第5話 ジャンクの山と忍者娘
何も表記もない通路をただひたすら超えてやっと辿り着いた先にまたスライド型のゲート。
今までよりその大き目の扉を開くと荒れ果てたブロックに出くわす。
居住区ほどは広くないが住居の代わりにうず高く積まれたがらくたの山、山、山。
「ドクぅ~いるかーい?」
フィルが“ドク”と呼んでいるジャンクヤードの主は軍の一部ではわりと有名人である。
なんでも昔はロボット工学の権威と呼ばれ、それを応用した医療にも取り組んでいた。
その研究が軍に買われて、軍運営の研究所の研究者となった人物である。
初期は戦闘などで失った手足をロボットアームを応用した義手義足で回復させ、一躍その技術を求める者で溢れかえった。
だが徐々に兵器転用を考える軍上層部に反対し、今はこんな所に押し詰まっている。
フィルが“ドク”と呼ぶのはドクターから由来している。
フィルが声をかけると、随分小柄の薄汚れたキャップにツナギを着た老人が建物の陰から顔を出す。
「なんじゃー、どっかで見た顔じゃな。軍の小僧っ子か?」
「小僧って歳じゃないんだけどさぁ。えーと、“元”戦車隊にいたフィンリィ・マクファレン“元”准尉であります」
わざとらしく敬礼するフィルを横目に、う~んと何か思い出す仕草のポーズをとる老人。
「あー、昔お前さんの同僚の足付けてやったっけかな」
「そうそう!それです。お久しぶりです」と頭を下げた。
「まーなんだ、取敢えず中ぁ入れや。ガラクタばっかじゃがよ」
老人の後について建物の中に入り、錆だらけのガラクタを避けながら上へ上る鉄の階段を昇る。
雑多な部屋に入り軽金属むき出しのテーブルとイスが一体型の席に横座りする。
「で、何の用じゃ?“元”って追い出されたんか」
「あらー、察しがいいことで~ははは」
頭を掻きながら間延びした返事を返すフィル
「こんなとこ来てもやる事ぁねーぞ?こちとらデカい監獄に居るようなもんじゃからな」
「そーかー、残念だなぁ。あ、そうだ!」
フィルはこれ見よがしに肩を落とすジェスチャーをした後、ふとあの事を思い出した。
「ドク、あんたならこのディスクが何かわかるんじゃないか?と思って」
フィルはあの行き倒れが握っていたディスクをずた袋から取り出し、対面で茶をすすっているドクに渡す。
「なんじゃそれは、何処からかっぱらってきた?」
「嫌だなぁ、ここ来る途中で行き倒れに渡されちゃって。ヤバい物だったらどうしようかと」
しゃーねーなぁと立ち上がり、相当旧式のモニター一体型の装置のスリットにディスクを突っ込んだ。
旧式のキーボードを叩き何やらやっているが、画面に映るものはさっぱりわからない。
「何のデータでしょうねぇ?」
不意にフィルの横から女の声がして、思わず1メートル程飛びのく。
そこには黒髪を頭頂付近でお団子にした黒装束の少女がいつの間にか茶をすすっていた。
「うぁぁ!びっくりしたぁ。どっから湧いて出た?」
少女が横に来ても全く気付かなかった事に
「酷い言われ様ですねぇ。つい今しがた来たんですよぉー?」
とジュニアハイスクールから来たような幼い少女はニッコリ営業スマイルを浮かべた。
「おお、なんじゃマリア、来とったのか。いつも突然現れるのぉ」
「こんにちは~ゴウゾウさん!そりゃー忍者ですからぁ」
少女の言葉にぎょっとするフィル。因みにゴウゾウとはドクの事である。
「え、忍者なの?お嬢ちゃん」
「そうですよぉ~忍者のナイトマリアですぅ」
ニッコリしてどーもどーもと握手。
「ドク、この子大丈夫?」
「マリアは本物の忍者なんじゃよ。よく情報収集とか依頼しとってな」
「そうですよ!これでも由緒正しき忍者の家系の末裔なんですからねぇ」
と言ってエッヘンポーズのマリア。
「あ、おれフィンリー、フィルって呼んでくれ。でも変な名前だねぇ、ナイトマリア?」
「本当はですねぇ、内藤 満理亜なんですけど、ガイジンさんは覚えてくれないんですよねぇ、面倒くさいからそのままで名乗っているんですけどねぇ。ヨロシク、フィルさん」
やれやれという感じのマリア。
「ガイジン?何?」
ポカーンとしているフィル。
「それにしても、忍者っているんだねぇ、手裏剣投げたり刀でズバーっと切ったりの、あの忍者でしょ?」
「やだなぁーそれじゃ
「えぇ、だって忍術とか使うんじゃないの?火の玉出したり煙出したりさ」
「それじゃ魔法使いですよぉ(笑)忍術っていうのは、さっきみたいに気配を感じさせなかったり物陰に隠れ易かったりするものなんですよぉ。だから絵に描いた様なステレオタイプな忍者は実在しませんねぇ」
と笑うマリア。そうなんだぁと感心するフィル。
話の後ろで何やらキーボードを叩いていたドクこと、西嶋 剛造はマリアに話しかけた。
「マリアよ、グッドタイミングじゃったよ。お前さんにちょっと様子を見に行って欲しいんじゃが、やれるかね?」
「忍者に行けない所なんて無いですよぉ~マリアちゃんにおまかせっ」
とvサイン。ドクはまたキーボードを叩く。
「場所は転送しておいた。早めに頼むぞ」
するとマリアは懐から小さい電子端末を取り出し画面をのぞき込む。
「りょーかいですっ。あらぁ、また難儀な所をご所望ですねぇ。問題無いですけど」
と、懐に端末を戻すと、「あ、忘れてた」とマリア。
「途中で女の子拾いましたぁ」と物騒な事を言い出す。
「「何?!」」
フィルとドクは顔を見合わせ絶句した。
「いやぁ、なんか飲んだくれに追われてたみたいだったんで、地下道に引っ張り込んで逃がそうとしたんですけどねぇ、気絶したったんですよねぇ。はは」
乾いた笑いのマリアの足元にには場違いな服装の若い女性が転がっていた。
「え、その子担いで来たの?」
フィルくらいの男性ならともかく、ジュニアハイスクールくらいの少女が昏倒している女性を担いでくるなんて通常は考えられない。
「いやぁ大変でしたぁ」
いや、そういう問題ではない……忍者はやっぱりとんでも能力を秘めているに違いないと思うフィルであった。
「んじゃっそゆことでー」
振り返るともうマリアの姿は無かった。
「うゎっもう居ないよ……どーゆーおじょーちゃんなんだよまったく。しかし……」
次を言いかけて、すっかり床でお休み状態の女性に目をやる。
「どうする?この子」ドクに視線を向けるフィル
「どうするったって……、どうすんじゃ。なんとかせい」
ふぅっとため息をつきフィルはお姫様抱っこで抱え上げ、部屋の奥にあったボロソファーに横たえた。
リイナは目を覚ますと薄汚れた天井が目に入る。
これはどこの天井だろう。
いや、そもそもどういう状態?パニックで身体が思うように動いていない。
「おっ!目ぇ覚めたかぁ?」
硬直している最中に見知らぬ無精ひげのおっさんが目の前に現れ話しかけてきた!
「!!!!!ぅんぎゃぁぁぁぁ~~~~~~~~~~!!!!」
やっとの思いで出たのは言葉にならない叫びだった。
「うぁっと!ちょい待ちって!落ち着けっての!うわぁぁっぁ!!」
耳を劈く少女の悲鳴にわたわた変な手の動きで驚くフィル。
少女を落ち着かせようと試みるが、腰は抜けてても手足をバタバタ大暴れして手の付けようがない。
「い~~~やぁ~~~~犯されるぅ~~~ころされるぅ~~~~!」
あらぬ事を口走るリイナのひっかき攻撃がもろにフィルの顔面にヒットする。
「あいた~~~っ」
思わず仰け反り後退るフィル。
「な~んじゃ
ドクが大声で一喝すると固まるリイナ。
「あぁ~ドク、助かったよ~。このお嬢ちゃん手付けられんわ」
たじたじのフィルである。
少しは冷静さを取り戻したリイナは状況が呑み込めず
「ここど~こなのよぉ~!誰あんたたちぃ!!」
「ここはジャンクヤードじゃ。お前さんを助けた者がここへ運んできたんじゃ。追いかけられとったそうじゃな」
その言葉にハッとしたリイナ。
「あーーーーそうだ!あの酔っ払いぃ!」
プンスカ腹を立てているリイナはやっと体を起こしてソファに座りなおし腕組みをしている。
「それよりフィル、お前さん確か物凄く暇じゃったな。マリアの調査結果にもよるが、少し付き合わんか?」
ドクはフィルに告げた。
「お?おう、いいぜ!で、何処へ行くんだい?さっきのディスクが関係あるのかい?」
「まぁそうじゃな。まだわからんが、嫌な予感が当たらなければよいのじゃがのぅ」
「へぇ……、なんかヤバめ案件?」
「そうなるかもじゃな。お前さんの腕っぷしも必要かもしれんぞ?」
「うへぇ、荒事アリなのねぇ。ま、仕方ないかぁ、ディスク貰ってきちゃったのおれだしなぁ」
「そうそう、責任は取るべきじゃよ」
ポカーンと半口開けて意味の分からない会話を聞いていたリイナが口をはさむ。
「ねぇ、ねえったらー」
「なに?」
「何の話?」
「おじょーちゃんには難しい話だねぇ。何しに来たんだか知らないけど、さっさとハイスクールにお戻りなさい?」
こ馬鹿にするようなフィルの口調にカチンと来たリイナは立ち上がってツカツカ歩み寄り思いっきりフィルの足を踏ん付けた。
「あいたっ!」
「ふんっだ!失礼ねっ!!これでもちゃんと成人してんだからっ」
「うっそーん。マジ?」
と視線を顔から胸の辺りに視線が移るフィルに再びハードヒットの足踏み攻撃がフィルのブーツに炸裂する。
「!」
声にならないフィルの絶叫が鳴り響く。
「どつき漫才中すみませ~ん。お邪魔しますねぇ」
いつの間にか椅子に腰かけて草団子をほおばるマリアが話に割り込む。
「おぉ、戻ったか、早かったな」
ドクがマリアに返事をする。
「して、モンスターハウスはどうじゃったかな?」
「はいぃ、道中はまぁ安全なもんです。とんでもない事をしなければ大丈夫そうですよぉ。不気味ですねぇ、静かすぎて。気を付けてくださいねぇ」
「そうかぁ、分かった。ありがとうよ」ドクは軽く手を挙げる。いつの間にかマリアは姿を消す。
「で、どうなんだよ、ドク。行くのか?」
さっぱり意味の分からん会話を聞いていてフィルが声を上げる。
「ナイトマリアに探らせたところ、行けそうなんでな」
備え付けられた端末のランプが点滅しているのに気付きドクはキーボードを叩きモニターに映る文字列を覗き込む。
その次にワイヤーフレームで表現されたMAPが表示される。
「ふむぅ。さすがはマリアじゃな。よく短時間で調べて来たもんじゃよ」
その言葉に同時に画面を覗き込むフィルとリイナ。
そして以外にも声を上げたのはリイナの方だった。
「あー!」
「うわぁ、なんだよ急に。」
「ここへ行くの?わたしもそこへ行くために来たの!」
「「何だって?!」」
フィルとドクは同時に叫ぶ。
「連れてって!わたしも」
リイナに不意に
「わかった。わかったから、落ち着けって……」
さっきのひっかき攻撃が相当効いているフィルは、引っかき傷だらけの顔で両手を挙げて参ったポーズ
「なんでまた、あんな“廃墟”に用があるんだね?お嬢さん」
ドクが珍しく神妙な顔をして穏やかにリイナに問いかける。
「お父さんがね、ここに行けって。自分の秘密が、知りたかったらここに行けって。そう、手紙に書いて送ってきたのよ……本当の事を知りたかったらって」
「なんだいそりゃ……」
微妙な顔のフィル。
腕組みして暫く考え込んでいたドクは
「まだわからん。わからんよ。けど、お前さんにとって残酷な現実かもしれんぞ?それでも行くんじゃな?」
深刻そうな表情でドクはリイナに問いかける。
「うん行く!何だかわからないけど、その為にここに来たんだからぁ」
力いっぱい振り絞った声で叫ぶリイナ。
「わかった……、ならその目で自分が何者なのか見極めるがよいわ。フィル、決まったぞ。このおじょーちゃんも連れて行くぞ?頼むな」
フィルに
「へいへい、訳ありなのね。ヨロシクおじょーちゃん」
「おじょーちゃんじゃないわ!リイナよ。覚えておきなさいよねっ」
「へいへいっと」
適当に返事をしながら、ドクのただ事ではない様子を察知して、瞬時に何をするか考えを走らせる元軍人のフィル。
どう考えても穏やかな生活は送れそうに無い雰囲気を察していた。
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