第52話 修復

 「それじゃあ誰なのよ、誰がそんな依頼したって言うの?」

 「それは言えない。これを依頼した人が誰かというのは伏せて欲しいと言われたからな。…正確な依頼内容は、あんた達の部内での態度が気に入らないと言う理由で、学年が上ということを利用してその場を独占するようなことやめて欲しいのだと。…それでなんとかして欲しいということだったから、俺はこの手段を選んだ」

 「…ってことは、他の美術部の誰かだっての?」

 「それも言えない」


 山口は何か考え込むようにしていた。心当たりがある人物を思索しているのだろうか。

 俺は美術部でのそこまでの状況を把握していたわけではなかったが、そんな思い当たる節があるのではないかという、俺の勘は当たっていたようだな。

 しかし、そんな架空の人物を作ってしまったんだ、このせいで部内がギスギスしてしまうのは避けたい。

 まずはあいつを呼んで、このまま何か言い負かされないためにも場の空気を変えなければな…。


 「このことを行った本人にも事情を聞いてみたらどうだ?…来いよ」


 二階の美術室からすぐ近くにある階段の下へ俺が呼びかけると、そこから神崎が階段を上ってきたのだ。

 神崎にはこの前同様に部活を抜け出してきてもらい、その近くの階段の下に待機していてもらっていた。二回目なのでさすがに悪いとは思いつつも、こいつに頼るのが一番だと考えていた。


 「かっ、神崎君!?どうして…」

 

 山口は神崎を見るなり、露骨にその強張った表情を緩めるように変えていた。わかりやすい奴だ…。

 そして神崎は、俺の隣へとやって来た。


 「申し訳ないことをしたと反省していたんです…謝りたいと思い来た次第です」

 「な、なんで…?本当だったってこと!?どうしてこんなことを…それよりも、私達の気持ちを知ってるってこと!?」

 「ええ…そうなりますね…」


 山口はさっきまでとは一変して顔を真っ赤にして狼狽ていた。


 「すみません、まず雅…野田先輩を呼んでくれないですか。それから話をしたいんです」

 「雅…?わ、わかったわ。少し待ってて」

   

 山口は動揺しつつも、すんなりとその承諾を得た。

 神崎とはあらかじめ何を話すかの算段を立てていた。そしてその通りに行ってくれている。


 山口は、美術室のドアを開いて野田の名前を呼んでいた。いい傾向だ、どうあれこうして名前を呼び掛けるように戻るだけでも関係は修復へと近づくだろう。


 そして、その野田は美術室から出てきた。

 出てくるなり、何をされるのだろうかと戸惑いながら不安そうな顔をしていたが、神崎の存在を確認するなり恍惚とした表情を見せていた。手駒にされてるのがよくわかる。


 「…あっ、りゅ、龍君…どうしたのかな」

 

 野田は自分の手首を掴んで顔を赤くしてそんなことを言った。

 龍君って…もうそこまでの関係を築いているのか…。


 「あんたに話があるんだってさ」


 野田の隣に立っていた山口がそう言うと、そちらへとチラッと視線を送ってから、神崎の方に顔を向けた。


 「雅…ちょっと話があるんだ」

 「話…?」


 …それから、野田にも同じように神崎がしていたことを自ら打ち明かした。

 そんな話をしていくと、見る見るうちに野田は顔色を青くしていた。

 

 「嘘…でしょ…どうしてそんな…」


 野田は片手で口を抑えて驚いていて、あからさまに凹んでいるようだった。


 「僕は、こんなやり方意外に方法があるんじゃないかと言ったのだが、勇綺…ここにいる影井がどうしてもやるって聞かなかったんだ」


 神崎は憂いを帯びた顔をしながらそう言って、俺の方を向いた。


 「ああ、面白そうだと思ったんだ。俺の思いついた案が上手くいくのかを試したくてな、神崎にだけ手伝ってもらったんだ。そうしたら、いとも簡単に思惑通りになってくれたわけだ」


 野田は半泣きになりながら口を抑えたまま神崎の方を見ていた。それに、神崎は諂うようにして謝っていた。


 「龍くん、本当に嘘だったの?私のことに興味があったことも…」

 「そもそも…明確に興味があったと発言した覚えはないのですが…。それでも傷つけてしまったのなら申し訳ありません」


 野田は口から手を退けて下に俯いてから、そしてもう一度神崎の方へ顔を上げ、仏頂面で神崎を見ていた。

 

 「私、怒ったから!純情な乙女心を踏みにじったこと許さない!龍君、これからも…これ以上に私ともっと親密になって!」


 声を張るようにして野田はそう言って、その言葉に反応して山口も口を挟んだ。


 「ちょ、ちょっとそれはずるいじゃない!雅とはただ仕方なくで関わっていただけなんだから!…今度は私達にも構ってくれないと駄目よ…!」

 「そんなのいや!私だけを見ててくれないと!」


 その二人は、強く罵倒して言い合うようにするわけでもなく、喧嘩している感じでもなかった。会話もなさそうな時から比較すれば、だいぶ仲良さげに戻っていた。仲違いしていた期間がまだ短かったから助かったな。これがまだ伸びていたら、こんなすぐには言い合えることもできなかっただろう。


 「…そういうことなので、この事は水に流してくれないでしょうか。こんな悪行はもう二度としません。お詫びも兼ねて…なんて言うのもおかしいですが、これからは二人、いや四人とは友好的な関係を築いていきたいと思っています」

 「それなら…いいよ」


 神崎がそうまとめると、山口は不機嫌そうにしながらも嬉々の気持ちを内に隠していそうにしてそう答えた。野田も仕方なく了承するようにして頷いた。

 

 「わ、悪かったわね。勘違いしてたみたいで…。勝手に一人抜け駆けしたんじゃないかって思っていたから…」


 山口は、野田の方には視線を向けずに頬を掻いてそんな一言を呟いて謝罪していた。

 野田はその言葉に反応してから、同じように視線は向けずに答えた。


 「別に…わかってくれたのならそれでいいけど。何度言っても聞こうともしなかったんだもん…」


  そして、話は一旦そこで終わろうかとしていた。


 これで、仲直りさせて欲しいということは一応は解決できたのだろうと思ってはいる。

 だが、これでは一時凌ぎだけになる可能性もある。

 神崎のことだ、上手く対処してくれるとは思う、でも万一にもまたどこかで関係が縺れるかもしれない。

 それから、ないとは思うが今回の事で神崎の評判に関わってくるかもしれない。ここまで付き合わせてしまったんだ、変な誤解を招きたくはない。それに、これ以上いいように使ってしまって借りを作りたくなんてないしな。

 そして、仮にこいつらが関係を取り戻したとしても、また部内の場を独占しようなんてして、その犯人探しをしようとして部が荒れてしまうことは一番避けたい。そんなことになってしまっては俺の責任になるだけだ。東條だってそんなことになるのは望んでいないだろう。こんな出来事があった事が忘れられるくらいの期間までは、なんとかした方がいい。

 それに、こんな性格をしているこの山口に俺は個人的にまだ言っておきたいこともあった。

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