第4話 酔いどれワンダーランド
フィルは昔から何かと世話になっていたジャンク屋のオヤジの店を目指して徒歩移動中だ。
今まで使えていた軍の専用車両が使えない事に今更気づいたわけだが、ホント今更どうしようもない。
ハンドヘルドPCの立体MAPとGPS機能を頼りに足を進めるが、このペースで行くと何時に着くことやら、前途多難である。
途中で野宿も覚悟であるが、その辺りで転がっていたとしても
室内冷暖房完備は結構だが、動物を捕まえてともゆかず、木の実どころか自然がないわけで。ジャンク屋に行くまでに自分がジャンクになりそうなのである。
フィルは激安!食料が手に入りそうな居住エリア経由に変更した。このビックリマークがミソである。
通常徒歩で移動するのは各エリアの整備担当かリニアの点検か、軍警もどきのパトロールか捜査だろう。
何れにしても頻繁には行われていない。
ただただ色気の無い殺風景な通路が続くが、照明はしっかりしており、照明設備は見当たらないが、どういうわけか調光されている。
フィルはGPSのデータを眺めながら、見分けのつかない単調な通路をどれだけ歩いたのか、さっぱり掴めないまま黙々と歩き続けた。
ようやく飾り気のないスライド式のハッチが見えてきた。
手をかけるとロックはされておらず、するりと開け放つと開けた場所に出くわした。
殺風景なのは大して変わらないが、人の気配だけはあるので、少しホッとした気分になる。
「ふぅ」
思わず息が漏れ一息し、ハンドヘルドPCのエリア情報に目を向けた。
詳細はよくわからないが、何とか食料調達はしないとと、このブロックを探索する事にした。
夕刻を過ぎ、通路とは違い浅い夜に調光されお情け程度に夜空が投影され始めた。
居住区は閉鎖空間ではあるが、その中に建造物が立ち並び、巨大な箱庭である。
ちらほらと明かりがつき始めてボンヤリとした夜景が見えた。
軍にいた際、夜はその施設周辺にしか行かなかったので、居住区の懐かしささえ感じる風景に何かホッとさせられた。
食料を求めて虫の如く明かりの多い方向へ足を進めた。
淡い光を放つLEDネオン看板に吸い寄せられ、ふらっと立ち寄る事にした。
中は薄暗いがざわざわと人が
店員は無くセルフの自販機が壁伝いに何台も設置されていた。
人件費もかからない実に合理的な店である。
フィルはキャッシュプレートを自販機のセンサーに掲げ、点灯したパネルを押してみる。
ガサッと音がして、下の取り出し口から薄っぺらなビニールパックに包まれた物体を取り上げた。
中々レトロな作りの販売機だ。パッケージについても経費削減の様だ。
隅っこの手近なアルミか何かの軽金属のテーブルに陣取り、パッケージを開けてみる。
ぱっと見固形石鹸の様なツルツルとした物体が現れる。
安っぽい合成食は大抵こんな容姿である。
賞味期限はまだあるのを確認し、安っぽいパッケージから出た物をまじまじと見てみる。
色は何が入っているのか分からんがマーブル状にうねうねしており、お世辞にも食欲が湧く姿とは言い難い物体である。
背に腹はかえられぬと、フィルは端っこをかじってみた。
何味かと問われると返答に困るが、味的には食えなくない、何かの
食感は見た目に反してザクザク感、石鹸風でなくてホッとした。
軍時代に食っていたコンバットレーションも下っ端に配給されるものは酷かった。
しかしそれを下回る食があるのかと思ったが、激安は今の懐事情にとって魅惑ワードだった。
数ブロック向こうのジャンク屋まで移動するには、まだ先が長そうだ。贅沢は言っていられなかった。
ザクザク食い進めると口の水分が持っていかれて、パッサパサの喉に水で流し込む。
一個を平らげると腹一杯になった。
どうやら水分を吸って腹の中で膨れる仕組みの様で急に満腹感が出てくる。
味の種類があるのか、僅かに色味の違うパッケージを数個買い込みズタ袋に放り込んだ。
水はビニールパッケージの少し大きめのものを買い込んだ。
薄暗さも手伝ってか、よそ者が何していようが、周りは気にしない様である。
変なのに絡まれたりせず助かった。
余計な事はせず、そそくさと身支度し、その場を後にした。
今夜の寝床探しの為、比較的明かりの少ない方角へと足を向けた。
ずた袋を枕に適度な構造物の隙間を見つけて眠りについて、朝、地べたの固さに最悪の目覚めをした。
のっそりと起き上がり大きいあくびと伸びをセットで済ますと、あちこち痛い体を伸ばしてストレッチして整える。
「あーぁ、変な夢見ちゃったよ、まったく」
誰にも届かない独り言を言いながら、あくびで出た涙を拭った。
ずた袋の中から昨晩買い込んだ合成食糧をバキッと割って半分をかじりながら、再び通路に戻る為歩き出す。
またクソ面白くも無いのっぺらな壁を眺めながらジャンク屋を目指すのかと思ったら憂鬱になってきた。
ゆらゆらと歩き出すフィルの前に、明らかにくたばった人影が地面に横たわる。
あー、行き倒れかなーと、眠気も覚めきれない頭で考えるが、どう見ても普通の行き倒れとは違う身なりに目が行く。
ゴロツキが行き倒れるにしちゃ白衣なんぞを着込んでいるわけで、見るからにただ事ではない事は間違い無さそうである。
「お~い、大丈夫か?……、っても、大丈夫なら行き倒れんわなぁ」
とノリツッコミも半ばに尋ねてみるが、反応は薄い。
「もしもーし」
僅かに動く手に何か握られているのを見つけると、それは何かのデータディスクであった。旧式のメディアである。
細々と生き残っているメディアの一つで数テラバイトを保存できる光学ディスクだ。
思わず受け取ってしまったが、それで彼は事切れてしまった。
「まさかヤバい情報じゃ無いだろうなぁ……」
嫌な連想をさせつつもディスクをずた袋に放り込み、その場をそそくさと離れることにした。
何かヤバめな案件だと自分も危ないのは必須、嫌ぁな予感を感じつつスピードを上げて逃げる様にジャンク屋を目指す。
フィルはハンドヘルドPCのMAPを頼りに通路へ戻りもくもくと歩き続けた。
エレベーターを降りたリイナは、辺りを見回した。
閑散とした居住区に辿り着くも、もう夜である。早い所宿泊施設を確保したい所だ。
街中は活気が無いが、所々に強い明かりが見えた。
見回すと一際高い層を貫くタワー状の場所があった。
きっとそっちの方だ!と勝手に決めつけズンズンと突き進んだ。
と言うより、それしか目標になる目印が無いのだ。
タワー状の建物は遠くから見ても一際明るく、近づくにつれて眩い位に感じた。
黙々と歩き、やっと辿り着いた建物だが、木製の看板が掛かっており、その雰囲気からすると宿泊できる感じではないかなぁ?と思えてきた。
木製の看板には何やら彫って着色されているが、リイナに解読できる文字ではなかった。
恐る恐る建物に近づき覗き込むと、中からスキンヘッドで珍妙な服装の男が中から出てきた。
リイナの目の前に来るなり、胸の前で両手を合わせたポーズをとる。
『え、なに?』
と明らかに引くリイナ
「神はお見捨てになりません。さあ、あなたの悩みを打ち明けなさい!」
言い放つ男。ドン引きである。
「あのぉ、宿泊できる所、この辺にないかと思って……」
「神は宿無しにも慈悲を与えます。さあ中に入りなさい!」
威圧的な男、さらに引くリイナ。
「あ、結構ですぅ~失礼しましたぁ!」
言うや否や猛ダッシュする。
『あー怖かった。なんかの宗教かなぁ。びっくりしたぁ』
適当にダッシュしてしまった為、元の位置も更に増して分からなくなり、途方に暮れる。
立ちすくんでいても仕方ないので、適当に移動し始めた。辺りは薄暗い。
なるべく明かりのある方へ項垂れながら旅行ケースを引き摺りながら歩く。
さすがに元気いっぱい状態を過ぎ、省エネモードである。
薄暗い中ぼわっとしたオレンジっぽい色の明かりを見つけ、恐る恐る覗いてみると酒場のようであった。
お世辞にも衛生的とも安全ともかけ離れた薄汚れた印象の店に、これまたどうも胡散臭げな連中が何人かの塊で何か話しながらグラスを傾けている。
どう考えてもこの場に似つかわしくない素っ頓狂な姿のリイナは、流石に自分がいる場所でないのを察して、その横を通り過ぎるべく足を進めた。
ここでお決まりの酔いどれのゴロツキが登場するのである。
「よぅおじょーちゃん!なにしてるのぉ~?」
間の抜けた声で、足元のややおぼつかない足取りのゴロツキが店先の窓枠越しにちょっかいを出す。
そんなのはお構いなしにスタスタと通過しようとするリイナ。
「ねーちゃんよー無視すんなやぁ~」
また別のゴロツキが酒臭い声を上げる。
当然止まるはずもなくスピードを上げ店の横を通過するリイナ。
今日は厄日だなぁなんて思いつつガン無視を決めた。
それが気に入らなかったのか、やめときゃいいのに二人の酔いどれがわざわざ追いかけにかかる。
「ごぅら~まてぇ~!なめてぇんのぁぁこのぉアマぁ‼」
ろれつも怪しいがジワジワとリイナとの間を詰めて来る酔っ払いゾンビ達。
もう少しで捕まりそうなリイナは引き摺っていた旅行ケースのハンドルを両手で持ち、思いっきりジャイアントスイング!
遠心力で加速したケースは酔っ払いの横っ面に盛大にヒットしぶっ飛んでもう一人にぶつかって諸共尻餅ついて倒れこむ。
酔いも手伝ってしばらくの間縺れてもだえるゴロツキを尻目にスタコラ逃げるリイナ。
すっかり頭にきたゴロツキ二人は、もう何をしゃべっているのかわからない奇声を上げながら追いかけてくる。
荷物を抱えて猛ダッシュするリイナだったが、本気を出したゴロツキはあっという間に間を詰めて来る。
薄暗い雑多に立ち並ぶ建物の合間を縫って闇雲に走って逃げるが、しつこく追いかけて来る。
体力の限界は間近だったリイナは息を切らせ、仕方なく裏路地の暗闇で物陰にしゃがんで身を隠す。次の瞬間……
「!」
リイナが悲鳴を上げようとするが、後ろから口を塞がれ、そのまま後ろ向きにふわっと浮遊感を感じ、黒い闇に意識共々吸い込まれて落ちていった。
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