第37話 ボランティア

 次の日の放課後。


 今日も何事もないようにいつものように生徒会まで来てしまった。


 霧島以外のいつものメンバーが揃って座っていた。そして俺も席に着いた。

 

 「今日はこれからゴミ拾いに行くのだけど…秋山さんと神崎君も来てくれるってことでいいのかな?」

 「はい。昨日連絡した通りに来れますよ。部員には私から用があるからと言っておきました」

 「ええ、僕も同じく大丈夫です。一日くらいなら生徒会の仕事を優先しても良いでしょう」


 連絡をした…?そうか、連絡先ぐらい知っててもおかしくはないよな…。

 それより、この二人も来るのか…それなら俺が行く必要なんてないのでは…。


 「東條さんと影井君も昨日言ってくれた通り来てくれるのかな?」

 「…あ、はい…大丈夫です…」


 東條は了承した。そして会長は俺の方へ視線を向けた。

 俺は会長がどこまでも一人でやってしまうのだろうと心配をして行こうと思っただけだ。しかし、秋山と神崎もいるのなら安心だろう。これだけの人数がいれば人手も十分だろう。俺が行く意味もない。

 正直ゴミ拾いだなんてボランティアやりたくなんてない。


 「俺は、遠慮させていただきます」

 「えっ…?」


 昨日発言したこととは裏腹な発言をしたので会長は驚いていた。

 

 「え、待ってよ!なんで来ないの?」

 

 左隣に座っている秋山が俺にそう聞いてきた。


 「いや、俺は秋山と神崎の二人が来ないだろうと思っていたから行こうとしてたんだよ。これだけ人数がいれば不足ないだろう」

 「数は一人でも多いに越したことはないと思うよ、勇綺」


 神崎も俺に来いと言わんばかりにそんなことを口にする。


 「いや、でもなぁ…」

 

 俺が生徒会にいる目的、それは会長を見張っていることだけだ。そんなことに協力までする義理はない。


 「ねえ、来てよ!私達は部活を休んでまで行くんだよ!どうして部活にも入ってない勇綺が来ないの!おかしいよね!」


 秋山からそんな痛いところを突かれた。確かに部活動を休んでまでこの活動をしてくれようとしているメンバーがいる中で、俺が行かないのに罪悪感はある。しかし、俺は仮だぞ?それに俺だって帰宅部という立派な部活に所属していたんだぞ。


 「別にいいのよ…来たくなかったら無理になんて言わないから…」


 会長は来てくれないことに少し寂しそうにしつつも、そう言った。

 またこれか…会長はまた無理をしないでと一点張り。なんなら会長から「来なさい!」と言われるようなら行こうかなんて決心も付くんだろうけどな。

 会長は人が嫌だと思っていることは自分の仕事にしようとしている。その精神を直そうとしていない。


 「…やっぱり行きますよ、無理なんかしてないですからね」

 「そ、そうなんだ…。それならよかった…」


 会長にも気がついて欲しい、俺にもこういった意思があると。


 「それでは校庭まで行きましょう、そこで先生が待っています」


 全員で生徒会室を出て、校庭まで行くことになる。全員が前を歩いている一番後方で俺はついて行くように歩いていた。すると、神崎は歩くスピードを緩めて、俺の方を向いて話しかけてきた。


 「どう?会長とは上手くやってるかい?」


 何をどう上手くやってるなんて言えばいいのかわからない。


 「さっきも、会長は勇綺の分まで責任を負うようにしようとして、そんな会長が気に入らない、だから行くと決心してくれたのだろう」


 お見通しか…。


 「ありがとう、僕からも礼を言っておこう。勇綺のおかげで少しずつでも会長はいい方向へと傾いていると思うよ」


 そんな風に思えない。俺一人で会長に干渉できているなんて気はしない。


 「これからも、どうか頼んだよ」


 そう言ってから神崎は先を行った。


〜〜〜〜〜


 校庭まで出る、そこには昨日来た神田先生が待っていた。そしてゴミ拾いをして欲しいと依頼した町内会の老人の男女二名もいて、その人の案内のもと、ゴミ拾いをする場所へと移動する。

 少し話していた情報によると、最近やたらゴミが落ちているのが目立つなんて言っていた、そこで人手が欲しいとのことだ。

 

 一人一人に軍手とトング、そしてゴミ袋を数枚貰って、それぞれに場所を分担して決めて、ゴミ拾いを始めることにした。俺の担当は公園だった。


 それぞれが決められた担当の場所へと散っていった。

 俺は担当の公園へと着いた。確かに、ビニールや空き缶、タバコの吸殻なんかのゴミが目立っていた。

 ここの地域の公園なんて初めてきたが、こんなに汚れていたのか。


 仕方ないので、俺はゴミ拾いを始めた。分別して、一つ一つ拾っていった。

 こうした黙々とやる仕事は嫌いではない。

 


 俺は最初の10分くらいは真面目にやっていた。…しかし、そんな最中の途端に思ってしまった。なぜ俺はこんなことをしているんだと。一銭にもならないことをする意味などあるのだろうか?

 周りには子供や、子供連れの親子なんかが何人かいて、遊具で遊んでいる。ゴミ拾いをしているがてらにその親御さんから「君は音無おとなし高校の生徒?頑張ってるね」などの励ましの言葉なんかももらった。この近辺では、俺の在籍しているその高校しかないのでわかったのだろう。しかし、そんな言葉はかけてくれようとも誰もゴミ拾いの手伝いや協力をしてくれようともしない。

 いや、当たり前なんだ。頼まれてるわけでもなく、自分がやる仕事じゃないからだ。子供の面倒を見るので手一杯だからな。

 俺は、今この公共の場を綺麗にしようと思ってやっているんだ、自分の為ではない、ここを利用している人達のためだ。どうして俺がそんなことを…?


 急にどうでもよくなって公園にあったベンチに座り込んで「ハァ…」と溜息をついてしまった。

 別に掃除することが嫌なわけではない。どうして俺はこんなことをしているのだろうとどうしても思ってしまう。


 しばらく座っていた時、そのベンチから見えた草木の奥の公園の外にいた歩道を担当していた秋山がゴミ拾いをしている姿が伺えた。ゴミ袋にもそれなりに集まっていた。

 真面目にやっているんだなぁと感心しながら見ていたら、秋山はこちらに気がついて、目があってしまった。

 俺が視界に入るなり、秋山は少し怒ったような表情をして公園の入り口からこちらに向かってきた。

 やべえ…と思ったが見られていたのでもう手遅れだったので立ち上がらなかった。

 そして、駆け足で秋山はベンチに座っていた俺の目の前に来た。


 「ちょっと!何サボってるの勇綺!」


 座っている俺に立ったまま叱ってくる秋山。俺は目は合わせずに、秋山のその綺麗な引き締まった脚に目を向けていた。


 「いや、俺なんでこんなことしてるんだろうって」

 「えっ?どういうこと?」


 少し呆れ気味な口調で聞いてきた。

 この清掃が自分にとってなんの特にもならないのでやる気なんか起こらない。


 「こんなことをして意味はあるのか?」

 「意味って…それは、汚いより綺麗な方がいいじゃない」

 「それはそうだが、俺がそれをして何か得るものはあるのか…」

 「得るものって…そう言った損得でする仕事じゃないの!」

 

 確かに、その通りではあるのだが…。ねじ曲がった考えしかできないようだ。


 「町の人の気持ちを考えてさ、不快に思わずに使ってくれたらいいなとか。それに感謝されたら嬉しいでしょ?…それと、やり終えた後の達成感とかもあるじゃん」


 町の人のことなんかどうでもいい。自分がその一人だとしたら綺麗なことはありがたい。だがそれによって自分も得をするなんてことがわからない。感謝され、達成感があってもそれから得られるものを感じられない。


 「そんなもの…感じられない。どうしてそんなことを自分がしなくてはいけないのかの道理がわからない」

 「あのさぁ…そんなんじゃ社会に出ていけないよ?」


 胸に突き刺さる一言を言われた。俺も、立派にあの親父の血を引いているのかもしれないな…。


 「今は生徒会の一人なんだからさ、やろうよ」

 「でも俺、生徒会でもなんでもないんだ。仮なんだよ、秋山が決めたんだろ」

 「…じゃあさ、正式に入れてもらえばいいじゃない」


 そういうことじゃない。どこかに属したいなんて思わないんだ、その一員でもないのにさもその内の一人ですなんてことやってるのがおかしく思えてきたのだ。


 「会長はもう勇綺のこと生徒会の一員で仲間だと思っていると思うよ。龍介だって、絵美ちゃんだって、朱鳥ちゃんは…わからないけど。それに、私だってそう」


 秋山は照れている感じの声色でそう言った。


 「俺はそうは思ってないけどな」

 「えぇ!?なんで」

 「俺なんかみんなのこと何も知らないしそんな関係だとも思ってないから」

 「何も知らないって…そんなことはないんじゃない…?」


 いいや、俺は何も知らないんだよ。知ろうともしていない。

 そう、今日生徒会に来てからもそれを感じたのだ。


 「…俺は、生徒会のみんなみたいに会長と連絡を取り合う仲でもないからな」

 「…なんだ、そんなこと?」


 秋山は持っていたゴミ袋を地面に置き、右手だけ軍手を外して、制服のポケットからスマホを取り出した。


 「だったら連絡先交換しようよ、生徒会のメンバーのグループがあるから、まだ勇綺だけそこに入ってないからさ。入りなよ、みんな歓迎してくれると思うよ」


 …違う、今のは本当にそんなことが知りたくて言ったことなどではない。

 そういう流れになってしまったのは仕方ないのかもしれないが…。


 「勇綺?どうしたの?」


 こうして連絡先の交換なんて同級生とやったことがない。今のスマホには連絡先が誰一人入っていない。母親とは一度交換したが、機種変更をしてからまだ登録もしていないのだ。

 そんな何もない連絡機会でしかないのだ。


 そのグループへと入れてくれるのにありがたいとは思ったのだが、何故か拒否反応が出てしまう。誰かの連絡先が入ってしまうということはいつでも連絡を取り合える関係となってしまうのだ。それが嫌だ。常に気構えていないといけないその状況にいつも置かれると思うと変なプレッシャーがかかる。それなら入らない方が気が休まりそうだ。


 「いや、俺はいいから」

 「えっ?どうして?」

 「俺はやっぱり、そういう中には入れないんだよ」


 そう、生徒会というグループが存在している。そしてその中に一人、俺が入るというのがどうしても思い浮かべられないのだ。そのメンバーが生徒会であって、そこに俺がいてはいけないとしか思えないのだ。


 秋山は、スマホをポケットにしまって俺の左隣に座ってきた。

 えっ?どうして座ってくるんだ…?

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