第6話 エーテル・エレメンタル

「ドク!この辺のジャンクは使って良いんだよなぁ?」

フィルは軍人の性か咄嗟に武器になるものを探す。

「好きに使えっ!時間がないぞ」

大声でドクの声がする。

ガラクタばかりと思っていた鉄屑の山から旧式だが軍用とみられる銃を見つけ拾っておく。

ドクの研究机らしい場所を粗捜ししていると、なんとも物騒な光カートリッジケース。

整備すりゃさっきのガラクタでも扱える弾である。

すぐさまフィルはガラクタ銃の分解をして整備を開始した。

何とかガラクタを組み合わせながら、刻印から見るとベイリス社のF96Rという型らしい。

バラしながらその辺にあったブラシをかけてゴミや錆をそぎ落とす。

洗浄オイルにぶち込んで雑に洗い流し、部品を拾いながら組み込んで動作を確認する。

軍ではこういう訓練も仕事の内であるだけに手慣れている。

引き金トリガーの動きを確認しつつスライドをレールに入れつつスプリングを開放し、その作用で元いた位置にスライドをガチンと動かす。

余分な油を拭いつつ残りの外装パーツを組みつけた。

ダブルカアラムのマガジンにビーム弾をロードしてセット。

銃口マズルのチョークを絞って調整する。

外に出てトリガーガード前に付けたフォアグリップを握って構え、試しに一発ガラクタの山にトリガーを引き絞る。

マズルから凄まじい光線を吐き出しながら、ガラクタの中心を貫き爆散させる。

「こりゃぁ……まずますだねぇ」

ちらっと横を通り過ぎようとしたドクは

「ほぅ、まだそんな古いもん残ってたんじゃな」

すれ違いざまに声をかける。

ニンマリしながらフィルは残りの弾を装填し、入りきらない弾をポケットに放り込む。

割とかさばる大型拳銃の安全装置セーフティレバーをセーフにしてガンベルトのラッチに引っ掛けた。


何やら奥から戻ってきたドクが戻ってくると、フィルに何か細長い包みを放り投げる。

咄嗟とっさに受け取ったフィルは包みを剥がしてみると、どうやら銃器のようだった。

大きさはサブマシンガンより少し長い程度、ショットガンをぶった切ったような雰囲気である。

マガジン方式ではなく本体中央部にリボルバー風の3発入るシリンダー。

装填する弾のサイズが、直径20ミリ程もある10番ゲージのショットシェルが入りそうな大口径弾が入るシリンダーのようだ。

仮にショットガンだとすると、銃身バレルも短く大型のシェルに対してストック無し。

どう考えても命中する気がしない仕様である。

「なぁドク!これ何ぃ?ショットガンにしちゃ何かすんごいんだけどー」

「普通のショットガンじゃないんじゃよ。ほれ、これがシェルじゃ」

ポイっと小さな紙袋を放ってきた。中を見ると、確かにデカいシェルが雑多に何本か入っていた。

赤やら白やら色とりどりの外包に文字が書き込まれている。

茶色のシェルにはGnomeノーム、薄い緑色のシェルにはSylphシルフ、赤いシェルにはSalamanderサラマンダー、青いシェルにはUndineウンディーネ……、御伽噺おとぎばなしに出てきそうな妖精たちの名前が並ぶ。

シェル内部には何か封じ込まれているようだが定かではない。

「え、何これ?ん?普通じゃないことだけはわかるんだけど」

「そうポンポン作れる弾じゃないから、ここぞと言う時に使うんじゃぞ。そいつは特殊な現象効果をもたらすモノが封じ込まれておる。」

「現象効果ぁ?何だかマユツバというかオカルトというか……」

「化学も異常に進むとその現象は心霊現象や魔法と区別がつかなくなるもんじゃよ」

「ははっ!魔法だって?ドク、まだボケるのは早すぎるぜ」

「嘘だと思うんなら、試しにこの失敗作を撃ってみるが良いじゃろ。こいつの威力は他のと比べて極端に低い物らしいから大丈夫じゃろ。建物の外で撃つんじゃぞ」

ドクはフィルに外包の真っ黒いシェルを放り投げる。

フィルはキャッチすると、マジマジと見つめる。

「ん?らしいって、どゆこと?ドクが作ったんじゃないの?」

「ああ、そいつの作者はとうに死んでおる。わしゃ専門外じゃ。頭の良い男じゃったよ。エーテルの研究者じゃった。何十年か前に大気中に計測器に反応しない未知の物質が発見された。偶然にも見つけられた物質は空間に無数に存在するようなのじゃが、大昔の哲学者が想像し提唱した元素の名前を頂いてエーテルと名付けられたのじゃ。そのエーテルにはある作用を与えると、様々な現象が観測できたんじゃ。それを軍事転用しようとした結果がその弾じゃ。わしにはその原理は理屈は何となく聞いておったが、作る事は現時点では不可能じゃ。奴は軍事転用には反対じゃったが、研究費を貰う為には仕方なかったんじゃ。まぁ、試作の段階で死んでしもうたからな。わしが悪用されんように隠しておいたんじゃが、必要になるやもしれんのぅ」

フィルは途方もない話に置いていかれつつも、何かとんでもない事に巻き込まれつつあるんじゃないかと息を飲んだ。

恐る恐る渡された何も明記の無い黒いシェルを側面からシリンダーに滑らせ装填し、サイドのレバーを手前に引くとシリンダーが回転し射撃位置にカチンとロックされる。

レバーを戻しながらセーフティを解除し、建物の外に歩いて出て、鉄屑の山を目掛けて狙いをつける。

今まで呆けていたリイナも建物の陰から顔を出し両耳に人差し指を突き刺して事態を見守る。

フィルは強烈な反動キックバックを予想して両手でがっちり構えて腰だめに踏ん張り、トリガーに指をかけてゆっくり引き絞る。

銃内部でロックが外れ撃鉄ハンマーがカチンと下りる音がした。

「ん?」

火薬の爆発が起きるのかと思いきや、ピカッと軽い発行はしたものの、何の手応えも反動も無かった。

ほんのコンマ何秒か遅れて狙いを付けていた鉄屑の山が音も無く、ある点を中心に丸く消し飛ぶ。

「……なに……これ……」

撃った姿勢で固まるフィル。

「びっくりじゃろー、それがエレメンターじゃ。奴がそう呼んでおった。恐ろしい効果の弾じゃから不用意に使うんじゃないぞ」

「これで失敗作とは……とんでもねぇや。魔法って言われたら信じるわ」

側面のレバーをもう一回引くとシリンダーが回り使用済みのシェルが排莢される。

それにしても残弾はわずか数発。

フィルは建物の中に戻り先程貰った紙袋の中のシェルを取り出したが、ポケットにぶっこむには怖い気がした。

腰に付けていた救急キットの中身をポケットに移してデカいシェルを収納する。

エレメンター本体はスリングベルトが付く構造なので、ガラクタの中から引っ張り出したベルトを適当に取り付けて肩に担ぐ。


ドクは何やら走り回っており、時折PCのキーボードを叩きながら何かをしている。

「あ、そーいや、これから行くのどんなとこ?おれ聞いてなかったわ」

目的地の情報を何も聞いて無かった事に今更気付いたフィルは聞きながら頭を掻いた。

「軍の元研究施設じゃ。何十年も前にバイオハザードを起こして閉鎖されたと聞いておる。マリアに見に行かせたんじゃが、特に動きもなさそうじゃがな。」

「ああ、モンスターハウスって、そゆことね。大丈夫なん?そこ」

「マリアの調べじゃ大丈夫そうじゃの」

「そっか。了解!」

そこへ割り込んできたリイナ。

「へぇ、そうなんだ。なんでそんな所に行けって言うんだろ、お父さん……」

今まで存在感の無かったリイナが急にしゃべりだしたので一瞬びっくりする。

「おぅ、さぁ何でなんだろな。行けってんだから、行ってみないと、その情報だけじゃなんも判断できんだろ」

「そうね。そういえば、フィル?だっけ。あなた軍人さん?」

「元、ね。ついこの間、もう来なくていいってさ」

「へぇ、で、何してたひとぉ?」

「何してたって……、パイロットだったけど」

「へぇ!で、どんなロボット?」

「何、ロボットって」

「だってパイロットなんでしょう?合体とかしちゃう?」

「するかってーの。どこのアニメ中毒か」

「じゃあ、ヒコーキだ!戦闘機?あ、変形しちゃうんだぁ!」

「だからしねーってよ。戦車だよ、せ・ん・しゃ」

「なーんだぁ、かっこわるぅ」

「うっせ。戦争は格好でするもんじゃないのっ」

「ふーんだ。つま~んないのっ」

小娘とじゃれ合っているうちに色々と準備を済ませたドクがバックパックを背負ってやってきた。

「二人とも準備は整っておるのか?最悪の場合戻って来れんかもしれんじゃぞ?」

ドクは最悪のパターンも想定に入れているようだ。

フィルは元々手持ちのずた袋が全財産だ。

リイナは自前の旅行ケースを引き摺っている。

「なんだか変な取り合わせになったなぁ」

フィルはメンバーを見つつポツリと呟いた。

「しっかし、その恰好、何とかならんかねぇ」

リイナのひらひらした服を見てフィルが言う。

「かわいいっしょ?ん?」

くるりんと一回転してポーズをとるリイナ。

「はぁ……」

額に手を当て項垂れるフィル。

「さ、行くぞっ」

ドクは短く言うと歩き始め、懐から旧式のセルラーフォンを引っ張り出してどこかへ連絡をした。

そして小型のコミューターに乗り込みスイッチをONにすると備え付けられたメーターパネルにランプが灯る。

助手席側の正面にある液晶パネルが点灯し、ナビゲーション画面が表示される。

さっさと後ろの荷台に荷物を放り込んで助手席へ滑り込むリイナ。

シートは2つだけだ。

仕方なく荷台に乗り込み適当なフレームにつかまるフィル。

ややフワッとした感覚を覚えるとコミューターは静かにジャンクの山の合間をすり抜けながらジャンクヤードから延びる通路へと滑り込ませる。

ドクはここの構造をよく知っているらしく、入り組んだ構造体の隙間を縫うようにコミューターを走らせる。

その度に荷台で揺られているフィルは跳ねてあっちこっち転がされて尻を打つ。

「今日はこのまま突撃かい?」

なんだかんだ準備と移動だけで既に夜の時間帯に突入している。

しこたま尻を打ったフィルはドクに声をかける。

「そうじゃのぅ、中身は空っぽらしいが軍のテリトリーじゃからな。一応盗人紛いの行為をせにゃならん。夜中を狙うとなると、その前に晩飯に仮眠と行こうかの」

「あー、お腹すいたぁ!お肉お肉ぅ~~~」

能天気な声を上げるリイナに

「あのねぇ、ここにそんなのあると思う?」

呆れ顔のフィルに

「無いのぉ?」

「あるよぉ?イマドキ石油が原料の合成ニセ牛肉とかならねぇ」

石油のはずが無いが嘯いてみせる。

「うぉぇ~」

「宙に浮いてんだから仕方ないのっ」

ドクは無視してコミューターを増設で出来ちゃっただろう袋小路の物陰に止める。

「さ、下りて居住区に潜り込むぞ」

ドクはコミューターを下りると構造体の隙間を避けながらすり抜けていく。

「あ、ちょっと待ってよぉ~おじーちゃん!」

「お、おじーちゃん?」

ドクは確かに“おじーちゃん”だが元は偉大な工学者にして軍の研究者。

さすがに“おじーちゃん”と呼ぶリイナにギョッとするが……どうやら満更でもなさそうである。

小走りに追いかけたリイナはドクの腕に絡みつき、すっかり祖父と孫の図が出来上がっていた。

狭い所をやっと出たフィルは速足でその2人を追いかけた。

通りに出ると、すっかり夜間仕様の照度まで落とされた居住区に出た。

明かりがある方へ足を向けると、リイナには思い出したくない記憶が蘇る場所に辿り着いていた。

酒場に着くと店の軒先に顔に絆創膏を張り付けた男が顔を揃えていた。

「「あーーーーーーーー!!」」

リイナと男達が同時に叫ぶ。

「こんアマぁ!」

男の片割れが酔いと怒りで顔を真っ赤にして表に出て来る。

もう片割れも遅れて走ってくる。

「あらぁ?お友達ぃ?」

フィルはわざと間抜けな声でニヤけながらリイナに聞く。

「んなわけないでしょっ!」

酔っ払いがリイナに掴みかかろうとすると、その前にドクが察したようで、いつの間にか片手に小型のリボルバーが握られている。

「なんじゃぁ、お友達かのぅ。孫が世話になった様じゃのう」

片手の拳銃握りながら言う言葉ではないし、顔が笑っていない。

驚いた酔っ払いは慌てて両手を挙げる。

後ろから走ってきたもう片割れはびっくりして尻餅をつきながら両手を挙げる。

ドクに乗っかってフィルは腰にぶら下げていたベイリスF96Rの銃口を頭に突き付けた。

「でぇ、何か用だったかな?お二人さん」

フィルは優しい声で尋ねると、酔っ払い二人は同時に首を横に振る。

「じゃあ、大人しく帰ろうねぇ」

手を挙げたままゆっくり後退りして、ちょこっと離れたらお約束の……

「お前ら覚えとけよぉ~~~~」

セリフとしては鉄板である。ゴロツキの背中を見送って各々銃をしまう。

「ば~~~~かっ」リイナの勝ち誇った追い打ちである。

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