第7話 魔獣の巣穴へ遊びに行こう!

ゴロツキを追っ払ってやっと店に入ると、中は外見より遥かにしっかりした作りのバーだった。

ぼんやりと昼光色の光を受けたカウンターにいる店員に声をかける。

「食事とかは可能かな?3人大丈夫?」

「いいわよ、どうぞ」

ざっくりと胸元の開いたドレスを纏った店主が返してくる。

……たぶんニューハーフかもしれないママが低めの声で続ける。

「あら、誰かと思えばゴウゾウさんじゃないの。ご無沙汰じゃな~い」

どうやらドクとは顔見知りのようである。

「ああ、ちとメンドウ事になるやもしらんのだがね。して、ここもママさんの店なのかね?」

「そうよぉ、これでも大忙しなんだからぁ」

手慣れた動きで何か調理をしながらドクと会話をしている。

その隣でキョロキョロしながら脚をプラプラしているリイナ。

「これから農場に行こうかと思っておるんじゃが、ビニールハウスはどんな状況かねぇ?聞く所によると、虫も居ないらしいと聞いとるのじゃが」

ドクはたぶん隠語を使って店主に情報を聞こうとしているのだろう。

「あらぁ、こんな時間に畑仕事かしら?中は今何も育ててないと思うけど、荒れ地にはなってないそうよ。誰が畑を耕しているのかしらね。ま、農場の主なんでしょうけど、変な話よね、何も育ててないのに」

話しながら3つの皿に乗ったソーセージや卵料理を目の前のカウンターに並べる。

こんな宇宙の石っころの上でこんな料理が食えるとは思っていなかったが、原料が何でできているのかちょっと不安になるフィルであった。

それを尻目に何の疑いもしないリイナはフォークとナイフを両手に

「いっただっきま~す♪」

むしゃむしゃ頬張り能天気である。

「ほほう、じゃあ入り口は閉じてはおらんのじゃな?」

「入れるはずよ。そもそも昔、病原菌が蔓延したって話、なんだか嘘くさいわね」

「そう、それじゃ。その事を確認したかったんじゃよ」

「定かじゃないわねー、こればっかりは農家の方がしゃべってくれないから」

「自分で見に行くしかないってことじゃな。ありがとうよ」

ドクはそう言って会釈をして食事を開始する。

むしゃついていたリイナはフィルに向かって小声でささやく。

「ねぇ、“のうじょう”ってぇ、何?」

「いーの、お前さんは食ってなさい」

「なんでよぉ~“びにーるはうす”って?何の話してんのぉ?」

「後でわかるってばさ。ほら、こいつやるから」

面倒臭くなったフィルは自分のバゲットをリイナにわけ与えて話を誤魔化す。

「わぁ~い」

単純なヤツで助かる。

食後にコーヒーが配られる。

リイナには紅茶が配られ、何とも気配りの利いた店だ。

「気が利くのぅママ、チップも払わんとな」

「じゃ、お気持ちだけ頂いておくわね」

カウンターの下で何か操作する店主、差し出された端末にドクがキャッシュプレートを押し当てる。

キャッシュプレートの液晶表示を覗き込んで決済額と残金を確認して懐にしまう。

そしてママがヒソヒソとドクに耳打ちをする。

「黒服が付いているわよ。裏から出てくださいな」

「何から何まですまんのぅ」

店主はニッコリしながらカウンターの横の陰に導き、下向きのハッチを静かにスライド、下に向かって梯子が現れる。

「またいらしてくださいねぇ」

ドクは軽く手を上げ、梯子を降りてゆく。

それに続きリイナ、最後にフィルが降りる。

「ねーねー、なんで地下なん?」

「もうどこかの追手が付いてるようじゃな。お前さん達、何か悪さしたんじゃなかろうな?」

「おいおい、人聞き悪いぜドク。こちとらリストラされただけだぜ」

二人の視線がリイナに向く。

「な、何よぅ。酔っ払い張り倒しただけじゃない!」

「ママは黒服と言っておった。ゴロツキ共では無かろう。追っ払ったばかりだし、ゴロツキだったら尾行なぞせず襲い掛かって来るだろうさ。さて、何者じゃろうな」

「んで、どうすんだドク。予定通り夜中まで待つかい?」

フィルはドクへ視線を送る。

リイナは右手の人差し指にはめたリングに目をやり、そこに浮かび上がる電子表示の時間を確認する。

「えーこんな所で何時間もぉ?」

リイナの不満の声を尻目にドクは腕組みし考え込む。

「これから行く所は昔、軍の研究施設だったって事は言ったと思うが、さっきの話じゃ荒れ果てた廃墟って事でもないようじゃな。って事は、定期的に軍が整えに来てるって事じゃろ。もしかしたら連中と出くわす可能性もアリって話じゃ」

「しかしなんでまた……軍の連中、何考えてんだか」

「ねーねー、私何でそんなとこに行かなきゃいけないんかな?」

「知るか」

「ぶー」

リイナが膨れる。

「研究だけじゃなく試験機も製作してテストする試験場もついておった施設じゃ。兵器開発の最前線ってとこじゃの。わしもここに移動させられそうになって断ったらこのザマじゃ。軍に従わない人間は不要じゃからの」

「右に同じって事でもないけど、ここに閉じ込めておけば情報封鎖にもなるからなー」


「まーそういうことじゃ。話を戻すんじゃが、表面上は研究施設でのバイオハザードが起きて封鎖されたって事になっておる。ママはさっきは入れると言っておった。じゃがどう見ても厳重に封鎖された感じじゃない。中は綺麗だとも証言している。ここの治安を考えれば通常閉鎖なんぞされようものなら色んなもん引っ剥がされて部品がジャンクヤードに並ぶか、不法投棄場になるかくらいなもんじゃろ。嘘くさいのぅ。本当にバイオハザードだとしたら死体が並ぶんじゃろうしな。何かあるぞい」


使っていない区域に盗掘屋がいないのは微妙に変である。

それだけ軍がきっちり警備しているって事になる。

確かに停戦中、人は余っているのだろうが、用もない施設を警備させるほど酔狂でもあるまい。

「何かって、ホントは心当たりあるんじゃないのかい?ドク」

「まあな、じゃがそれは最悪のシナリオじゃがな。今のところその線が濃厚になりつつあってウンザリじゃがの」

「しっかしナイトマリアといい、さっきのママさんといい、ドクの知り合いって、いったい何者なんだい?」

「まあな。色々と、あるんじゃよ」

「で、結局どーすんのよー」

意味がわからず痺れを切らしたリイナが割り込む。

「よし、このまま施設に向かおう。軍が動いていそうなら何時に行ってもそう意味は変わらんじゃろう。慎重に進むしかなかろうな」

その言葉を聞いてフィルは自前のハンドヘルドPCを引っ張り出して現在位置を確認しだす。

この居住区から例の施設まで一駅分歩く必要がある。

「歩いて移動するかい?そもそもこの地下って隣までこのまま行けんのかなぁ」

「えー歩くのぉ?」

リイナが不満の声を上げる。う〜んとドクが腕組みして唸る。

「何かしらの追手も付いている事じゃしのう。さあてどうしたもんかの」

自前のハンドヘルドPCを弄っていたフィルが声を上げる。

「なぁドク、最下層のリニアラインの整備用通路は?上手く行きゃ整備用のコミューターか電動バイクか位あるんじゃね?そのまま次のブロックにも行けるしさ」

「そうじゃの、そうするか」

「それがいいかもですねぇ」

またいつの間にか隣に居るナイトマリア

「うぁぁ!びっくりしたぁ」

「いやぁ、何やらこの周辺が騒がしかったんでぇ、ちょこっと動いてましたぁ。黒服さん付いてましたねぇ。今頃ぐっすりお休み中ですけどぉ」

マリアが物騒な事を言い出す。

「まさか殺しちゃったの?」

驚いてフィルが聞き返す。

「だからぁ暗殺者じゃないですってばぁ。寝てもらっただけですよぉ」

「そいつらは何者なんじゃ?」

「まぁ何かのプロでしょうね。身分のわかりそうなもの全く所持してませんでしたから。そもそもあの研究施設で動いてる軍の連中、あれは普通の部隊じゃなさそうですねー。軍本部は全く動いてないんですよぉ」

「何らかの極秘部隊か、別系統かって事じゃな?」

「多分……。今のところそんな事くらいしかわからなくて。本部が感知していない部隊の動向は探れないですねぇ」

「いやいや、良くやってくれたもんじゃよ」

「研究施設は表向き閉鎖になっていますから、リニアの整備ラインも動いてないと思いますよぉ。それじゃっ」

そう言い残しスッと影に入るとまた消えていた。

「まったく、すげぇなぁ忍者って」

フィルはうへぇ〜っと思いながら最下層までのルートを検索する。下方へのハッチや経路がワイヤーフレームのアニメーションで流れてゆく。その画面をドクに見せるとドクは頷き、短く「よし、いくぞっ」と短く答える。

「あーーーー!わたしの荷物ぅ」

そう言えばコミューターに置きっ放しである荷物を思い出し、リイナが声をあげる。

まさか担いで食事する訳にもいかず、フィルのずた袋やエレメンターも荷台に積みっぱなしだ。

「終わったら取りに戻れば良いじゃろ。持って行ってもかさばるだけじゃ。念の為さっきのママに預かってもらいっておくかの」

そう言ってドクは端末を取り出しメッセージを送る。

リイナも何やら不満げな顔だが仕方なく後を追う。

「おれもエレメンター載っけたままだ。弾は身に付けてるけど」

「上等!あんなもんなら最悪わしにも作れる。弾さえ無ければただの筒じゃ」

「心強いお言葉で」

戯けながらフィルは歩を進める。

なんかの拍子に入り組んじゃった様な通路というか隙間を縫って三人は下層を目指す。

下向きのハッチを開け錆びた梯子を降り、おおよそ使われていない様な通路を抜ける。

まぁそういうルートを選んでいるのだが……

下水こそ流れていないが下水道の様な汚い通路を経て、古びたドアに辿り着く。

フィルは慎重にノブに手を掛け、ゆっくり静かに少しだけドアを開ける。

隙間から覗き込み誰も居ない事を確認すると、腰のベイリスF96Rのラッチを外し、手を掛けて再びゆっくりドアを開く。

素早くセーフティを外し左右に銃を向けながら部屋に入る。

安全を確認し終えドクとリイナに手で合図する。

今までの汚い通路から綺麗で明るいスペースに出る。

コンクリートっぽい飾り気の無いスペースを前に進むと整備員の詰所らしきドアの無い部屋に辿り着く。

人影はなくガランとしている部屋に入ると、ヘルメットや作業着が吊るされており、小さな棚には何やら工具の類がぎっしり納められていた。

フィルはそそくさとその作業着を羽織り黄色いヘルメットを被る。

ドクもそれに習い着始める。

「え、なになに?これ着るの?」

リイナがポカンとして聞く。

「変装しときゃ、一応何かあった時に時間稼げるかもしれないっしょ?」

「何だかワクワクするねっ!」

「遊びじゃ無いぞ?」

「いーじゃないのよー」

フィルとリイナが戯れているうちにドクは身支度を終えて、そこいら辺を漁り始める。

「ほら、遊んでないでいくぞ」

ドクがキーらしき物をヒラヒラさせながら部屋を出て行く。

「そーら、怒られちゃったじゃんか」

「いーだ」

ぶつくさ言い合いながら二人はドクの後を追う。

ドクは4人乗りのコミューターを起動させ、遅れて二人が慌てて乗り込む。

リニアラインと平行に走る整備用通路に出ると、ほぼ真っ直ぐに続く道をドクはベタ踏みし最高速でコミューターをかっ飛ばした。




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