始める。

リイナもそれにならって 手近な椅子に腰掛ける。

アークは立ったまま腕組みして壁にもたれ掛かって様子を見守る。

「でも、どうやって?シャトルに乗るには軍の管理しているゲートをくぐるでしょ?あの陰険なヤツの部下が居たら捕まっちゃうよ」

三白眼の顔を思い出しリイナはゾッとした。

「そこでだ、リイナ。君には死体になって貰う」

「なんですって?!」




フィル一行を載せたコミューターは、リマの荒っぽい運転で道無き道を疾走していた。

荒過ぎてしがみ付いているのがやっとで、ドクとフィルはウンザリ顔である。

下水道の様な代わり映えしない地下構造体をどれだけ走ったのか。

かなり古びたシャッターの前に滑り込む。

ドクとフィルは安堵のため息を漏らした。

「やれやれ、お前さんの運転は荒いのぅ。殺す気かまったく」

あんたが言えた義理かとフィルは思った。

「こんなんでも追われている身だろうが。嫌なら降りて歩いたらいい」

憎まれ口を言いながらリマはシャッターを開けにかかる。

フィルも飛び降りて手を貸す。

「今時珍しいなぁ、手動のシャッターなんて」

「こいつは大昔使われていたもんさ。今はこんなもん使う奴なんかいないさね」

「よく知ってんねぇリマさん」

「“さん“だぁ?気持ち悪い。リマでいいよ」

「あ、そう?んじゃお言葉に甘えまして」

「あたしも大昔は軍属だったのさ。どうせ巨大な監獄の中さ。何かの役に立つかと思ってね」

「そりゃ……大先輩でしたか。失礼致しましたっ」

わざとらしく敬礼して見せる。

「バーカ、さっさとシャッター開けな」

冷めた口調で突き放すリマ。

フィルは苦笑いして頭を掻いた。

古いシャッターは錆び付いていて、開けようとするとガリガリと音を立てた。

格闘の末、何とかかがめば通れる位まで上がった。

「ふぃ~何とか上がったけど限界……」

「通れりゃ文句ないさ。さ、行くよ」

シャッターをくぐると、今までとは違い、そこは真っ暗い闇であった。

先頭のリマは腕に付けていた幅広のブレスレットを触ると、マグライトの様に辺りを照らしだした。

塗装の剥げた金属の壁、床には埃が積もり、何年も人が入ってない“遺跡”が現れた。

リマは当たり前かの如くズンズンと前へ進んでゆく。

ドクを間に挟み、フィルが後を追う。

暗い中、どこをどう通ったのか、フィルはもう完全迷子だった。

どうやらゆっくり下に向かって下がっている感じはしていた。

何箇所か梯子はしごも降りた。

相当低い位置まで来ている事は確かである。

「なぁ、どこまで行くんだ?」

「行くところまでだよ。フフ」

何やら意味深な笑みのリマ。

御丁寧に回転扉まで経由して辿り着いたのは、古めかしいリベット打ちの金属の扉。

リマはノブの近くにブレスレットをかざすとカチャリと音がする。

ゆっくり開けた扉の中は、今までの通路とはまるで別世界が広がっていた。



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