第36話 感謝

 「どこだよ、言ってみろよ」

 「今話していた体操服を着た生徒とは同じクラスですか?」

 「ああ、そうだ」

 「仲は…いいですか?」

 「は?親友だぞ」


 よくも恥ずかしげもなく言えるもんだ。ただ、そんな関係だと確証は薄くなる。

 

 「…だがまぁ、最近まで喧嘩はしてたがな」


 喧嘩…か。それならまだあり得なくはないか…。


 「なんでそんなこと聞くんだよ」

 「その人の席はどこですか」


 依頼者の生徒は席の一番後ろの真ん中の席に手を置いた。

 

 「ここだが?」


 俺は、その生徒の椅子に座って机の中を調べてみた。

 教科書などが置いてあり、紙屑などで中はごちゃごちゃしていた。そしてその中を隈なく探してみた。


 「おい、まさかそこにあると思ってんのか」


 その言葉を無視して探していた。

 そう、恐らくここにあるはずだ。あの男、無くしたと言った途端、顔色を悪くして、挙動が変だった。あいつが盗んだという可能性が高い。

 多分、喧嘩していた時につい腹を立てて盗むようなことをしたんだと思う。売るか、自分の物にしようだの考えていたのかもしれない。…それか、悪戯のつもりで隠し、いつか返そうとしていたのだがタイミングを逃してしまったとも考えられる。

 あの男は教室を探すと言った途端、あからさまに動揺を見せていた。ここからは引かせようともしていた。なので、あいつの鞄や家などに持ち合わせてる可能性はなく、この教室内にあるはずと踏んだ。


 しかし、いくら探しても机の中にそれらしきものは見当たらなかった。

 そして机を探すのを諦め、俺は立ち上がった。


 「お前…俺の親友のこと疑ってるんじゃねえだろうな?」


 その、尖ったような鋭い目線に背中がピリピリした。どうやら見当違いなことをして怒らせてしまったか?こんなことをすべきじゃなかったのか…。


 その睨みつける視線に俺は顔を左に逸らし、教室の後方にあるその先に見たものにピンと来た。


 「そうだ、ロッカーだ。その生徒のロッカーはどこですか?」

 「お前、まだ疑ってんのか?もしなかったらどうなるかわかってんだろうな?」


 その言葉に恐怖を感じつつも、教えてもらったその教室後方の右端上段のロッカーの中を探してみた。


 ここにあるはず…というかあってくれないと困る…。

 立った状態で腹部にある、すぐ手が届くそのロッカーの中を開けて探した。左側には依頼者がこちらにガンをつけながら見ているのを感じる。中も教科書や要らないものでごちゃごちゃとしていて、中にはタバコの箱なんていうネックレス以前にあったら問題がありそうなものまで入ってるが、それは見ないフリをして中を物色していた。

 …そして、探し終わって俺は溜息をついた。


 「おい、やっぱりなかったんじゃねえのか?お前どう責任を…」


 俺は左手に銀色のチェーンに十字架のペンダントが付いたそれらしきネックレスを取り出して、目の前に見せた。


 「これ…じゃないんですか」


 それを見て、目を丸くしていた。


 「うぉっ、それだ!…な、なぜここに」


 そうだ…そんな信頼しきったような親友であろうがこういうことも起きるんだ…。完全に信用できる人物なんていやしないんだよ。


 「喧嘩した時、ついカッとしてやったんじゃないですかね。…返すに返せなくなってしまったのかもしれません」

 「あいつ…クッソ」


 その生徒は憤怒の表情を浮かべていた。

 そう、友達であろうとする奴でもそんなことをする奴はいるのだ。

 中学の頃だったか、ぼっちな俺に妙に接してくるお調子者がいた。最初は仲良くしようだの考えてくれていたのかもしれないなんて思っていた。うざったいとは思っていたが嫌いではなかった。そして、そいつはよく俺に借り物をしてきた、最初はペンや消しゴムなんてそんな物だった。しかし、一向に返そうとはしてこなかった。たかが、そんな物で返してほしいなんて当時の小心者だった俺は言えずにいた。それから、そいつは俺の乗っていた自転車を一度貸して欲しいと言った。一度だけならいいと思って貸したが、一向に返す気配がなく、俺はそればかりは返せと言った。しかし、その生徒は後で返すなど、理由を付けては返すことをしなかった。

 俺の母親にも事情を言って、一度その生徒の親とも対話する機会が作れた。その親が言うにはその自転車は壊してしまったと言う。そして、その代金は後日弁償すると言っていた。

 しかし、その代金が返却されるという話がいつまで経ってもなかった。そして、その生徒は俺には一切の断りなんかを入れずに転校していった。


 俺はその時、人と気軽に接してくるようなそんな奴でもそういった小汚い部分があるとわかり絶望した。それと同時に、大人の親である立場でも約束なんかすぐ破ると知って嫌気が差した。大人だろうと責任逃れする人間もいるのだとわかった。駄目人間な親とは俺もずっといたが、そんな奴らで溢れかえっているじゃないかと思うと本当に人に嫌悪しかなかった。

 今考えれば立派な犯罪なんだ。責任なんかは後先に考え、平気でそんなことのできる人間が嫌だ。そいつが特別クズな奴だったかもしれないが、どうして真っ当に生きていけないのか…それは、俺も一緒だがな…。


 そんなどうでもいい嫌な思い出を思い出しながら依頼者の生徒を見てたが、いつしか興奮が冷めていくように表情を変えた。

 

 「ま、いっか。こんなことで一々腹立てても仕方ねえしな」


 一瞬で態度を変えたような様子だった。急にどうしたと言うのだ?


 「俺も一度、あいつのゲーム借りパクしたことあったしな、お互い様だ」


 そんなことしてたのかよ…人のこと言えた奴じゃなかったな。

 依頼者の生徒はそのネックレスを元の入っていたロッカーの中へと戻していた。

 

 「戻しちゃうんですか」

 「ああ、あいつがどういった手法で返してくるか見ものだな」


 いい性格してやがるな…。


 「その親友のこと、嫌いになったりしないんですか」

 「あぁん?こんなことで嫌うならとっくに友達とかやっちゃいないんだよ」


 そうか…まぁ、そうだよな。嫌なことされようが、互いに迷惑かけようがそれでも仲良くできるのが友達ってもんなんだよな…俺は知らんがな。

 仲間内で争ってろなんて思ったが、こんな結末でつい鼻で笑いかけてしまった。


 「助かった、ありがとよ。そんじゃ、俺はもう行くわ」


 行くって…また生徒会室にまで戻るなんてことはないよな…。


 「どこに行くんですか?」

 「俺は最近新入生で可愛い子がいないかチェックしてんのよ、それが楽しみなんだ」


 なんだそれ…。しかしまずいな、このままだとまた生徒会室へとやって来る可能性があるな。注意を逸らすようにした方が良さげだな。


 「吹奏楽部に多いみたいな噂は聞いてますよ」

 「それマジか?初耳だ。よっしゃ、ちょっくら行ってくるわ」


 そんな噂聞いたこともないが、適当なことを言った。吹奏楽は今年新入生が多いとは聞いた。だから、いずれ東條のことは忘れているだろう。


〜〜〜〜〜


 それから俺は、生徒会室まで戻ってきた。

 ドアを開けると、東條は席に座っているままだった。そして、前には会長は戻ってきて自分の席へと着いていた。


 「影井君、話は東條さんから聞いてるよ。ご苦労様」


 会長は俺に対してそんな労いを言った。こんなこと、したくてしたわけではない。俺はドアを閉めてから自分の席に着いて弁解をしようとした。


 「それで、見つかったのかな?」

 「はい。ですが、勘違いしないで欲しいんです、行かなくちゃいけない状況だったから行ったんです。進んで行ったわけじゃないですから」

 「それも東條さんから聞いたの。東條さんを庇うために行ってくれたのね」


 そうか…庇うためと気がついていて、それも話していたのか…。

 俺は前にいる東條の方を見た。

 東條は前髪を右手で触りながら頬を赤くしてもじもじと身体を動かして照れた様子だった。

 それから、その前髪からチラッと見えるその目が合って、口を開いた。


 「…ありがとうございます…」


 東條は改めてもう一度感謝してきた。


 「優しいんだね、影井君」


 誰にでもこんなことをするわけじゃない。そんなに褒めないでくれ。俺は褒められるのが苦手だ。褒められるということは何かを成し得た時だ。ということはそれを称賛され、この次も期待しているということになるんだ。やめてくれ、俺は期待を裏切ることしかできないような男なんだよ。


 「それでさっき先生と色々話していたんだけどね。実は、明日町内のボランティアでゴミ拾いをしないかって話なんだけど…二人は来てくれるかな?無理になんて言わないけど…」


 ゴミ拾い?

 ボランティアなんて言葉は嫌いだ。なんのメリットにもならないだろ。


 「…私は…大丈夫です。行けます」


 東條はそう言った。二日も部活を休んでも平気なのか?


 「本当?部活はいいの?」

 「はい…大丈夫です…」


 会長は俺の方に顔を向ける。

 正直やりたくない。まだ仮だぞ?なんだか本当に生徒会の活動みたいじゃないか。


 「やりたくないなら本当にいいの、人手が欲しいみたいなんだけどね…でも、その分私が頑張ればいいから…」


 俺がいない時のことを考えてみる。会長は一人、どこまでもゴミが集まり切るまでやり続けるのかもしれない。そこまで頑張るような必要なんてない。止めるためにも行くべき…なのかもしれない。


 「…わかりましたよ、やりますよ」

 「本当に?…ありがとう、とても助かるわ…」


 会長は嬉しそうな笑顔をしていた。仕方ないが、やるしかないだろう。

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