第53話 修復 〜2〜

 「そもそもさぁ、こんなことをした依頼者って誰だったの?許せなくない?」

 「そ、そうだね…うん」


 山口は開き直ったようにして、野田へ普通に口を聞いていた。


 「犯人探しはやめてくださいね、先輩方」

 「わ、わかってるから」


 神崎の言葉にすぐに肯定するように山口はそう返していた。


 そんな感じで、話が纏まろうかとしていた。

 その時、俺は大きく溜息を吐いてから口を開いた。


 「面白くないなぁ…結局ここで終わってしまうのか。…依頼主から言われたことだから致し方ないとは言えな…」


 そういうと、周りにいた三人は俺の方へ視線を向けた。山口は睨みつけるようにして、その言葉について問いた。

 

 「…どういうことよ」

 「その依頼者から、この件はもうなかったことにしていいとのお達しがあった。優しい奴でよかったな。そいつも少しは気が晴れたんだろう」

 「…それ、どうして教えに来たのよ。依頼のこと、伏せて欲しいって言われたんじゃなかったの」

 「知りたかったんだよ、この真相を知った上で、お前らがどんな態度を見せるのかってな。それで直接俺から伝えにきたんだよ」

 「態度が見たかった…?」

 「俺は、もっと相争うところが見たかったんだよ。本当はもう少しお前らを泳がせてみて観察していたかったんだ。…俺はこんな結末では満足していないんだ」


 山口は俺の目の前まで近寄ってきて、その圧迫感に退きそうになったのを俺は必死に耐えた。


 「あんた…なんなの?さっきから偉そうにして。聞きたかったんだけど、どうしてあんたなんかがそんな依頼を先陣を切って引き受けたのよ。…それより、本当にこんなのが生徒会にいたの?神崎君なんかと話し合えるレベルの人間とはとても思えない」

 「なんというか…訳ありで一緒にいるんです」


 神崎はすかさず俺と山口の間に入ってそんなフォローを入れた。


 「依頼はそれぞれが分担しているんです、その依頼を影井が引き受けただけなんですよ。…彼はそのような発想しかできなかったんです、許してやってください。こんなことに付き合ってしまった僕も悪いのですから」

 「そ、そう…。神崎君が言うのなら…間違いないのかな」


 神崎の思いついたその出任せをすぐに信じていた。さすが神崎だ、こいつ本当は嘘つきな人間なんだがな…。ここでも咄嗟な嘘を言ったのだが疑われることもなかった、これが人徳か…。


 「それより影井って言った?なんであんたは年上にもタメ口なのよ」

 「そういう性格なんです、大目に見てやってください」

 

 神崎がそう言うと、山口はそれを肯定するかのように黙り込んだ。神崎の盾は便利で大変良いな。

 こんな場で敬語を使うのも変だろう、年上に対してタメ口なんて抵抗もあったがな。


 そう納得はしてはいたが、山口は頭を掻きながらイライラを隠し切れていなかった。その怒りの表情を俺だけに向けていた。


 「あんた…なんてことするのよ。他に方法なんてあったはずでしょう。こんなやり方でなくても直接言ってくれればいいじゃない」

 「そんなこと言ったところで、お前らが改心するなんて保証ないだろう。犯人探しをする可能性もある。そんなことにならないように気を使いながら考えた策がこれなんだよ」

 「だとしても、他にあったんじゃないの!?これがその依頼を解決する手段になってるとは思えないんだけど?」

 「三年がその場の支配権を握っている、それなら三年の統率力をなくしてしまえばそんな状況にはならなくなると考えたんだ」

 「普通ありえないでしょ、どうしてそんな回りくどい方法になるのよ」

 「はぁ…」


 俺は軽く溜息をついてから、もう一度口を開いた。


 「面白そうだからって…そう言っただろ」

 

 山口は眉をひそめて、一層不機嫌そうにしながら俺の方を睨んでいた。


 「この依頼を切っ掛けに、人の友情というものがどれだけ脆いものなのかと実験したんだ。内輪のルールに縛られて、それを破った人物がどれだけ簡単に陥れるかってのをな。そして、それが見事に証明された」

 「面白そう…?!実験って…そんな理由で?ふざけてるの!?」

 「どうして自分のことを棚に上げて怒鳴ることができるんだ?…お前が、友達がそういったことになってもそれを受け入れるくらいの許容量を持っていればよかっただけの話だろ」


 山口は歯を食いしばっていたが、何も言い返してこなかった。

 

 「根本的に、お前らに問題がある。関係がこんなことになってしまったのは自分達の責任だ、それなのに依頼者に責任転嫁しようだなんて、そんなのが許されるわけないだろう。何を被害者のように立ち振る舞っているんだ」


 依然、同じような表情のままで言い返す事はなかった。


 「この事を打ち明けたのはお前らの悲痛な表情を見たいという理由もあった。どんな反応をするかを楽しみたいがためだ。生徒会としての立場も利用すれば、このような都合のいいことが好きに行えるんだよ」

 「…あんたねえ…!」


 山口は怒りを露にしていて、周りには鬱屈とした空気が漂っていた。


 「拍子抜けだなぁ…。野田さん、あんた許せるのか?こちらが仕掛けたこととはいえ、受けてた仕打ち覚えてないわけじゃないだろう?知っているんだ、その状況見ていたんだから」


 野田は、その発言を聞いてからもう一度山口の方を見た。山口はその視線から顔を背けていた。

 

 「それは…だってその…関係が元通りになるっていうのなら、私は許すよ…」

 「あんたは何か悪いことをしでかしたわけでもない、なのに理不尽な扱いを受けたことは変わらないんだぞ。そんな連中とまだ連むことができるのか?」


 野田は考えるように下を向いて何も言わなかった。


 「あんた…何よ、さっきから!もういいって言ってくれているじゃない!」

 「お前、自分がしていたことをさらっとなかったことにするつもりか?一言謝罪しただけで誠意もなしに今まで通りに戻りましょうって、そんな虫の良い話はないだろ」


 山口は何か言いたそうにしながらも、言葉は出さなかった。


 「そこまでにしないか?」


 神崎は、俺の肩に手を回して抑えるようにして会話を止めるようと仲介に入った。

 

 「なんだ、俺に指図できる立場か?わかってるよな…?」

 「…ぐっ」


 神崎はその言葉に顔を引きつらせ、そして手を退けた。

 俺は、そこにいる三年の二人の表情を見て少々いたたまれない気持ちになりながらも、最後に一言だけ言って俺はその場から背を向けた。

 

 「まあいい、また面白い出来事を見つければいいか。お前らにはもう要はない、それなりには楽しませてもらった」


 そして、俺はその場から去っていった。


 これでいい、神崎にはこの後あることを頼んである、それを行なってくれればもう万事解決だろう。

 


 …少し訳があって俺はこんな事をした。こんな態度、普通するわけがない。

 でも、俺はこの依頼を切っ掛けとして友好関係というものがこんなにも容易く崩壊するのかというのを試していたのは事実でもあった。それが上手くいかなければ企みは成功しなかった。だがしかし、その半面で俺はそんなことではなんてことも起こらないのだと心のどこかで期待していた。でも、そうはならなかった。

 仲を取り戻す事はいい、両者共に許し合えたというのならもうそれでもいいんだろ。それでも、仕出かしたことをすぐになかったことにすることが俺は許せないんだ。グループ内の決まり事に違反をするだけで、仲間外れにされなければいけないなんてそんなことも俺は嫌なんだ。

 このことを言って、山口の性格を変えたかったとかそんなことではなかった。俺なんかがどうこう言っても心には刺さらないだろう、なんなら今後を考えるとそうでなければ都合が悪い。

 だが、自分がその言葉を口にしたいという自己満足に過ぎなかった。


 一人でいればそんなルールなんてのは考えずに生きていられるのだ。それも、俺が常に一人で、そして人が嫌いである理由の一つでもあるのだ。

 いや、こんなのは単独でいる自分を正当化できる言い訳にすぎないのか…。

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