第31話 選定

 「よーし!ちょっとだけ自信出てきたよ〜でもぉ、もし振られたら、立ち直れないと思うんだぁ。その時は霧島さん、お、俺と付き合ってくれる?」


 何を言い出すんだこいつは…。冗談だろうがこんなこと唐突に言ってきたらそりゃ気持ち悪いとしか思わないだろう。


 「それはちょっと無理かな〜。だって、私はみんなから愛されるアイドルでいなくちゃいけないんです。独り占めすることはノーです!」


 上手いこと言いくるめたな…。


 「えー、そうなのー。うーん」


 不満げな顔をしていた。冗談ではなく本気で言っていたのか?だとしたら相当の自信過剰だな。そして、長谷川は視線を霧島から会長へと変えた。


 「じゃあ生徒会長さん、あなたでもいいですよ」

 「えっ…わ、私…?」


 長谷川は急に標的を会長へと変えた。

 会長は突然自分に話を振られたので少し戸惑っていた。

 

 「ごめんなさい…。そんな軽い気持ちで付き合うことはできないの…」


 会長は珍しく俺に意見を求めるような視線を送ることもなくすぐに断っていた。

 よし、いいことだ。俺なんかに意見を求めなくてもそうやって毎回、即時に断れるようになってほしい。

 まぁそんな大事なこと、軽い気持ちで聞き入れる方がおかしいからな…。


 「それじゃさぁ、デートでもいいですよぉ。俺としてくださいよー」


 わけがわからない。付き合うことは無理だと今言ったばかりだろ。


 「え…?デート?…デートかぁ…。あのね、恥ずかしいんだけど、私まだ、そんなことは疎くて…」


 そうなのか、そういえば彼氏がいるなんて聞いたことがなかったな。…いや、そうではなく、それもすぐに拒否すべきだ。そんなことここで発表しなくともいい。


 「えっ?!会長って彼氏いたこととかないってことですか?」

 「え、ええ…」


 霧島も意外そうにしてそんなことを聞いていた。

 でも本当に意外だな、会長に彼氏がいなかったなんて。告白されたら断れなくて付き合ってしまうのではないかなんて思ってもいた。


 「でもぉ、聞いたことありますよぉ?ここなら会長がなんでもしてくれるって。会長は一度デートの練習をしてみたいって頼んだらそれに付き合ってあげたって噂も聞きましたよ」


 デートの練習…!?長谷川のその発言に驚き、会長の方を見る。


 「あの…そ、それは…」


 会長は俺のどうしてそんなことを…という視線に気がついてか目を泳がせながらあたふたしていた。

 そんなことまでしていたのかよ…。そんなもの、もういいように使われているとかそのレベルではなくなってくる。


 「なんですかそれ!デート!?頼まれたからしたんですか?」


 霧島は興味津々で聞いてきた。


 「その…頼まれちゃったものだから…。その生徒は彼女がいるのだけどデートをしたことがないって言うから、ちゃんとエスコートすることができるのか心配ってことになって…私は的確なアドバイスとかを送ることができなかったの。だから、一度一緒にデートの練習をして欲しいと言われてそれに少し付き合っただけで…」


 その生徒が本当に彼女なるものがいたのかも確かめたのだろうか…ただの下心だけでそんなことをされただけではないのか…。


 「で、でも、デートと言っても二人きりで待ち合わせをして外に出かけて話したりしただけだから…」


 それを立派なデートというのだと思うぞ。本当にそれ以上のことはされていないだろうな…。なんだか心配になってくる。


 「会長すご〜い。普通しませんよ、そんなこと」


 霧島は少し小馬鹿にするかのような言い方だった。しかし、それが正しい反応だ。


 「一生懸命頼まれたんだもの…断れなかったから…」

 「頼まれると断れないんですね…?それなら会長、告白されたこととかないんですか?」

 「…何回かは…あったけど…」

 「その時も真剣に頼まれたりしなかったんですか?それで付き合ってあげようなんて考えはなかったんですか?」

 「その…」


 俺も聞きたかった質問を霧島は代弁してくれた。

 そして、会長は顔を赤くして照れながら噤んだ口を開いた。


 「そ、そういうのだけはしっかりとお互いのことをちゃんと理解してからがいいかなって…だからそう簡単には受け入れることはしてこなかったの…」

 「あははっ、会長照れてる、かわいい〜。そんな乙女なところがあるんですね!」


 そう言われると更に顔を赤くして照れていた。

 あまり上級生をからかうなよ、と言いたいところだったが照れる会長が可愛かったので今はよしとしよう。


 「わ、私のことはもういいの!話を戻しましょう…。その…どうして私とデートしたいのかな?」


 いや、ここは理由を問うところではないだろう。できない、と一言いうだけでいいところなのに。


 「今言っていたその相談に来たって人と同じでぇ、好きな子と付き合えたとしますよねぇ、今までデートした経験がないんですよぉ、だから予習としてまずは会長とデートして、どのようにすればいいかって教えて欲しいんですよぉ」


 どうして付き合える前提なんだ、そんな理由が通るわけないだろう。


 「それは私でないと駄目かな?」

 「会長さん、すごくかわいいじゃないですかあ。嫌いな人なんていませんよ」

 「そ、そうかなぁ…でもありがとう…。長谷川君はその…どうして彼女が欲しいのかな?」


 その質問もおかしいだろ…。だが、会長もすぐ引き受けずに理由を問うようになったはいいことではあるが…。


 「俺だって人並みの恋愛をして、青春を送りたいじゃないですかぁ」

 「そ、そうだよね…」

 

 会長はこちらを見てくる。もしかして了承してもいいのかと判断してるのか?駄目に決まっているだろう。いい加減わかってくれ…。

 それをわかって欲しいがために首を大きく横に振った。


 「…ごめんなさい、デートはできないの。それにまだ長谷川君に彼女ができるかもわからないじゃない?」

 「できるわけないじゃないか!俺に彼女なんか!振られるに決まってる!だからお情けと思ってデートしてよ!」


 こいつ開き直りやがった。元から告白が成功するなんて思ってもいなかったんだろう。これを頼むことが最初からの目的だったのではないかとも思えてきた。


 「それにさぁ!会長は頼まれて一度デートしたんでしょ!なら俺ともしてよ!不公平じゃん!」


 何をもって不公平だと言うんだこいつは。


 「そ、それは…」


 会長は俺の方を見る。もはや助けを求めるかのような視線だった。俺は軽く溜息をつき、そして長谷川の方を向いた。


 「長谷川、元の相談事から逸れてるぞ。デートとかそんなこと、今は関係ないだろ」

 「関係な…それよりお前誰だよ」


 今更存在を認知したのか。そしていきなりお前呼ばわりか…。


 「仮生徒会役員だ。本来の相談事はもう済んだだろ、さっさと帰ったらどうだ」

 「生徒会〜?冴えない顔してるお前が〜?」


 お前に言われたかない、顔とか関係ないだろ。


 「告白のことはもうどうだってよくなった。生徒会長さんとデートしたい!それだけ!」

 「会長にも選ぶ権利があるんだよ、それぐらいわかっておけ」


 デートした相手がどんな奴かしらんが、こんな奴よりはマシな奴だっただろう。


 「そんな差別するようなことは…思ってないけど」

 「ほら!生徒会長はこう言ってる!お前にとやかく言われたくない!」

 

 どうして庇ってしまうんだ…。会長も人を傷つけたくないのだろう。会長もまた、その擬似デートをするくらいなら問題もないと思っているのだろう。だがすまない、会長の名誉の為でもあるんだ。このまま会長がただの安い存在だと思われては困るんだ。そういった変な噂が拡大してしまうわけにはいかない。

 こいつはしつこそうだな。簡単に引いてくれる気もしない。何かキツく言えば会長がすかさずフォローしてきて意味がなくなりそうだ。

 ここは、会長自らの言葉で断ることをしてもらいたい。

 

 …俺と会長はまだ短い付き合いでしかない。それでもやっぱり、会長にとっては今日初めて会って話したであろうこの長谷川という生徒と俺を比べた時、俺の方を選んでほしいんだ。その気持ちを確かめたい。


 「会長は前とは気が変わったんだ。俺の意見も取り入れるようになったんだ」

 「嘘だ!お前のような誰かもしれない奴の言うことを聞くか!」

 

 そう言い放ってから俺を睨んでいた。そして何かに気がついたように表情を変えた。


 「…ん?思い出したぞ、お前いつも一人でいる奴じゃねえかぁ?クラス一緒になったことねえけど友達に聞いたことあるぜ。俺も一人でいるところを何度か見たことがあるぞ」


 こんな奴でも俺は認知されているのか。孤独でいることもかえって目立つことがあるんだよな。


 「お前みたいな誰からも好かれてない奴の言うことなんて生徒会長が聞くはずないだろぉ?」

 「…会長…!」


 俺は会長をの方を向いて目を見つめた。今までは目を合わせてもすぐに逸らすか、顔の付近に目を寄せるだけで、しっかりと目と目を合わせることもなかった。俺は、今までないほどの思いを伝えるような熱い視線を会長へと送った。気恥ずかしいけどそれでも耐えて俺は見つめ続けた。

 俺は何も言わずにいた。と言うよりは何も言えずにいた。こんな真正面を向いて何かを伝えることも俺にはできなかった。巧みな言葉で説得するようなこともできない。だが、会長は言っていた、言葉にすることだけが気持ちを伝えることではないと。俺のこの行為だけでも俺の気持ちを汲み取ってほしい。

 会長はもう、自分の意思で理由がなかろうと拒否をするということを選んでほしい。


 そして、会長は目を瞑り、頷いてくれた。それから目を開いて長谷川の方に視線を向けた。


 「その…うん。私はもう考えを変えたの。だからもう、そういうことはできないの…」


 俺は表情には出さなかったが、そう答えを聞いて、心の中で歓喜していた。


 「うそ…だ。こんな奴の言うことを聞くのかい!」

 「お前は…誰ともしれないそんな奴以下ということだ」

 「う…嘘だ、嘘だー!」


 俺がそう言うと、長谷川は頭を抱えながら悶えていた。

 見下していた相手以下だと思った時の絶望感はさぞ凄まじい物だろう、かなり効いてるみたいだな。

 会長もよく判断してくれた。俺の気持ちを選んでくれたのがただ嬉しい。

 

 

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