第3話 場違いパッセンジャー
シャトルは惑星フォルゲナの大気圏を離れ数時間。
真っ直ぐ飛び出てから燃料ロケットから電子制御スラスターに切り替え、スラスターをふかし微調整しながら宇宙空間を飛行していた。
乗客は主に要塞衛星内にある企業の施設へ向かう労働者や管理職のサラリーマンである。
軍施設も有るが、軍専用機が用いられるので、軍人が乗り込む事は稀である。
だがしかし、今回のシャトルの乗客の中には、明らかに周りとは異質で浮いている人物の姿があった。
上は白っぽい色調のノースリーブというよりキャミソールに近い露出度の高い上にヒラヒラとフリル状のデザイン。
下はこれまたヒラヒラとが重なった短いスカートで縁取りは赤、脚には長めのブーツにニーソックス。
何処の観光地へ出掛けるんだか、それともコスプレイベントかという装いである。
周りは強い違和感を感じながらも、何か頭のおかしい奴には関わらないと言いたげに見て見ぬフリをしている。
本人は特に気にする風でもなく脚を組み鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で平然としている。鋼鉄の心臓である。
顔立ちに幼さを残す顔にピンクのフレームのサングラスで覆うこの少女、到着地点があのむさ苦しい所であると理解しているかどうか、少々疑問である。
少し癖のあるオレンジ色っぽい色の髪を肩位まで伸ばしたヘアスタイル。
背の丈は160には足りない位、細過ぎず太過ぎず、本人的には脚がもっと細くしたいが、ならないのが悩みらしい。
ご覧の通り我が道を往く超マイペースで怖いもの知らずの様である。
惑星―衛星間はスイスイとまではいかないが、衛星迄数時間程度にはなっている。
列車の旅の様には行かず、シートベルトに括り付けられた状態である。
無重力ながらPCで仕事をする者、いびきを立てる者、サングラス型端末で何かを見ている者、様々であるが、微妙な退屈時間である。
無重力がゆえ、「オネーサン、ビール!」というわけにはいかないが、大昔の様にごつい宇宙服が必要なくなっただけまだマシである。
そんな退屈時間をもう間も無くで過ごし終えようとしていた。
シャトルの姿勢制御スラスターを微かにふかし、逆噴射で速度を落とし、ゆっくりと要塞衛星へと近づいて行く。
減速したシャトルをフックで牽引し、要塞のドックへ引っ張り込む。
引っ張られたシャトルはガチャンとけたたましい音を立てて、ドックから伸びたゲートとドッキングする。
ブシューっと空気がゲート内に満たされ、ようやく要塞内の変圧チャンバー室へと乗客を導く。
無重力空間から重力圏内に行くのに身体を慣れさせる為に行われる儀式である。
何とも面倒だが、急激な変化で変調を起こす者もいるので、一律行う様に決められているのだ。
これまた小一時間缶詰めにされ、解放される頃には、誰も彼もヘトヘト状態である。
こんなんじゃエイリアンでも攻めて来なけりゃ宇宙戦争にはならんな、などとと思うばかりだ。
チャンバー内からやっとの思いで解放され、少女はタイヤ付きの旅行ケースをガラガラと引きずって、肩にはトートバッグをかけダルそうに入国ゲートへ向かう。
当然、色々偽って要塞衛星に侵入しようとする不届き者を入れない為、日夜厳しい入国審査をしているのである。
審査官も、軍所属の強面ぞろいだ。正当な許可が無ければどうなる事やら。
当然、場違いなお嬢さんを見つければ、不審に思わない方がどうかしている。
少女はゲート前のスロープをフワリと舞い降り、ヒラヒラスカートが風に煽られめくれ上がるが、短いスパッツ着用の完全防備で、男子諸君には残念仕様である。
『何処見てんのよ、スケベ変態!』
……、おほん。これは失礼。
「次の方~?どうしましたか?」
ゲートにたどり着くも、審査官は眉間にしわを寄せ、訝しげである。
「いえいえ、なんでもないですぅ」
手をヒラヒラしながらサングラスをずらした。
「こちらへはどんなご用で?まさか観光って訳じゃないでしょ?」
どう見ても場違いな少女に向けられた入国審査官の視線は下から上へパーンして行く。
「身分証とパスの提示をお願いします。」
訝しげな審査官に促され少女は2点の小冊子を肩にかけたトートから引っ張り出しゲート前カウンターに置いた。
「拝見致します。」
「えーと、リイナ・ツェンベルさんね。ん?」
徐に冊子をめくる審査官であるが、あるページでギョッとし硬直する。
かと思うと慌ただしく表紙や写真の貼ってあるページを確認したかと思うと背筋を伸ばす。
「失礼致しました!お通り下さい」
「どもども〜ん♫」
リイナは能天気な挨拶と共に冊子を受け取り、ケースを引きずってゲートを後にした。
異様な姿の少女がすんなりゲート通過に周囲は騒つく。
「あの子なんだ?身元問題無いのか?」
すんなり通してしまった審査官に別の職員が声を掛けた。側から見れば当然だ。
審査官はヒソヒソと
「ツェンベル将軍閣下の身内の方だ。なんでも相当溺愛してる娘が居るって話だ。あの子がそうなんだろうさ。護衛無しでよくこんな所まで……」
ウンザリ顔である。
「へぇ、娘さんねぇ、でもそれにしちゃ若過ぎないか?何でまたこんな所に?」
「わかんねぇ、ビックリして聞き忘れちまった……」
「あー、……そう。ま、下手にからんで処罰でもされたら厄介だ。流すに限るさ」
「そうだな。お偉方の皆様は考えてる事わからん」
審査官はヒソヒソ会話を終了し、平常勤務に戻った。
「はい!次の方どうぞ〜身分証とパスをお願いします」
リイナは最外縁の宇宙ドックのブロックから無駄に長いエスカレーターやエレベーターを乗り継ぎ、ターミナルブロックへ辿り着いていた。
移動はチューブで繋がれたリニアラインが張り巡らせてあり、ターミナルブロックを中心として放射状にチューブが敷かれているのでほぼ不自由なく何処へでも移動できる。
もちろん徒歩でも移動出来なくはないが、小さいと言っても端から端までとなると冒険レベルである。
密閉されている事から乗り物は電動に限られ、他は禁止である。
中にはジェットローラーなる電動のとんでもないスピードの出るオモチャで移動する者もいるらしい。
すっ転ぶと命取りの危ないオモチャだが、慣れれば小回り効いて良いのだそうだ。
だだっ広いシャトルの整備ドック勤務のあんちゃん達が走り回るのに疲れるので使いだしたようだが、一般的に危険極まりない。
それはともかく、、わざわざ徒歩や危ない乗り物は酔狂と言えよう。
リイナは肩にかけたトートからガサガサとタブレット端末を取り出し、メモ書きされたMAPを映し出し覗き込んだ。
行き先を確認し始めたが、首を傾げながらクルクルとMAPを回し始めた。どうやら方向音痴のようだ。
「むぅ」
短い独り言を絞り出したリイナであるが、そもそもそんなに迷う程の難解さではない。
ターミナルブロックからスイカの縞模様のようにチューブがターミナルブロックの真裏の位置を経由して1周して戻って来るだけである。
一般が立ち入れないエリアは軍専用車両しか停まらない様になっているので、間違って迷い込む事もないので、間違っても大した事にはならないはずである。
「どこ行きゃいいのよぅ、もう」
相変わらず眉間にシワを寄せながらMAPと睨めっこする。
訳分からず、今度はターミナルの案内パネルを睨みつけ始めた。
ターミナルは円形で真ん中から外に向かって各プラットホームが設置されているので、丁度中央部分が案内パネルやチケットカウンターやら、事務系職員も忙しなく動いている。
「お客さまぁ、お困りですかぁ?」
営業スマイルが張り付いたリニア会社の制服を着た案内係が低めのヒールをバタつかせながら駆け寄って来た。
一瞬身構えたリイナだったが、その張り付いた営業スマイルに対抗すべく、満面のうわべスマイルにワントーン高い声で応戦した。
「すみませぇん、ここへ行きたいんですけどぉ、どれに乗ればいいかわからなくてぇ」
ぶりっ子モードに突入した女二人の醸し出す微妙な空気が、場違いな異空間を生成し始めた。
「お客様ぁ、拝見いたしますねぇ」
リイナから書き込みのあるMAPが映し出されるタブレットを受け取り確認する案内係。
指差すリイナへ、明らかにトーンを落とした返事が返ってくる。
案内係の眉は八の字だ。
「すみませんお客様ぁ、こちらは現在使われていないブロックでしてぇ、このブロックでリニアは停車しないんですぅ」
案内係曰く、昔は何かの工場区画だったらしいが使用されなくなり、軍の管理する跡地となっているようだ。軍管轄なので立ち入りが出来ないのだと言う。
「えぇ、ここに行けって言われたんだけどなぁ〜じゃあ、こっち方面で近い降りられる場所はどこですかぁ?」
おりられないなら仕方ないが、近くまで行ってみようと考えた様だ。
「こちらですと5番ホームから出発するリニアでいけますぅ。お気を付けて行ってらっしゃいませぇ〜」
まっ白い手袋をした手をユラユラ揺らしながら見送る案内係。
リイナはニッコリ挨拶をし、ぶりっ子モードを解除しながら5番ホームへと足を向けた。
案内員に言われた通り5番ホームへ向かい、丁度発車待ちのリニアに乗り込んだ。
リニアは乗客の搭乗待ちをしており、発車時間になるまでアイドリングしている状態だ。
チューブ内では滑空しているが、ホームでは車輪を出し列車の様に停車している。
ホームでは発車までに何かを買い込む者や大荷物を引きずっている者などを見かけるが、多くなく疎らだ。
リニアの移動は景色が良いわけでもなく超高速で走るものであり、どこに座っても大差なく高速過ぎてウトウトしている時間すら無い。
リイナを載せたリニアは暫くして走行を始め、高速でチューブに突入する。間も無くフワッと浮遊感におそわれる。
一応小さな窓はあるが、外は超速で流れている。
割とユラユラ揺れるんだなぁ〜などと考えていると、あっという間に次の停車エリアに着き着陸するイメージで情緒もクソもない。
まぁ、この要塞に遊びに来る人間は皆無、風情もへったくれもないどころか、それ自体誰も求めていないのである。
誰もが早く着いてもらって、ちゃっちゃと仕事を終わらせて帰りたいのだ。
惑星フォルゲナから来たリイナはここのチューブリニアは初めて乗ったのだが、停車するホームの構造も大して変わらないし、同じ所をクルクル回っている気分になってきた。
座席付近には停車するエリア情報が映る小型モニターが埋め込まれており、先程案内係が言っていたブロックが出て来るのを待った。
何度目かの停車を経て、荷物を引っ張りながらバタバタとホームへ降りた。
降りる人も殆どなく、閑散としている。
「近くで宿を探し移動は明日朝かなぁ」
独り言を言ってみたものの、例のごとく爆裂方向音痴なリイナはきょろきょろと見まわす。
案内板や近距離の詳細地図を探したが見当たらず、捕まえられそうな職員も見当たらず溜息をつく。
「とりあえずホーム出るかぁ」
頭をポリポリ搔きながら独り言を言うと、リイナはど田舎者の如くキョロキョロしながらホームのあるエリアから踏み出した。
要塞衛星はスペースが足りなくなると上へ上へと増設される為、何層にも重なったミルフィーユ構造である。
エレベーターやエスカレーターが無数に走っており、乗り間違えると全く見当違いの所へ運ばれてしまう。
リイナはまるでアリの巣だと思った。
ブロックナンバーが付いているがわかるはずもなく、適当に上に上がってみるしかなかった。
近くのエレベーターに乗り込んで、居住エリアであろう階層を選んだ。
そもそもこのエリアに宿泊施設があるのかどうか……、そこは鋼鉄の心臓のリイナさん、行き当たりばったりでも怖いものなど無い様で鼻歌交じりで闊歩するのであった。
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