第8話 三白眼と偽物の真実
リニアのスピードには遠く及ばないが、暴走じじいの最高速コミューターは下手なアトラクションより迫力がある。
ナビシートのリイナはキャッキャと喜んで居るが、フィルはロールバーにガッチリ掴まって固まっている。
『わわわっ』
おっさんは肝を冷やす。
ドクは冷静だがやる事はぶっ飛んでいる。
何キロ出ているのかわからないが、兎に角全開のスピードで飾り気の無い壁が高速で後ろへ流れて行く。
幸運にも
喋ったら舌噛みそうなフィルはガッチリ口を閉じて到着するのを待った。
やがて逆噴射で減速し始め横滑りして軽くスピンしながら急停車してぶっ飛びそうになる。
言葉も無くドクがコミューターを降りるとつられてリイナとフィルも降りる。
フィルはハンドヘルドPCで現在位置と経路を再確認する。
「通常の手段で突入して大丈夫かなぁ?待ち伏せとか」
「付いておった追手が軍の連中の仲間だったらあり得るかもしれんのぅ」
「別ルートって言うと……搬入口かな?」
研究施設には大型の試作機械も多く扱われた。
通常の出入口以外に搬入口が存在するはずである。
「っても、ドク、搬入口ったらデカいゲートなんじゃないかい?そんなもん開けたらすぐバレちまうんじゃね?」
「デカい扉にゃ大抵小さな通用口が付いとるもんじゃよ。多分な」
どうやらドクはそう見込んで施設の手前で止めたらしい。
「そんなもんかねぇ」
待ち伏せを警戒しつつ表通りを避けて、ブロック内壁と施設の壁であろう構造体の入り組んだ隙間を進む事になる。
「えーまたこんなとこぉ〜」
リイナがまた不満の声を上げる。
「作業着を着てんだから我慢しなさいってば」
先に進んだドクを追って、フィルがむくれるリイナを諭し、垂れ下がってるワイヤーやらコードを掻き分け隙間を進んで行く。
慌ててリイナが後を追う。
ほぼ誰も通る事のない壁裏の通路を進む。
この星は更新され更新され続け、無数に入り組み、どっかで行き詰まったり、また穴開けられたり複雑に変貌して行くのである。
通路だった場所がある日突然狭くなって物置になったり、行き止まりになったりする事は珍しくない。
軍の施設とはいえ余程の事が無い限り、こんな“隙間”まで警備してはいないであろうという読みである。
辺りを警戒しつつ転がるゴミやガラクタを避けながら慎重に進む珍妙な作業員姿の3人。
ジャンクの森を抜け、外界とブロックを隔てるゲートと施設内部に繋がるゲートの狭間に出る。
ドクは徐≪おもむろ≫に物陰でしゃがみ込み、追い付いた二人もそれに習う。
折りたたみ式の双眼鏡を取り出したドクは周囲を見回す。
その横でリイナは手で双眼鏡作って見回すフリをする。
「ぱっと見は兵隊はおらん様じゃの。さて突入して良いものやら」
「こそーっと行っても見つかるときゃ見るかるさ〜」
「おぬしは気楽でええのぅ。ま、でも考えても仕方ない事もあるもんじゃが」
「こういう時のマリアちゃんじゃないの?おーいマリアちゃーん」
「はいな?」
「わっ!ホントに居たっ。ねぇねぇ、ココ突入しても大丈夫?」
「あ、わたしビンボーさんとはお仕事しないのですぅ。ほほほ」
「げ、足元見やがる」
「残念じゃったのぅ。それで?」
「周囲に兵隊さんは居ないですねぇ。中はわかりませんけども」
「お前さんにしちゃ歯切れが悪いのぉ。忍者も形無しかね」
「情報管理が厳しいって事なのでしょうねぇ。中の情報は全くないんですよぉ」
「そうか、とんでもないモノを隠しているかもしれんのぅ……」
暫く周囲を見回すドク。
しかし、様子に変化は無い。
「しゃーない、行くとしますかね?ドク」
察したフィルが声を掛けて促す。
「そうじゃな」
短く言うとドクはゆっくり立ち上がった。
作業着姿の一行は、当然であるかのように研究施設であろう建物に歩いてゆく。
高い塀に沿って暗がりを歩いてゆくと扉が現れる。
ドクは手に持っていた工具箱から何やら機械を取り出し、ドア周辺にかざす。
「センサー等……無しじゃな」
「変装用に持っているのかと思ったら、しっかりそーゆーの持ってんのね」
「当り前じゃ。お前さんの様にお気楽じゃないもんでな」
「へいへい。こちとら肉体労働担当ですからん」
フィルがおどけて見せ、チェックの終わった扉をそぉ~っと開け始める。
誰もいないことを確認し、するりと塀の中へ入り込む。
手だけ表へ出して手招きするフィル。
後に続き2人が塀の中に入る。
塀の内側は薄暗い。
塀と建物の距離が近くて狭く、左右に伸びている。
奥へ進むと外壁とつながって、巨大な搬入出口があるはずである。
暗がりの中、速やかに奥へと進む一行は外壁に突き当たり、建物に薄汚れた扉を発見する。
例のごとくドクがセンサーや仕掛けが無いか調べる。
フィルは
「なぁ、ドク。何かおかしくないか?軍がこんなにぬるいの変じゃね?」
「元軍人の感か?お留守だと良いのじゃがのう」
チェックが終わったドアを静かに開け、中に入る。
中は巨大な格納庫といった様子。
暗くてわからないが何やら巨大な物体がシートをかぶって置いてある。
そこら中に何とも付かぬ物が積み上がっている。
それらの横を避けながら通り抜け、格納庫から出る扉にたどり着く。
ドアチェックしてそっとドアを開けると、両サイドに巨大な円筒状の水槽が立ち並ぶ。
何も入ってはいないが、気味の悪さを感じて震えるリイナ。
「なにぃここ~気持ち悪い」
「どうせろくな事には使われてないだろうさ。スルーしとけ」
足早に通り過ぎ奥へ奥へと進む。
かつて何かに使われていたであろう機械群をドクは何やら操作している。
暫くすると機器に細かな光が灯る。
ジャンクヤードにあったような旧式のモニターとキーボード付きの端末をカタカタと操作している。
リイナはそこいら辺をプラプラしてつまらなそうだ。
「ドク、何か見つかったかい?」
「今収集中じゃが……当たりの様じゃな。どうやらとんでもない事をやらせていた様じゃよ」
「本当かい?どんな?」
「平たく言うと……人造人間じゃよ。遺伝子いじくって兵器転用しようとしたんじゃろ。わしの研究開発した義体研究を盗んで、操作ではなく脳直結で兵器を動かす研究じゃ」
「なんだって?!」
「兵器を文字通り手足の様に動かせる様にしようとしたんじゃ。だが……暴走した」
「それが“バイオハザード”の真相ってか……はっ!まさか、おれも?」
「お前さんはただのおっさんじゃ」
「あっそ。少しは夢見させてよ……」
「短い夢じゃったのぅ」
「しかし、ひでぇ事しやがる。失敗して良かったぜ」
「奴ら、人工にしろ、“人”をパーツとしか見なかったんじゃ。その報いじゃよ」
「胸糞悪りぃ。ドクは薄々気付いてたのかい?」
「わしはこんなこったろうと思って断ったんじゃ。こんな研究したいわけじゃない。わしゃお前さんの元相方の様に、手足を失って困ってる連中を助けたかっただけじゃ」
「ああ。だけど頓挫したにしちゃ、なんで綺麗にデータまで残ってるんだ?
「さあな。軍の一部の暴走じゃろうけど、時期からしてすでに停戦期に入っておる。こんな兵器開発なんぞ休戦条約に違反する内容じゃ。どう考えても褒められる行為じゃない」
「軍の強硬派あたりか?連中は戦闘再開を望んでるからなぁ」
「今動いている連中は軍本体とは別の動きをしておるからな。たぶん荒事OKな危ない連中じゃろ。えらい連中の情報を知ってしまったもんじゃの」
「うわぁ~、わかってて引き込んだろ!ひで~な」
「まぁそう言うな。無職でのたれ死ぬよかマシじゃったろーよ」
「無職の方が幸せだったかも……」
その時、一斉に室内の照明が灯る。
「!」
「どこのネズミが紛れ込んだかと思えば、西嶋 剛造博士ではありませんか!」
気付けば銃身の短いアサルトライフルを抱えた十数人を従えた、軍服の男が後ろに手を組んで、偉そうにふんぞり返る。
「あんたは!ドミニオ少佐!!」
三白眼の軍服の男は眉をひっつり上げ口角を下げる。
「なんだお前は。軍人崩れか?まあいい。私はドミニオ・グレン特務中佐だ。覚えておくがよい。まぁ、すぐ死ぬことになるがな」
「んなろぉ~知ってるぜ!軍じゃ有名だからな!陰険ドミクソってなっ!中佐殿っ」
「ふんっ!虫けらが。陰険結構じゃないか。いずれ私の時代が訪れるっ!その礎となる研究がその研究だ!礼を言うよ?西嶋博士。知ったからには帰せませんがねぇ」
陰険な三白眼が不敵に微笑む。
「そんなわしの研究のパクリでうまくいくもんかのぅ?暴走させたくせに。お前さんは愚かな夢想家じゃ。成功なぞせんわい!」
「博士~あなたの研究は大いに役立ちました。でも、もう用済みですからねぇ。どうしたものでしょう。おやぁ~?そこにいるのは……」
ドミニオはフィルの後ろに隠れていたリイナに目をやる。
陰険な笑みがさらに強くなる。
「お前はっ!あ~はっはっはっは~!出来損ないのクローン試験体ではないか!まだ生きていたとはなぁ。笑わせるわ、なぁ、XCDL-01?」
「何の事だっ!」
フィルは自分に言われていると思って叫ぶ。
「お前じゃない!その後ろの女だぁ」
リイナがビクンと飛び上がるが、震えた声で投げ返す。
「な、何よぅ!アンタなんかお父さんに言えばすぐクビなんだから!!!」
「なんだぁ?お父さんだぁ?そんなもん作り物の人形に居るわけないだろうがぁ!!」
もうすでにチンピラ口調の陰険三白眼が追い打ちをかける。
「お父さんは“ショウグン”なんだからー!シュメイザー・ツェンベル!知らないわけないわ!アンタなんか即クビ!」
「え、お父さんって……ツェンベル少将だったのかぁ?」
フィルが驚いて間抜けな声を上げる。
ドクはハッと何かを悟った様な表情をした。
三白眼が口を曲げて語る。
「ははぁ~ん。そういう事か。シュメイザーめ、奴があの時、試験体であるその女を連れ去ったのだな。まぁ取り立てて能力の無い失敗作であったが、なんと幸運な巡りあわせかっ!良い実験動物が手に入るわけだ」
「わたしが……作り物?……失敗作?……なに?嘘よ……」
リイナが頭を抱えてへたり込む。
その様子を見てフィルが叫ぶ。
「デタラメ言ってんじゃねぇ!本気にすんなよリイナ!」
「おっと~動くんじゃないぞゴミムシがっ!」
ドミニオは腕を上げるとアサルトライフルを構えた兵士がフィルの急所にレーザー照準器を当てて威嚇する。
次々とドクにも照準が合わされる。
「おいそこのゴミムシ。その女とじいさん捕まえて投降するなら、そうだなぁ、軍属に戻してやってもいい。二階級特進付きでな」
「ふざけんな!殺す気満々じゃねーかっ」
「ふんっ、察しのいい奴は嫌いだよ」
口を曲げて吐き捨てるとドミニオが陰険な笑みを浮かべる。
「残念だねぇ。なぁ西嶋博士、今からでも我らの研究に力を貸さないかね?貴方だけなら助けてもいいんだよ?」
「けっ、青二才が!つけあがるなよ?外道はろくな死に方せんからなっ!」
フィルは爽快だと思うと同時に死を覚悟した。
「残念だなぁ。さぁて、余興は終わりの時間だ。そろそろお別れとしようじゃないか」
ドミニオは軽く手を上げ取り巻きに命令する。
「そこのへたり込んでる女は捕まえろ。他は殺せ!」
腰をやや落とし、サッとアサルトライフルを構え、射撃体勢に入る兵士たち。
だが次の瞬間、何やら黒い物体が大量の煙を吐きながら宙を舞い、辺り一面を覆い隠す。
周辺でパンッパンッと音がして、煙で覆われた頭上を高速で弾が行き過ぎる。
「うわっ!」
「ぎゃー」
「ぐあーっ」
兵隊の声だろうか、煙の向こうで悲鳴が聞こえる。
次第にどこかで爆発が起きて熱風が流れてくる。
「今だっ!それ逃げろっ!」
突然雨あられと降り注ぐ爆炎と煙の中を慌てて駆け出す。
「なんじゃこの状況はっ!」
「知らないってばよー、逃げるしかないじゃん!」
フィルは煙で見えない中、リイナに手を伸ばそうとした。
「ちょっと、離して!嫌だったらぁー助けてっフィル!きゃーっ」
立ち昇る煙のせいで何も見えない中、リイナの悲鳴が響く。
「おい!何してんだっリイナ~何処にいる?!おいっ」
返事は返ってこなかった。
「くそっ、この状況で!」
「今は引け!一旦体制を整えるんじゃ。チャンスはある!すぐ殺されはせん」
「っちくしょー!必ず助ける!死ぬなよ……リイナっ!!」
このチャンスを逃したら間違いなくハチの巣だ。
フィルは姿勢を低くしたままドクを抱えて格納庫の方へダッシュした。
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