第51話 手段
問題を解決する方法…。神崎に頼んで、あの野田という生徒と関係を持たなくするという考えもある。しかし、それだけですぐに仲直りができるなんて考えは甘いかもしれない。仮にできたとして、東條の置かれる状況が元に戻ってしまうのもいただけない。全員に同じように接しろと言ったところで、それはそれで争いが起きそうだ。…それならば、また違う誰かを標的にして、それを切っ掛けにして仲直りしてもらうという方法を使うか…。
俺は、まず神崎とある話をしたいと思い、この前と同様にグラウンドに出て、同じように姿を見せて合図をしてから、神崎とある相談事をした。
東條が思っていることと、俺が考えているそれを解決する術を神崎に伝えた。それを神崎に多少は批判されたが、受け入れてくれた。
そして、俺はもう一度美術室まで戻っていった。
中を見てみると、依然同じような状況だった。野田は何かされるというより、孤立させられている感じだ。
部長である山口は、ここから見て奥の方に座っている。
その山口と話がしたいので呼び掛けたいのだが、この状況で呼ぶのは流石に厳しいな…。
そして辺りを見渡していたら、ドアから一番手前にいた人物、それは一度だけ話をしたことのある東條とは比較的仲が良かったというあの眼鏡をかけた一年生がいたのだ。
あの子に部長を呼んできてもらうか…。
俺はドアを少し開け、小さい声で呼び掛けを試みた。だが、気が付く気配がなかった。
それでも、何度か声を出している内に、その周りにいた二人が俺の存在に気がついてこちらを見ていた。その反応につられるようにその眼鏡の一年もこちらに気がついてくれた。そして、俺の顔を見てその子は察してくれたように席を立ち、俺のいるドアの方へと来てくれたのだ。どうやら俺を覚えてくれていたようだな。
事情なんかは今は話さなかった。ただ、部長に生徒会から話したいことがあるので美術室の外まで来て欲しいと伝えるようにしてもらった。
それから、美術室から少し離れた廊下で俺は待っていた。
すると、部長の山口が美術室から出てきたのが見えた。山口は辺りを探して、その方に目線を向けていた俺の存在に気が付いて目が合い、そして山口は俺の元へとやって来た。
「何?あんたが呼んだの?生徒会の人はどこ?」
来たと同時に、睨みつけるかのように俺の顔を凝視していた。
やばい…思ったより怖い…苦手だな。
「…いや、俺が生徒会なんだが」
「え?あんたが…?」
山口は疑うかのような目を向けていた。
「それで、何の用?」
「…まぁ、あれだ…なんというか…」
そのピリッとする視線を掻い潜り、俺はゴクリと唾を飲んだ。
「…滑稽だって…そう思っただけだ」
「…はぁ?」
その尖った目と声に怯みそうになったが、堪えて動揺を抑えていた。
「こんな、見事に策にハマってくれるなんて思わなかったからな」
「何言ってんのよ、何の事なの」
「…わからないのか?弄ばれたんだよ、神崎に」
「はぁ?何言って…」
山口はそう言いつつも、何か脳裏を過ぎるようにして表情を変えた。今の発言だけでも、神崎が急に野田へと接触してきた不自然さに勘付いたようだな。
「試されていたんだよ、どうすればあんた達のようなグループの仲を引き裂くことができるのかってな」
「…意味わからないから。どうしてそんなことするのよ」
「ある依頼を果たそうとしていただけだ。神崎には俺から頼んで、それで本当に目的が達成できるのかと仕掛けさせたんだ」
山口は尚も睨みつけるかのような視線を向けていた。俺はその視線に目は合わせず斜め下を見ながら話していた。正直こんな口調で話していることが怖い、声も少しだが震えている。
「何よ、依頼って」
「生徒会は依頼を聞いているんだよ、生徒達からのな」
「それは聞いたことあったけど———」
山口は何かを思いついたような表情をしてこちらを見た。
「あいつね!東條がそんなこと頼んだんでしょ!そうでもなければ、神崎君がどうとかって話も出てこないでしょう!?」
「はっ…なわけないだろ、東條がそんなこと頼むような奴に見えるのか?」
「私には見えるね!腹黒そうだし」
腹黒いのは、どっちなんだよ…。
「東條は自分からそんなことを頼むような性格じゃないんだよ。それぐらいならあんただってわかるだろう」
山口は眉をピクリと動かしたが口は出さなかった。
「聞き出したんだよ、俺が東條に無理矢理な。美術部の三年達の共通の揺さぶれるような何かを知っているんじゃないかってな」
「でも、それってつまりは教えたことには変わりないんでしょう…!東條、人の個人情報を勝手に…!」
「無理矢理に聞いたって言っただろうが。東條、すぐには口を割らなかったから苦労したんだ」
「すぐ言わなかった…?それ本当…?」
「ああ、何故か頑なに言いたがらなかった。…そんな仲違いさせるようなことはして欲しくないって、いつもなら年上には従順に従っているような東條がその時ばかりは反抗していた」
山口はその言葉に対して本当かと疑う目を向けつつも、口をつぐんで複雑な面持ちをしていた。
「聞いても教えないものだから、何も知らないのだろうかと諦めようともした。だが、俺は東條は気が弱い奴と知っていた、だから強めに言えば観念して言うのではないだろうかと思っていた。それに、俺は東條のちょっとした弱みを握っているんだ。その事を言ったら東條は涙ながらに教えてくれたんだ」
そんな事を言うと、山口は汚物を見るかのような目つきを俺は向けられていた。
「あんた…最低ね、東條が大人しいことをいいことに、なんて卑劣なの」
一体どの口が言っているんだ…。お前には言われたくねえ…って気持ちをぐっと堪えていた。感情が顔に出ないことが助かったとさえ感じた。
今は、とりあえず俺は性悪なキャラを演じるしかない。そうした方が、俺への不平が集まりやすく、東條にもう一度目をつけられるという心配もなくなるであろう。
そして、東條があんな状況下であったにも関わらず、三年達の中を引き裂くことをそこまでして拒もうとしていたということを知ればこの山口、そして他の三年にも伝われば、東條に対しての印象も変わってくるだろう。あわよくば、これを切っ掛けでもう少し良い関係を持ってくれればいいなんて思ってもいる。
しかしまぁ、どれも嘘…いや、正確には東條が今の仲違いしている状況に反抗していたことは事実だが、俺は嘘をつきまくって無駄に口を滑らせすぎている。依頼して来た人などいない、架空の存在だ。それがこの山口にバレないかという心配もある。だが、今日あったばかりの人物だ、そこまで変に疑うこともないだろう。
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