第50話 相談 〜2〜

 「…で、何?相談事って」

 「…あの…場所変えてもいいですか…ここはちょっと…」


 そうか…美術室のすぐ近くだもんな…。


 「…ああ、わかった。どこかに移動するか?それとも日を改める?」

 「…後日にすると…また言い出す機会を見失なってしまいそうなので…今からがいいです…」

 「そうか…。どこに移動する?俺だけに相談があるのだとしたら、生徒会室にしない方がいいか…」

 「そう…ですね…。先輩が決めてください…」


 俺が決めるのか…。そういうのは困るんだがな…。

 自分が上の立場に立つってのはどうしても苦手だな…。後輩であろうがそちらで決めてもらっても構わないんだがな…。

 …まぁ、どこでもいいか…。人通りの少ない俺の好きな場所がある、そこにするか。


 「裏庭に、校舎の影で日の当たらない所に、ベンチが置いてあるんだけど…そこでもいいかな?知ってる人と会う可能性も低いだろうから」

 「…あ、いいですね…そこは誰からも見られる心配もないですよね…」


 あまり知られていないのではないかと思っていた、普段は物置くらいにしかなっていないその場所を東條も知っていたのか…。


 「…今日は…体調が悪いので早退すると、部長に言って来ます…。先に…その場所へと行ってもらってもいいですか…?」

 「あ、ああ…」


 東條は軽く会釈をして、美術室まで戻っていった。

 …ん?そういえば部長って誰だ?三年はあの四人だけなわけだが…。…大丈夫なのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、その目的の場所へと着いた。そしてその古びたベンチの端に先に腰掛けて東條を待っていた。


 しばらくして、東條もここへとやって来た。

 しかし、そのベンチには座らずに立ったままこちらを見ていた。…どうしたのだ?


 「…とりあえず…座ったら」

 「…は、はい…し、失礼します」


 そして恐る恐る、その丁度人が二人分座れるぐらいのサイズのベンチに、俺の左隣に東條は座り、自分の持っていた鞄を膝の上に置いた。

 あまり意識してなかったが、東條も後輩の女子の一人だよな…。こんな至近距離に女子がいると思うと急に緊張してきてしまった。


 東條は、座ってからずっと下を向いて何も話してこない。この期に及んでも、東條はまだ何か躊躇っているのだろうか…。


 そして、東條は軽く深呼吸をしてから、下を向いたまま口を開いて話し出したのだ。


 「…最近…私の周りに…な、何か変化ばかりが起こっているんですが…それってその…影井先輩が関わっているのではないかと…そ、そう思っていて…」


 途切れ途切れで、歯切れが悪いようにそんな言葉を口にした。

 バレていたか…まぁ、話があると言われた時点で察しがついてはいたがな…。


 「…ある日突然…お昼の時間に秋山先輩が私のところに来たんです…。最初は…自発的に来てくれたのだと…思ってました。…でも…そうではないんだろうって…気づいたんです」


 それも…俺が仕掛けたことだとわかっていたのか…?


 「それから…私の部内で…変わった出来事が起き始めていたんです…。仲の良かった三年生の先輩達に…亀裂が生じていたんです…。それが…神崎先輩が関わっているのがわかったんです…。…それも、急に起こった偶然なのかって…そう思ってたんです…」


 東條は、小さい声ながらも聞き取れる声量で話してくれていた。


 「…でも…いずれの出来事が起こる前後に…影井先輩の姿があったことに気がついたんです。…だから…ここ数日の出来事って…先輩が何かをしたのが切っ掛けなんじゃないのかなって…思ったんですけど…ど、どうなの…でしょうか?」


 東條は下を向いていた顔を、こちらに向けていた。

 お見通しだったのか…よく気がついたものだ。つまり昨日もあの時、やはり見られていたというわけだ…。


 「…ああ。その通りだ」

 「…そ、そうでしたか…」


 だが、俺の姿を見たという理由だけで、どうして俺が仕組んだことだとわかったのだろうか…。


 「どうして俺がしたことだって…そう思ったんだ?」

 「そ、その…失礼なことを言うのですが…影井先輩…多分、何か大事なことでもしないなら…私の前に偶然に二度も現れるなんてこと…ないかと…。そ、その…ただの勘です…ごめんなさい…」


 別に…謝ることではないのだが…。

 しかし、確かに的を射ている。俺は、無駄に人の前に姿を現すような性格ではないからな。似たような東條なのだから、それもわかるのか…。


 東條は、また顔を下げて俯いたままだった。

 何はともあれ、俺は東條に無断で立ち入り過ぎてしまったんだ。…それは、反省しておかなければな。


 「…秋山も神崎も、俺が頼んだから動いただけなんだ。…もし、その行為が嫌だったのだとしたら、俺にだけその不満を言って欲しい。…あの二人は…何も悪くないから」

 「い、いえ…嫌だったなんて…思ってはいないんです…。寧ろその…感謝したいくらいで…」


 そう…なのか。俺はてっきり、さっきの美術室前の時に言いたかったことは、俺のしていたことが迷惑で、今後はそんなことはして欲しくはないと、そう批判されるのだと思っていた。しかし、そうではなかったのか…?


 「秋山先輩が…私に好意的に接してくれたことは…すごく嬉しかったんです…。…優しくて、一緒にいやすい…というか」


 それはそうだろう。秋山はそういう距離感の掴める人だからな、それは俺がよく知っている。


 「その…神崎先輩がしてくれたこと…それは影井先輩が考えてくれたことなのでしょうけど…。それもその…私を助けようとしてくださったことで…嬉しかったです…とても。…私、あのままだったら部活も…生徒会も辞めてしまいそうだったので…」


 そう…か、そう思っていてくれたのなら光栄だ。


 「…ですが、その…一つだけ、不躾ながら言いたいんですけど…不服に思ってしまう点がありまして…」


 不服に思う点…?


 「影井先輩がしてくれたことって…三年生の先輩達の仲を引き裂いて…それで、私があのような目に合っていることを…どうにかしたいって…そういうことだったんですよね…」

 「…ああ、そうだが」

 「それで…その…なんというか、やっぱりこう…良くないと思ったんですよ…あの状態になっていることが…」


 あの状態が良くない…東條自身も、そんなことを思っていたのか…。


 「だからその…あの三年生の先輩達を…また…仲の良かった頃の関係に戻して欲しいんです…が…」


 仲の良かった頃に戻す…本気で言っているのだろうか…。

 自分が、あの四人からあんな仕打ちを受けていた上で、そんなことを言えるのか…。


 「優しいんだね…東條さん…」


 俺がそう言うと、東條は顔を上げてこちらを向き、頭を横にぶんぶんと髪が大きく揺れるくらい強く振った。


 「ち…違うんです…。そんなんじゃ…ないんです…。…こうなってしまったの…大体私のせいなのですから…。ただ罪悪感があるだけなんです…それが嫌で…」

 「いや…俺が勝手にしてしまったことだから、東條さんは何も悪くない」

 「…それでも…やっぱり何か責任を感じてしまって…」

 

 そう感じるだけでもやっぱり東條は優しいな…。俺だったらそうは思えないはずだからな。


 「その相談…どうして俺にしたの?秋山や神崎、会長だってよかったんじゃないのか?」

 「それは…秋山先輩は…最近一緒にいてよくしてもらっているだけで…なんというか…その上で頼み事とかしづらくて…」


 それも…そうか。


 「神崎先輩はその…まず、自分から話しかけたこともないので…声なんてかけづらくて…」


 あいつに相談するのは今はしない方がいいだろうしな…。


 「会長でも良かったのですが…その…私は影井先輩に話したかったと…そう思っていたんです」

 「…どうして?」

 「これって…影井先輩が考えてしてくれたことだと思ってましたから…影井先輩にだけ…まずは相談した方がいいと思ったんです…」


 確かにな…。訳あって、会長も事情を知ってはいるが…そんなことをしていたなんて、俺自身も誰かに知ってほしくはないからな…。

 東條はそこまで考慮した上で俺に…。これは、期待に応えてあげなければいけないよな…。


 「…わかった。なんとかしてみるよ」

 「なんとか…できるのでしょうか…?」

 「…いや、わからない。でも、一つだけ考えは思いついている」


 そう、あの三年達の状況を戻せる方法はあるのかと、俺も少し考えてもいたのだ。ただ、本当に実行することになるとは思っていなかったがな…。


 「どうすれば…いいのでしょうか」

 「いや、俺一人で大丈夫だ。東條さんは何もしなくていい。…俺がしてしまった責任もあるのだから、東條さんの願いは俺が聞き入れたいと思ってる」

 「その…本当にごめんなさい…自分勝手なことを…。…私のことを思ってしてくださったことなのに…」

 「いいんだ…。人の気持ちも聞かないで、勝手にしてしまったのは俺の方なわけで…。それより、いいの?仲直りをさせたとして、また東條さんが前みたいな状況に陥ってしまう可能性もあるわけだが…」

 「…別に…いいです。…誰かが傷つけ合ってるところを見てるくらいなら…孤独な私が標的になっていた方がいいですから…」


 ああ…本当に心優しいんだな、東條は。争うことを相当嫌っているようだな。

 それなら…手を貸さずにはいられないな。

 そして、俺はそのベンチから立ち上がった。


 「俺が必ずなんとかするから…」


 東條も同じように立ち上がり、こちらを向いた。


 「東條さん、早退したのなら…もう帰るんだよね」

 「…は、はい。そうですね…」

 「あの…美術部の部長って誰なの」

 「部長…は、山口先輩ですが…」


 山口…って、確かあの髪を二つ結びにしていた首謀者であろうあの…。

 東條はあいつに断ってからここへ来たのか…中々勇気があるな…。


 「…あの、部長がどうかしましたか?」

 「いや…聞いただけだよ」


 …。


 少し間が空いた。このままもう帰ってもいいのだが、東條は動こうとしなかった。こちらから指示するように言い出すのを待っているのか…。

 それも…気持ちはわかるがな。年上からの指示がなければその場からは動き出しづらいよな…。ただ、自分もあまり年上という自覚がない。誰かの下に着く方が基本楽だからな。親しい後輩なんてものを作りたくなんかはなかったんだがな…。だがまぁ、この子はまた何か別だな。一緒にいても何も苦痛には感じない。嫌な気分もしない。だから、これからも何かあったら助けてあげたいとは思っている。


 「…それじゃあ…また明日」

 「は…はい。…その、ありがとうございました…。本当に、私のために色々としてくれたこと…嬉しかったです」


 …そして、東條は自分の鞄を持ってから、その場を後にして帰っていった。


 さて…これから行うことが功を奏するか、それはわからない。でも、やることはやってみよう。

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