第49話 相談

 次の日の昼休みが終わる前。

 教室へと戻ってきた秋山は、自分の席に着いてから、また俺に東條の教室での状況を報告してくれた。今日も、秋山は一年の東條の教室に一緒に昼食を食べたという。

 もはや、俺が言うまでもなく進んで自分からそうしているらしい。

 それから、聞いてもいないのに何を話したかなんて内容も伝えてくる。人のプライベートな部分とかあまり知りたくもないのだがな…。

 そして、本題であった教室でどういう状況なのかということも話してくれた。秋山も、自分が一緒にいない時にもこっそりと様子を見たりもしていたらしい、その時でも以前のような俺が見ていた頃のようなことはされていなかったとか。それを知れただけでも、俺はしてあげたいことが成し遂げられたと思えた。いや、俺は頼んだだけで何もしちゃいないんだがな。

 これからも、秋山は自らの意思で東條と仲良くなっていきたいと言っていた。そうしてもらうと助かる。これが続かないようでは、意味を成し得ないかもしれないからな。それから、もう東條の情報は俺に伝えなくてもいいと言っておいた。さすがに、俺は勝手に東條のことに踏み込みすぎたと思っている。許可も取らずに、東條のことに関して監視しすぎて申し訳ない気分になっている。


〜〜〜〜〜


 その日の生徒会活動が終わった後、俺は神崎と少し話す約束をしていた。

 神崎にはまだ、会長に事情を話したことは言っていない。会長は事情を知っているので、全員が部活へと行った後、一言断ってから俺は生徒会室を抜け出した。


 待ち合わせをしていた人気のない廊下の一角で、神崎から現状を聞いてみた。

 神崎は、やってることは依然変わらずに行なっているらしい。聞く話によれば、その神崎の関わりを持った雅、名字を野田というその生徒は、自分の置かれている状況はもはやどうでもよく、神崎と話ができている今に満足しているらしいとか。学校内で連んでいる相手も、その部員じゃない友達とばかりらしい。

 最悪の場合、野田は美術部を辞め、その三年達のグループと関係を持つことをなくしてしまうという恐れもありそうなのだとか。

 そうなった場合、また東條が何かされる心配もあるが…神崎がこれからも関係を持っていけばそういうことも起こらない…か。


 神崎との話が終わり、俺一人で東條と美術部の様子が今どうなっているのかを最後に確認しに行きたいと思い、美術部のドアの前まで来て中を覗いてみた。


 状況は昨日と変わりない感じだった。その野田だけが仲間外れにされているような感じだ。東條が何かされていることはなかった。


 これでよかった。そう、俺は自己解決をした。もう何か心配する必要もないだろう。このように影で干渉するのは此れ切りにしようと決めた。


 そして、俺は生徒会室まで戻ろうとその場を後にして廊下を歩いていた時、後ろからドアを開ける音がした。美術室から誰かが出たのだろうか…ただ、もう関係を持たないであろう美術部なのでどうでもいいだろうと思い、無視をして歩いていた。

 それから廊下を前に歩いていた時、後ろから誰かが小走りで俺の背後まで近付いて来る気配を感じた。そして、その誰かが俺の左腕の制服の袖を掴んで軽く引っ張っていた。


 誰かが俺を引き止めていた。一体誰なんだと思い、後ろを振り向いた。

 …すると、その後ろにいた背の低い人物に目線を下げると、そこには東條の姿があったのだ。


 な、なんだ…?どうしたのだろうか。さっき俺が見ていたのに気がついていたのか…?この周辺にいる時点で見られていなかったとしても、俺が何か用があって来たと思われてはいそうだが…。


 東條は、俺の袖を右手で軽く摘みながら、下を向いていて何か言ってくることもなかった。


 「…どうか…した?」


 俺がそう言うと、顔を上げて掴んでいた手を離した。

 しかし、何か言いたげだが、口籠っているようで何か言うことはなかった。

 そして、そのまま下を向いて小声で一言囁いた。


 「…いえ…なんでもないです…」


 それから東條は後ろを向いてゆっくりと歩いて戻ろうとしていた。

 いやいや…どう考えても何かある感じじゃないか…。

 何か言いたいことでもあったのか?なんだろうか…。俺のしていたことがバレてしまったのか?…そうだとして、礼でも言いたかったのだろうか…。それなら、その礼の一言でも言ってくれれば、何のことかは伝えずとも言いたいことは理解できる。それは東條だってわかってるはずさ。いや、でも知っているということを知って欲しくもなかったとか、そんな配慮をしているのだろうか。それで言え出せなかったとも考えられるか…。

 …それにしても何かを言いたげで伝えたいことがありそうな感じがした。東條は、俺と波長の合いそうなタイプだ、何か言いたいことがあるのなら、それが俺は理解できると思っていた。しかし、今は何を言いたかったのがわからない。言いたいことがあっても、それを言い出しづらい気持ちはわかる。それでも、俺を引き止めることまでしたんだ、何か大事な用件のような予感はする。


 …どうであれ、すごく気になる。言いたいことがあるなら伝えて欲しかった。言いにくいことだったのかも知れない、それでも俺は聞きたい。


 「東條さん…!」


 そう思った俺は、つい名前を呼んで引き止めてしまった。

 東條は歩くのを止めて、後ろを振り向いた。そして俺は小走りで東條の元に駆け寄った。


 「…あの…何か言いたいことでもあったのかな」


 そう聞くと、東條はまた下を向いて黙っていた。


 「…いや、言いたくなかったらそれでいいんだ。…それでも、俺は何か言いたいことがあったのだとしたら、それを聞きたかったと思ってる。…別に、言いたくないならいいが…」


 …変に強要するように言いすぎたか…。東條の気持ちは尊重するつもりだったが…。


 東條は依然、何も言わずに黙ったままだった。

 …もう、これ以上は追求するのもよくないか…。


 「…引き止めて悪かった。じゃあ…」


 そう言ってから俺は再び後ろを向いてその場を立ち退こうとした時、また俺の左腕の袖を掴まれた。

 そして、振り向くと先ほどとまるで同じように東條が右手で袖を掴んだまま下を向いていた。

 それから少し経ち、東條は手を離して顔を上げた。


 「…せ、先輩は…誰かが善意でやってくれた事を…その行為を否定…できますか」


 いきなりそんな質問をしてきた。

 …どういう意味だ?こんなことが言いたいことだったのか?

 善意でやってきたこと…それって自分を思ってしてくれたことというわけだろう?

 さっき話を聞いたばかりなので、真っ先に会長のことが思い浮かんだ。俺と会長に例えるならば、会長が俺に対してしてくれたことを、そのまま全て否定しろってことだろう?そう考えるなら答えは…。


 「それは…できないかな」

 「…ど…どうして…でしょうか」

 「人が…その誰かの為を思ってしたことなのだから、容易くその行為を無下にするのはよくないかと…」


 そうは言っても、俺も一時はその行いは迷惑だと思い、そのこともはっきりと言ってしまったのではあるのだが…。

 それでも、今ではそうは言えない。知ってしまったからな…色々と。


 「…そう…ですよね…当然…」


 会話はそこで途切れてしまった。

 …なんだ?何が伝えたかったんだ?

 今の質問には、必ず意味があるはずだ。意味もなく、そんな質問してくるとはとても思えない。

 なんなのだろう…。人の善意を…否定…。


 ————あ…!

 俺はその一瞬、ピンと来た。

 そうか…そういうことが言いたかったのか…。俺は伝えたかったであろうことがやっと理解できた。


 「…そう、当然なんだ。でも、もしそれが自分の意思にそぐわないものだとしたら、それは否定してもいいと思う」

 「…そう簡単に…できないと思います…。その誰かは…その人のことを思ってしてくれた行為なのに…それを無駄にしよう…なんて」

 「…それが…信用に足るような人物なら、言ったほうがいいって俺は思う…」

 「…信用…」


 東條はそうボソッと言ってから、首を傾けて黙り込んでしまった。


 「…俺が…そういう関係にある人物がいるのだとしたら、それは生徒会のメンバーなのかな…」


 東條は何も言わずに顔をこちらに見上げた。


 「…まだ、全然そんな深い関係でもなんでもないんだが…誰とも付き合いのない俺からしたら、まだ少しは信用できる人達だって…俺は思う。そういうことを否定しようとも思えるし…自分のしたことが否定されようと許せると思う…」


 それを聞いて、ハッとしたように東條は口を軽く開いて反応した。

 そして、東條は顔を下げてから何か考え込んでいるようにしてから、もう一度顔をこちらに上げた。


 「…せ、先輩…相談事があるんですけど…聞いてもらえませんか…」

 「…ああ、いいよ」


 ここからが、本当に話したかったことなのだろう。俺はそれを真剣に受け止めようと思う。

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