第39話 疑問

 秋山は人を差別をするようなことをしない。俺みたいな人間でも嫌な顔せずに一緒にいてくれる。誰とでも隔たりを作らない。だから、みんなから好かれている。霧島も自分をアイドルという立場として接していないことが嬉しいからあそこまでに懐かれているのではないだろうか…。

 そんなことを考えながら、その可愛い笑顔を直視できずにいた時、こちらへと誰かが近づいて来る気配を感じた。


 「二人して何をしているんだい?」


 話しかけてきたその前方の人物を見てみると、そこには神崎がいたのだ。こいつの担当は川沿い周辺だったはず、どうしてここへ…。

 

 神崎は真下に落ちていた空き缶をトングで上に軽く飛ばして、持っていたゴミ袋を広げて華麗にその中へ落とし入れた。すでに、その持っている袋はゴミでいっぱいだった。どんだけ頑張ってんだよこいつ。担当の箇所が終わったから手伝いにでも来たのだろうか。


 「あれ?龍介、どうしてここに?」

 「自分の場所はある程度済んだからね、手伝おうかと思ったんだ。二人の姿が見えたからここに来た次第なのだが…二人は何をしていたんだ?手なんか繋いで…逢い引きでもしていたのかな?」

 「…えっ?」


 秋山はハッと気づいて、掴んだままだった俺の手首からすかさず手を離した。


 「ち、違うから!勇綺がサボってたからやるように説得していただけ!」


 秋山は顔が赤くなりながら必死で否定していた。


 「そう…。駄目じゃないか、勇綺。サボったりなんかしたら」

 「ほ、ほら!やろうやろう!」


 秋山はゴミ拾いを再開して、歩道へと戻っていった。

 そして、神崎は俺の方へと近寄ってきた。


 「駄目じゃないか勇綺」

 「ああ、悪かった。今からやるから」

 「そうじゃない、華蓮とあんなに仲良さそうにしていたらってことさ」


 …は?どういうことだ?

 俺は下げていた視線を神崎の顔の方へと向けた。


 「また会長は華蓮に対して嫉妬してしまうよ」


 嫉妬?何を意味不明なことを言っているんだ。


 「覚えてないかい?会長は華蓮が勇綺と幼馴染と知って羨ましそうにしていただろう?それからも華蓮から勇綺の話を聞いてはいつも、そんなことまで知っているんだと妬ましそうにしていたよ」

 

 そんな、俺の話を聞いて…それよりも何故そんなことをこいつは知っている…。

 羨ましがるか…それは違うな。会長は俺に関しての沢山の情報を知っている秋山に感心しているだけだ。俺は一切、自ら自分の情報を教えようなんてしないからな。秋山とは一緒にいた期間が長いというだけで、知っている限りのことを話していただけだろう。


 「会長は君に心酔してる。もはや君なしでは何も手につかないだろう」


 心酔だと?ない、それはない。


 「だから…あまり会長を悲しませるようなことをして欲しくない。会長は君の一番の理解者になりたいと思っているはずさ。それを誰かに奪われたくないのだろうと思う。そしてそれは、華蓮も同じなのかもしれない」


 さっきからなんだ、好き勝手なことを言いやがって…自分の考えた意見を押し付けるようなことをするな。


 「お前…案外、人を見る目がないみたいだな」

 「…どういう意味だい?」

 「俺のことを高く見すぎなんだよ。そんな大層な人間じゃない」

 「いいや、君はすごいさ。もっと自分を誇った方がいい」


 誇った方がいい?こんな自分を?何一つ良い所なんてありゃしないんだよ。


 「会長も華蓮も、君のことを好いているはずだ」


 好いている?そんなわけないだろ。


 「ないな。俺は二人の面倒見の良さに引き寄せられている対象に過ぎないんだよ」

 「それでも、君が好かれていることに変わりはないと思う」

 「それはない。少なくとも秋山からはそういった対象として見られていないっていうのは確信している」

 「それは君が上辺だけで見ているだけの感想なんじゃないのか?確証なんてないだろう」


 それはそうだが…それでもありえない。


 「君は他の人には持っていない特別な何かを持っている」


 俺が何かを持っている?人とは違う何かを?ないだろそんなの。人と何かが違うとすればそれはただ単に俺はそれが欠損してるというだけだ。


 「君は、特出した存在なんだ」


 なんなんだこいつは。秋山といい、急に何を言い出すんだよ。

 秋山ならまだいい。しかし、こいつからこんなことを言われるのは気に食わない。だってこいつは全てを兼ね備えている人間だ。

 容姿もいい、様々な能力に長けている。そして聞くところによれば家柄も良くて金持ち、そんな何もかもが抜きん出ているような奴にこんなことを言われるのはどうしても解せなかった。


 「誰に評価されようが構わない。だが、お前みたいな全てを手に入れているような奴にだけはされたくないんだよ」


 神崎は「ふっ…」と息を漏らしながら憂い顔をしていた。


 「…すまなかったよ。君を過大評価してしまったことは間違いかもしれない、訂正するよ。でもね、君こそ僕を過大評価しすぎなんだよ」


 またそれか、持っていない奴の苦労も知らず、上の立場に立てるからこそ、そんな出鱈目を言えるんだ。


 「なんだい?そんなことはないと言いたげだね」


 俺はその答えに不満を持っていることが少し表情に出たのだろうか、心の中を読まれていた。こいつも、人の細かな表情なんかでそういったことを読み取れることが得意なのかもしれない。


 「勇綺、人の価値を決めるのがステータスだけだと思うかい?」


 …そんなもの、当たり前だろう。それ以外に何がある。


 「僕は違うと思う。人の価値を決めるのは功績だと考えている。誰かの人に役立てたこと、それが全てだと思う」

 「だとしても、ここまで生きてきて俺なんかよりもお前の方が遥かに人に頼られてきただろう」

 「そうかもしれない。それでも、もしたった一回の過ちだとしても、その許されざる大罪を犯した人間は、今後どれだけ人の為に貢献できようがそれは拭えないと思えないかい?」


 一体何を言っているんだ…?察するに自分のことを言ってそうだが…過ち?大罪?過去に何かあったのか?


 「罪って言うのはただ、普通で真っ当に生きていれば犯すことがないはずなんだ。人に良い行いをしようとすれば誰でも出来ることだ。でも、悪い事はしようとしてもそれは行えないはずなんだ。何故なら、普通に生きて普通の教育を受けていればそうなるはずなんだ。人というのはそういう風に生きるのが正しいと定められているからね。だからさ、どれだけの善行を積んだ人間でも、悪行を犯しているのならば、それが差し引きゼロになるとは僕は思えないんだ…」


 言いたいことはわからないでもない。ただ、こいつが何をしたかがわからない。


 「おっと、どうでもいいことを言ってしまった。…話を戻そう。君は普通ではない。それが否定的な部分だとしてもそれが悪い部分ではないんだよ」


 …つまりどういうことだ?


 「会長は、自分を否定してくれるような人間を求めていたんだと思う。自分でもあの性格が嫌なんだと思っているはずさ。君みたいな厚意に甘えないような人物を会長は求めていたんだと思うよ」

 「そんなの俺だけじゃないだろう。お前も、否定する身として努めようとしろよ」

 「多分、常人ならそんなことは無理なんだよ。あの天使のような、人を魅了させるあの笑顔を見ていると、会長がしようとすることは全て許そうと思えてしまうんだ。これは僕だけが思っていることじゃない。華蓮だってそうさ、自分から仕事に取り掛かりにいくタイプだろ?君も知っているはずさ、それでも会長に仕事を譲ってしまうんだ。生徒みんなもそう思っているはずなんだ。でも、君は違う。人の善意まで受け取ろうとしない、そういうことを躊躇いもなく拒否できる心ない人間なんだろう」


 酷い言われようだ…。

 …会長が、そんな俺を求めているだって…?


 「どうして、会長は自分を否定してくれるような人物を求めているだなんて確信できるんだよ」

 「前も言っただろう?会長は表面的なだけの人物じゃないと。人の過去には様々な事象や経歴があるものなんだよ」

 「…だからなんだよ、何があったんだよ」

 「それも言っただろう?プライバシーに関わるって。もし聞きたかったら本人に直接聞いたらどうだい?すぐに答えてくれると思う」


 本人に聞く…か。


 「君、もう少し他人に興味持った方がいいんじゃないかな?」


 他人に興味を持つか…。そこまで、どうしても聞きたいというような事柄ではないのだがな…。

 しかし、神崎はどうしてここまで俺と会長を引き合わせようなどとするのだろうか。神崎は会長のことが好き、そして仮に会長が俺のことに好意を持っているのだとして、それを助力しようとしている…。それが会長のことを思ってしていること…だと思うのだが、なんだかそれだけじゃない感じがする。一体過去に何かあったのか…それは少しだけ知りたくなってくる。


 「さぁ、話はこれくらいで終わりにしよう。君もゴミ拾いを再開しなよ、全然集めていないじゃないか。駄目だよ、仕事しなきゃ」

 

 なんだか引っかかるような言葉ばかりを残しながら、神崎はゴミ拾いを再開していた。仕方がないので俺も再開することにした。

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