第2話 要塞衛星

ここは宇宙の片田舎シュピレブル太陽星系。

宇宙に田舎の概念があるかどうかは別として、宇宙に散らばって行った人類同士の星の取り合いを横目にスレスレ圏内空域。

誰が言い出したか“要塞衛星”は拠点開発だけで停戦状態に突入し、半ば白けたムードである。

元は惑星フォルゲナを周回する途轍もなくデカい石ころであったが、やがては施設が覆うまでになり、無理な増設に増設が繰り返した結果が、鉄の殻を被ったこの衛星である。

作っちゃったものの利用する迄に至らず、民間の企業に一部解放され、後には定住する民間人が増え始め、すっかり機械の惑星である。

大気は希薄で外には出られず、常に引きこもりで、施設内は完全自動制御の空調システムにより全く違和感ない快適空間だ。

流石に四季は無いが、朝昼晩で施設内の投射LED照明の光度や色調が変化し、夜には照明が落とされて、雰囲気だけでも一日が再現されている。プロジェクションで毎日代わり映えしない空の様子を再現している。

増設され工業プラントとしての役割を新たに与えられた要塞は作業員やら軍人崩れ、果てはどうやって生きているのかわからない連中の汗臭さ、金属臭と油の匂いが漂う、お世辞にも治安が良いとは言えないゴロツキ達の吹き溜まりである。

出入りだけ厳しくされて、“大きな監獄”とも囁かれる。

見知りは居るが、見かけない人間が入り込んでも興味がなく関わらないのが身の為である。


フィルはふて腐れていた。

赤毛の中途半端ボサボサ髪を後ろでちょこんと結び、顎には無精髭。

薄汚れたオリーブドラブのアーミー上下にダランと意味なさげのガンベルト。

雑に結んだジャングルブーツの紐は解け気味である。口を上で結んだずた袋を肩に担ぎ、フラフラと足を進めている。

「よう、フィル!なんだ、こんな時間からサボリかい?」

工具箱やら部品やら満載の電動コミューターの男から茶化しの声がかかる。

フィルはふて腐れたまま答える。

「うっせーなぁ、晴れてお役御免だとよ。無職のぷーさんになったの!」

「なんでぇ、うらやましーじゃねーか。ハハッ」

コミューターの男は肩をすくめる。

フィルは片手をひらひらさせ再びズルズルと歩きだした。


フィルはつい今しがた軍から肩叩きにあったわけであるが、ここにいるという事はすでに島流しの身、どうやらクビだけでは飽き足りなかったようである。

しかしそもそも軍に思いは無かった。

元はと言えば、どこぞの権力バカどもの星取り合戦で起きた戦争の上に成り立つ軍隊だ。

星系連合軍だの連邦星団軍だの何ちゃら自治軍だの名前はそれぞれ付いちゃいるが、大して正義なんぞありはしない。

連合陸軍准尉のフィルには、宇宙に浮いている要塞でどうしろと言うのか、まさに厄介払いの後の肩叩きであろう。

飯を食えていただけ有難いとは思っていただけ、突然のお払い箱はあんまりな対応だと思えた。

「さて…どうしたもんかな」

溜め息てんこ盛りの独り言が漏れる。

働いていれば毎日の飯と宿には困らなかったが、安月給では蓄えなぞあろうはずもない。

無造作にポケットに放り込んだ、僅かな残金入りキャッシュプレート、追い出された腹いせにくすねた備品少々、やや旧型だが自前のハンドヘルドPC、諸々を突っ込んだうす汚れたずた袋が全財産である。

企業のお偉いさん以外は、ここにいる連中は似たり寄ったりで他人の世話をしている余裕はない。

一応、軍管理施設である要塞は職業安定所を形ばかり運営している。

紹介される職を見に行った事もあったが、ほぼほぼ命がけの宇宙空間作業の日雇い業か奴隷紛いの清掃屋くらいなもんだ。

人間のやる職業じゃない。

フィルは行くあてもなく、取り敢えず行きつけの安酒場に足を向けた。



軍と言っても文明が進み、その叡智の結晶がじゃぶじゃぶ投入されたハイテク武器を操作するだけであり、極端な事を言えば自動車の運転並みの簡単さだ。

言わば半オートマチック戦争である。

急速な対空自動追尾技術の向上により、航空機はほぼ無人機で構成され、撃ち落とされても人は死ななくなり空軍が消滅して久しい。

むしろ空を飛ぶのは今時、自殺志願の特攻野郎くらいのものである。

『そら』と言っても宇宙空間だと更に勝手が違う。惑星間を航行するにも完全AI任せ、人が操るのは危ないので既に放棄済み。

宇宙は真っ直ぐ飛ぶのでお腹いっぱい、アニメや小説で語られ続けた宇宙艦隊同士の戦争なんぞとんでもない。

ドンパチやろうものなら、挙って宇宙のゴミになるのを覚悟すべきである。

安全な宇宙航行は大人しく着くまでシートにボンレスハムの如く縛り付けられてじっとしているに限る。

いくら戦争でも宇宙空間航行機は攻撃しないと暗黙の了解として全宇宙でお約束されているのだ。

そんなわけで、『戦争は惑星地表で行うもの』が今の常識である。

なのに、宇宙拠点みたいの作っちゃって軍は何をしたいんだか。

さらに宇宙中が停戦中である。

中央辺りでは小競り合いはあるものの、田舎は至って平和だ。

民間が入った事で警察的な役目もしているが、役割にあぶれる者を食わすのも大変なのでリストラがブームになっている。

ゴロツキも大分増えたが、下手な事すればまさに宇宙のゴミに成り変わる。

世知辛いのはいつの世も一緒のようである。



軍や企業の捨て駒さん達の娯楽と言えば、強引にひと時、世を忘れる気狂い水

さけ

を楽しむくらいなものだ。

要塞衛星には娯楽施設なんてものは存在しないが、最初からお情け程度に酒場や粗悪食品を食わせる激安食堂は点々と存在した。

民間が入植してから、今じゃ正規不正規共々そこそこ数を増やしていた。

その中でも辺鄙へんぴな袋小路の果てにある爆安酒場にフィルは辿り着いた。

「よう、やってるかい?」

置いてある酒はどれも合成のもので、安全性とか以前の問題であるが、ぼったくりでないだけマシというものだ。

店主兼バーテンの派手目の中年女性は顔見知りではあるが、個人の事情は聞いたことがない。

知っても何にもならんがここの流儀だ。

「おや、こんな早い時間にサボりとは、優雅じゃないか」

「さっきも似たような事を言われてきたんだけど、そんなんじゃねーのよ」

と肩をすくめるフィル。

「こんな時間に客なぞ来ないから準備も半端だが、暇なら一杯飲んでくかい?」

事情を察した店主は薄ら笑いで呆れ顔だ。

「へへ、ありがてーや。んじゃ一番安いのね」

間髪入れず合成バーボンのロックが粗末なカウンターを滑る。全てお見通しかのようだ。

「おっ、わかってらっしゃる」カランと氷が音を立てた。

ちびちびロックを口へ運びながら、店主に声をかける。

「何か景気のいい話はないもんかい?お払い箱なもんでさぁ」

「そんな事だろうと思ったけどね。不景気な奴らが集まる場所に景気のいい話だって?何の冗談だい?こっちが聞きたいくらいさ」

苦笑いの店主に

「だよなぁ。期待はしてなかったけど」

項垂れるフィル。

「マジメな話、今はどこも人が飽和してるからね。新しい商売するか、悪い事するしか無理なんじゃないの?もっとも後者ならここは出入り禁止だけどね」

まさかぁ〜とジェスチャーのフィル。

「ここ追い出されると寂しいなぁ」

おどけて見せるが

「職があろうがなかろうがツケは効かないからねっ」

と手厳しい。

店内は増設区画の無理な増設で出来た微妙な空間に無理やり確保した色々剥き出しの、工事現場に仕切りがあるような佇まい。

カウンターは木製の木組みに薄い鉄板を打ち付けた作りだ。

お世辞にもおしゃれではないが、その気取らなさが気に入り仕事あがりにはちょくちょく足が向いていた。

本来貧乏人がたむろし、ざわざわとした雑音がBGMになっているが、今は夕刻も早い時間な為閑散としている。

店主は話しかけられれば答えるが、これから来る夜の繁盛帯に向け、何やら準備に忙しくしているようだ。

フィルはロックグラスを玩びながら頬杖をつき、ぼんやり今までとこれからを考えていた。

フォルゲナに家族が待っているわけでもなく、行ったところで何もない。

だがここには職は無さそうだし、かと言って新規に事業を立ち上げる閃きも降って来ず資金もなく……

などと先の不透明な思いを巡らせていた。

フィルは既に中年の域へ深々と足を突っ込んでおり、いたる所にガタが来ていると感じていた。

軍で身体を鍛えていたとは言っても、ここの所の仕事といえば訓練と称する筋トレと整備員に混じって整備や修理の真似事ばかり。

この先肉体労働して何とかなる歳でも無いなーと感じている最中だった。

「そーいや宿もねーじゃんか」と独り言。

それより先に軍の宿舎は錆びだらけのボロ箱だったが、今日からそのボロ箱すら無いのが憂鬱に拍車をかけた。

かと言ってすぐさまフォルゲナへは申請しても通るかどうか、こんなんでも元軍関係者である事から怪しいものである。

幸か不幸か要塞内の完全密閉の完全空調は有難い。暑くて倒れる事も寒くて寒え死ぬ事もない。

この酒場同様、増設の際に出来た入り組んだ空間は無数に存在し、勝手に住み着く輩も珍しくない。

宿はそこいらで我慢として、何とか暫くの飯とシャトル代を稼がなくては八方塞がりである。

「ぼんやりしてても仕方ねーか、ジャンク屋のオヤジにでもあたってみるかなぁ」

なんせここは機械の塊。

軍のテリトリーだった事もあり、ジャンクには困らない。

時にはとんでもないお宝に出くわす事もあるとかないとか。

まぁ、危ないお宝も混じっているのだが。

盗品紛いのパーツも有るが、そこのところを見極めていくのは難儀である。

もちろん軍に追いかけ回される盗人も少なくなく、日に二、三人は蜂の巣になっているようではあるが。

「オネーサンまた来るよ」

カウンターに備え付けてある支払いユニットにキャッシュプレートをタッチして店主に声をかけた。

「おばちゃんでいーよ気持ち悪い。今度はもっと金持ってきな」

「へいへい」

フィルのおべっかにガラガラ声で毒づく店主に苦笑いし、残りのバーボンを流し込んで店を出た。

フィルは入り組んだ道を戻り、以前ちょこっと世話になったジャンク屋を目指す事にした。


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