第65話 理由

 そんな話をしていた最中、俺の横にある教室の開いていた壁窓から誰かがこちらに近づいてくるのが目に入ってきた。

 そちらの方へと視線を向ければ、そこには山口の姿があったのだ。その後ろにはいつもの付き人の三人がいた。

 またこんな取り込み中に来るなんて…タイミングが悪いな…。

 そして、話していた生徒の方にチラっと視線を送ると、彼もまた山口の方へ視線を向けていた。

 しかし、山口の方はその彼の存在には気がついていない様子だった。

 そうか、壁際に立っているから死角に入っていて見えていないのか。

 そして山口はこちらに寄ってきてから口を開いた。


 「ねえ、影井。美術室の道具、昨日片付けている時間がなかったの。昼休み中に片しておいてくれない?早くしないと、この後授業も始まっちゃうから」


 道具…?


 「ゴミやら用具が散らかっているから整理して、それから机なんかも汚れたままだから、綺麗に拭いておいて欲しいの。…やって、くれるわよね?」

 

 なるほど、そういう用件か…。

 山口は、その美術室の鍵であろうものを窓から手を出しこちらへ渡そうとしていた。

 これも仕方のないことだ、我慢して引き受ける他ない。

 そう思い、俺は立ち上がってその鍵を受け取ろうとしたその時だった。

 俺の前に、背を向けて立ち塞がるように彼が前に現れたのだ。


 その姿を見て、いきなりの事なので山口は驚いた表情をしていた。

 勿論、俺自身も驚いていた。


 「だ、誰よ…!」

 「それは今関係ありませんよ!それより、なんでそんなこと影井さんに頼むのですか!」


 彼は山口へとそんな言葉を放っていた。

 何を考えているんだ…。

 

 「はぁ?何なの?影井の知り合い?」

 「そういうのではありませんが…なんですか今の態度は!頼むにしてもしっかりとした態度を示さなければ!」

 「誰かも知らないあんたに言われる筋合いはないわ!」

 「いいえ言いますよ!後ろで見ている方々、これでいいんですか!おかしいとは思わないんですか!御礼ぐらい言ってから頼むのが筋でしょう!」


 なんだか強い口調で口論になっていた。声も大きくて変に注目が浴びられている。


 「あんた、何か勘違いしていない?これは、お互い了承して頼んでいる事なのよ」

 「そ…そうなのですか?」


 彼は俺の方に視線を向けた。

 ここで違うと否定したところでめんどくさいことになるだけだ。それに事実ではある。これ以上事を荒立てたくはないし、目立つことになりたくもない。


 そう思い俺は無言で頷いた。

 すると、彼は反省したかのように表情を変えていた。

 そしてもう一度山口の方を見ていた。


 「それでも!あなた達は四人もいる!全員で手伝えばいいでしょう!」

 「…影井が引き受けてくれることになっているのよ。…そうでしょう?」

 「…ああ」


 そう答えると、彼は再びしょぼくれた顔をしていた。


 山口は不機嫌そうな顔をしながら、その彼のことを見ていた。


 「あんた何?どうして突っかかって来たのよ」

 「それは…あなたが何か悪意に満ちていた気がしたんですよ」

 「はぁ?」

 「一方的に頼んでいるだけで、嫌々やらされているようにしか見えなかったんですよ」


 的は射ているがな…。

 そして彼はもう一度こちらを向いてから同じことを問いた。


 「影井さん、本当にそんな頼みを聞くような仲ですか?」


 真剣な表情をして聞いていた。

 そんな眼差しに本当のことを言ってしまいそうになるが、そういう訳にもいかなかった。


 「ああ…間違いない。一応は生徒会の仕事の一環ということだ」

 「そう…ですか。それなら構いませんが…」

 「あんた、一体影井と何の用があったのよ」

 「…別に、あなたには関係ないでしょう」

 「…まぁ、いいわ。どんな関係だか知ったことではないけど、あんた態度が悪いわよ。私は上級生よ、話し方には気をつけなさい」

 「それは…申し訳ありませんでした…」

 「…それじゃ、よろしく」


 俺は、不適な笑みを浮かべていた山口から鍵を受け取り。その一行はその場から去って行った。

 そして、俺は席へと座った。彼は威勢をなくした表情をしてこちらを向いた。


 「…すみませんね、話の途中に」

 「…いや、いいんだが。どうしてあんな反抗する様なことをしたんだ」

 「…なんだか許せなかったんですよ、あの言動が。一方的と言うか…。影井さん、本当に今の人と知り合いですか?」

 「…ああ、まぁ知り合い…ではあるが」

 「嫌々引き受けたんじゃないのですか?本当のことを言ってくださいよ」

 

 尚も、まだ疑っているようだった。

 その問いに俺は口籠って答えられずにいた。


 「訳があるんじゃないのですか!?」


 察しがいいのか、一切引かずに真剣な顔をしてこちらに問いただしていた。

 これ以上は誤魔化しきれない気がした。それにそこまで嘘をつく必要もないだろうと、その誠意に答えてあげたいとも思い事実をそれとなく話した。


 「———そうですか、やはり勘が当たりました。道理で悪人面をしていると思ってましたよ」

 

 顔で判断したのか…。かく言う俺も、第一印象でそう思ってはいたがな…。


 「理由があったのはわかりましたよ。ですが今の人やその周りにいた連中は許せない」

 「どうして…そこまで」

 「嫌なんですよ…こういうの」


 もう一度険しい顔に戻っていた。


 「私は人が虐げられるのが嫌いなんですよ。寄ってたかって大勢で一人の人間を陥れるような…そういう出来事は看過できませんよ」


 それはまぁ…気持ちはわかるがな…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る