第38話 変化

 「…何してるんだ…?」

 「だって…何か悩み事ありそうだから聞いてあげようかなって」

 

 別に、悩み事があったからここへ座り込んでいたとかそういったわけではないのだが…。

 こんな公園で、こうして至近距離で隣に座られるなんて緊張してしまうだろ…。

 俺は右へとずれて少し距離を取った。


 「な、なんで離れるの!」


 秋山はむっとした顔をしてジロリと睨んできた。


 「いや…こんなとこ知り合いの誰かに見られでもしたら変な勘違いされるだろ…」

 「…何?嫌なの?」

 「そんなわけない。…俺は、そんな誤解をされたら秋山が不愉快だろうと思っただけで…」

 「どうしてそんなこと言うのかな…」


 秋山はその目つきを変えて少しだけ悲しげな表情をしていた。


 「…勇綺はさ、自分のことが嫌いなの?」

 「ああ」

 「…慰めて欲しかったりする?」

 「いいや」

 「…わかった、じゃあこれは勝手に私から勇綺に対して独り言を言うだけだから、聞いておいてほしいの」


 …どういうことなんだ?


 「どうしてそんなに自分が嫌いなのかわからない。私は勇綺の性格とか嫌いじゃないよ。無口なところとかさ、大人しいところとか。それにさ、何事も誰にも頼ろうとせずに一人だけでこなそうとしてるところとか、他の男子に比べても私は尊敬するよ」 


 何故か急に褒め始めてきた。一体なんのつもりなのか…。 

 しかし今のは、嫌いじゃないというよりは自分には関与してこないから無関心でいられるだけなのだろう。だから、好きな部分とかそんなことではないはずだ。


 「私は勇綺はもっと自信を持っていいと思うの」


 自信を持っていい…これは今まで結構な人から言われてきた。自分に自信を持てるような人間ならこんな性格にはなっていないんだよ…。


 「どうして人と壁を作ってしまうのかわからない…もっと人と親しくしてもいいと思うのに…」

 「つまり…何が言いたいんだ」


 独り言を聞いているだけと言われたが、一方的に褒められ、励まそうとしていることが聞くに堪えないのでついそんなことを質問してしまった。

 俺は秋山の方へは視線は向けず、地面の方を見ていた。秋山も特にこちらを見ることなく前を向いていた。


 「…勇綺にさ、自分のことを嫌いになって欲しくないの…。自分が好かれてないって思うから…そうして周りの人も好きになれなくて、だから他人の為に行動ができないんだと思うんだ…。こうして褒めてあげればさ…その、自分を好きになってくれるんじゃないかなって…」


 自分を好きになれば…他人を好きになれるか…。


 「それは難しいかな…」

 「…どうして?」

 「俺には何もない、好きになってもらえるようなことは何も」

 「今、私が言ったじゃん…大人しいところや単独行動に向いてるとことか、良い所だと思うよ」

 「その褒めていた長所だと思ったところ、俺にとっては短所だとしか思えないんだよ」


 そう、さっき言ったことの裏を返せばそれは、俺は口下手で、誰とも協力しようとしない身勝手な人間としか受け取れないのだ。


 「それでも褒めたつもりで言ったんだからさ…素直に受け取ってよ…」


 そういうことを素直に受け取れない、それな自分もまた嫌いだ。

 

 「俺は、人を好きになれないし、好かれたいとも思えないんだよ」

 「…だったらその考え、私が意地でも変えてみせるから!」


 秋山の方を向くと強い目力をしてこちらを見ていた。

 何故だ、どうしてそうなる…。今でも、まだ俺のことをなんとかしようとしているのか…そんなこと、もう無理にしなくてもいい…。


 「秋山はもう…俺にそんな肩入れしなくてもいいんだよ。…そんなこと嫌なはずなのに、それでもやっているんだろ」

 「だから!別に、昔からの責務だけからそう言ってるんじゃないって!」

 「だったら、あの時の発言はなんだったんだよ」

 「…あの、時…?」


 俺は昔あった、秋山が俺に対して先生からの指示で俺に接してきているのだということを教室でうっかりと聞いたことに関してを話した。


 そんな昔のこと、未練たらしく自分で話して情けなくなる。俺は昨日のことのようにその映像が浮かんでくる。そのこと、秋山は覚えていないんだろうとも思っていた。


 「———そのこと…私しっかり覚えているよ」


 …どうやら、覚えていたようだ。そこまで驚くようなことでもないのかもしれない。しかし、意外だった。俺だけが根に持っている事柄だと思っていた。


 「あのね勇綺、あの時の言ったことは本心じゃない…なんて言ったら嘘かもしれない。でも、友達に聞かれたから恥ずかしくてそう言ってしまったの…。先生から言われていたからやっていたことは事実だけど…それだけでしてたわけなんじゃないの…信じてくれないかな」

 「…それなら、どうしてなんだ」

 「好きでやって…ってだけじゃ駄目なのかな」


 好きで…?


 「違うから!そんな変な意味じゃないからね!更生すべき生徒がいるのなら、そうしたかったの」


 秋山は昔からそういった考え方だったな…。委員長でクラスを取り仕切っていて、クラスの男子を注意してはうざがられていたな…そういう性格をしていた。


 「…私、あの時のことはいつか謝りたいと思っていたの…ごめんなさい!」

 「いや、別に謝って欲しいと思って聞いたつもりじゃないんだよ…」

 「でも…やっぱり傷つけてしまったことには変わりないと思うから…。私、結局あの頃何も出来てなかった。それからも勇綺とずっと一緒にいたのに何も変えられることができなかった。…それなのに、会長と出会ってからまだちょっとしか経ってないのに…勇綺は変わった」

 「変わった…?」

 「変わったよ…。自分では気付いてないのかもしれなけどさ。最近はクラスでも話しかけたらちゃんと受け答えしてるじゃん…昔なら適当に話を逸らすことしかしてなかった」


 話しかけたらって…そんなの秋山くらいじゃないか。教室にいる時なんかにたまにだが、秋山は最近俺に話しかけてくるのだ。その時、確かに前よりは話すようになったかもしれない。


 「今だってさ、こうして話を聞いてくれてるだけで変わってるよ。以前までならこんなに話すことなんてなかった、すぐに話を切り上げようとしてこの場から逃げようとしてるはずだよ。…生徒会活動にも残るようになって、会長のことを手伝ってあげてさ…こんな活動にも参加してくれなかったはずだから」


 それはそうかもしれない…。


 「それにさ、やっぱり顔つきが変わった気がするよ。この頃は目に生気があるように見える」


 生気って…今までどんな風に見えていたのだろうか…。


 「勇綺がこうして変わったのはやっぱり会長のおかげなのかなって…。私が長年やってもできなかったことを会長はいとも簡単に成し遂げた…。…あの人には敵わないのかな…私と一体何が違ったんだろう…」

 「やめてくれ…そんな俺を引き合いにして勝負するような真似は…」

 「そういうつもりで言ったんじゃないの…!ごめん…」


 別に、謝って欲しいなんて思ってない。


 「私から積極的に話しかけてこようものなら、勇綺はそれを嫌がって離れていっちゃう…。それでも何もせずにいても勇綺はいつも一人でいるだけだし…本当にどうしようもなかった。…会長は、どんな魔法を使って勇綺を変えられたんだろう」


 会長の影響で俺は変わってしまったのなら、俺はあの人のためになりたいと考えていて行動をしていたからなのだろうな。

 それでも、今こうしているのは会長だけの力ではない。きっかけを作ったのは神崎で、そして後押しをしてくれたのは秋山なのだろうからな。


 「俺が今、本当に変われているのだとして、こうしているのだとしたら…それは秋山の影響もきっと大きい」

 「え…そうなの?」


 そう、俺は秋山に対してずっと感謝や申し訳のない気持ちがいっぱいだった。俺に干渉してくれていることを無下にして、無視し続けていたことに悔いているところもあり、何も恩を返せることができなかった。こうして、秋山が後押しをしてくれているから、今こそその恩を返せることができるのだとも思っていた。

 秋山の俺を変えたいという気持ちにも応えてあげたいと、自分自身で考えていたのだ。


 「とにかく、別に会長だけの影響ではないんだよ」

 「へ、へー…そうなんだ」


 秋山は口元をにやけそうになりながらそう返事をした。

 喜んでくれているのだろうか…?俺なんかがそう思っていることを知ってくれて、秋山が喜んでくれるというのなら、いくらでも言ってもいい。

 

 そして、秋山は立ち上がり前を向いていた。

 

 「それでもさ…やっぱりまだこういう活動に積極的になる姿は見られないんだなって思った」

 

 俺にはこういった活動に積極的になるなんてことは無理なんだろう…。

 秋山は座ったままの俺の方を向いて見つめてきた。


 「ちょっとずつ変わっていってもまだ根はそのままなんだなって。…だったら私の力で活動に積極的になるようにしたい。そのくらいなら私の方が上だってことを証明したい。これだけ付き合いが長いんだもの」


 そんなこと、証明しなくてもいい…。

 秋山は、俺の左手首を軍手をはめていない右手で掴み引き上げるようにして引っ張り、立たせようとした。


 「…なんだよ」

 「説得しようとしても動こうとしないだろうから、こうして力業で動かそうとしているの!」


 確かに、こうして物理的にされる方が動かされ安いのは確かだが…。


 「ほらほら」

 「わ、わかったから」


 その策にまんまとハマってしまったかのように俺は立ち上がってしまった。


 「私の…勝ちかな?」

 「何を言って…」


 その、秋山のはにかんだような笑顔を見て俺は胸を打たれた。

 一体、誰と何の勝負をしていたんだか…。


 …やっぱり優しいんだな…秋山は。俺はそんな、心優しい秋山のことが好きだ…。今でもこの好きだという感情はどうしても抑えることはできないらしい。

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