第66話 理由 〜2〜
「…それよりも聞いてなかったが、名前…なんて言うんだ?」
「
「佐野…何かあったのか?…そこまで思う理由、聞かせてくれよ」
すると、佐野は真剣な表情になって答えた。
「…人というのは、どうして他人を嘲るのでしょうか。皆で仲良くなんて掲げてもそんな上手くはいかない」
…?いきなり何の話だ?
「…昔、虐められている人を救ったことがあるんですよ。…私は、何不自由なく幼少期を過ごしていた、友達とも楽しい生活を送ってましたよ。…ですがある日突然に、初めてそういう場面に出会したんです。関係は持っていなかった男子でしたが、複数の生徒から嫌がらせを受けていた。目の当たりにした時、本当にこんなことがあるのだと驚きましたよ。…そんな出来事があるようならば止める、それが普通ですよね?そう教えられてきましたよ。だからそれを実行したんです」
そうか…そんな過去が…。
「それからも、その人物を必死に監視してはそれを止めていた。そうしたら次第に事は収まったんですよ。その生徒はもう虐められるようなことはなくなった。…しかし、今度は代わりに私がその対象になった。自然の摂理なのかもしれません。いいんですよ、そんなことは別に。何をされようが支障はなかった。自分はこれが正解だと信じていた。…それまでは、何事もなく過ごしていたけれど、その時を境に何かが一変した。周りからの扱いが変わった、友達も自然と離れていった」
…今の俺と、少し似ている状況だったんだな。
「正しければそれでいい、そう思っていた。…でも、助けた生徒からは感謝の一つもなかった。なんなら、俺へ危害を及ぼすのに加担してくる側にまで回っていたんだ。…その時、何が正義だったのかわからなくなっていた。私は一体何のために、そんな羽目に陥ってまでその人物を助けるに至ったのだろうかと…」
…。
「別に、感謝して欲しかったり見返りを求めたつもりはなかった。でも、自分のしたことが本当に正義に準じていたのかを見失っていた。…納得ができなかったんですよ、意地でも自分がしたことが失敗ではなかったと思いたかった」
その気持ちは…なんだかわかる気がするが…。
「それからも同じことを繰り返してきた。何度も自分が正義だと思う道を突き進んできたんです。時には感謝されることもあった。その度に自分の行いは間違いでないということを自分に言い聞かせるようにしていた。…そして、今後はそんなことが一切起きないようにと学校中に公言したいと思ったんです。皆が話を聞いてくれる舞台に上がりたいと思い、中学の頃には生徒会長をやっていたんですよ。それから、そうしたことを無くそうということを心掛けるように呼び掛けました。生徒一人一人が互いを尊重して、非難をすることをしない。そして、まず肯定することから始める、それが私の思い描く生活への一歩だと考えていた。…それでも、聞く耳を持つ人は少なかった…。周りから白い目で見られることもあった。浮いていたのでしょう、痛い奴なんだという自覚すらあった。やり方が強情で端的すぎるだとか、そんなことを言われ続けた。…それでも、そうした意見を主張し続けていた。ですが、それでもまだ、そういった状況に直面することだってあった。…私の話なんて聞かれてもいなかったとに気付かされた」
そんな出来事があったのか…。
この熱意、確かに演説なんかの時に見覚えがあった。
これでは見向きされないのがわかる気もしてくるがな…。
…だが、この思考…俺はそれを尊重したい。考えていることはわからなくない。俺にはそこまで本気を出すことなどできるわけもない。そんな理想的なものを作れるとも思えないしな…。
「間違ってますか!?私が言っていること!」
「…いや、一切間違えてなんかいないと思う」
「…はい、その筈ですよ…!」
言葉に熱が籠っていた。
「だから…今の人達は許せないんですよ。…それでも、影井さん…あなたがやったことも間違いではなかったのだと認めたいです」
そう…なのか。
それから、佐野は強張った顔から一転して表情を元に戻した。
「…そうでした。それよりも、早く行きましょうよ」
「…え?」
「美術室の整理…早くしなければならないでしょう。…今の人達にして来いと言うこともできそうにないですから。…私も手伝いますよ。一人より二人、その方が早い」
会ってから間もない、それにさっきまで敵視もしていた俺に対し、そんなことを…。
「…いいのか、俺だって何も見返りなんてない、感謝の意もないかもしれない。…それどころか目の敵にしていたんだろう?そんな奴の手助けしようだなんて…」
「…それとこれとは関係ないですよ。困っている人間がいるのならば誰であろうと手を差し伸べる。それが人の性だと思っていますから」
本当に正義感が溢れているんだな。…俺なんかよりも、よっぽど生徒会向きではないか…。
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