人嫌いの俺はお人好しの生徒会長から面倒を見られて困っている

第32話 勝負

　長谷川は頭を抱えながらも生徒会室から出て行く様子がなかった。もう帰ってくれればいいのだが…。

　「どうして俺がお前みたいな誰からも好かれていない…興味も持たれず必要とされていないような奴に…納得いかない…！」

　まだこんなことを言うので、俺はこう言い返した。

　「お前の方こそ、異性の誰からも好かれたことがないんじゃないか？だからこうして会長の優しさに付け込むような真似をすることしかできなかったのだろう」

　厳しく言ったが、これくらい言わないと心を折って退散してくれないだろう。俺も人のこと言えるほどの経歴なんてこれっぽっちも持っていないがな…。

　「俺は異性に好かれたことくらいある…。あ…る。だってさっき霧島さんは俺を褒めてくれたんだぞ」

　あれはきっと本心から言った言葉ではないはずだ。あの程度で褒められ、好かれていると思っているのが愚かだ。霧島がサービス精神で対応してるとも知らずに…それを霧島からも伝えてやってくれ、そして現実を突きつけろ。

　「だよねえ！霧島さん！俺に好感もってくれてるよねえ！」

　「はい！その通りですよ！素敵な方だと思います！」

　「ほら見ろ、こう言っている！俺だって好かれることくらいある！」

　…おい、どうしてそっちの肩を持つ。一体どっちの味方なんだよ。…いや、元々こちら側に味方してくれるだなんて保証はなかったが…。それよりも、今のは別に好きとかそう言った回答はしていない気がするが…。

　「…生徒会長〜考えを変えてくださいよぉ」

　まだ粘るのかよこいつ…。

　霧島が変に調子づかせるようなことを言うからだろ。その霧島の能天気にニヤついている表情が少し腹立たしくなった。何も深くは考えずに、いつもこんな適当な受け答えばかりしているんだろ…。霧島は今日初めて会うこの長谷川なんかに好意や興味なんて向けてるはずがない。こいつは人の名前もろくに覚えていないような———。

　そうだ…。俺は一つだけ思いついた。

　「霧島、本当にこいつのこと素敵だとか思ってるのか？興味深いような人間とでも？」

　「当たり前じゃないですか〜」

　「それなら、ここへ来てからの長谷川の発言した内容を全て覚えてるか？」

　「それほど喋ってませんでしたよ、覚えてるに決まってるじゃないですか」

　それを聞いて、俺は長谷川の方へ視線を向けた。

　「長谷川、勝負だ。お前が負けたら今すぐここから立ち去れ。勝ったら…会長、すいませんがデートに付き合ってあげてください」

　「え…？い、いいけど…」

　会長は、状況はあまり理解してないようだが同意してくれた。

　「はぁ？勝負だ？一体何をしようってんだ？」

　「お前が本当に好かれていて、興味を持たれているような人間かを確認するんだよ。…今から霧島が知っているはずの長谷川についてのある一つの問いを出す。それに霧島が答えられなかったらお前の負けだ」

　「へ〜いい自信だな。その質問ってのは一体なんだよ。内容次第では勝負は受けられない」

　「名前を聞くだけだよ、霧島にお前の名前を覚えてるのかを試すだけだ」

　「フフ…そんなもの覚えてるに決まっているだろ、お前はすぐに後悔するはずだ」

　俺は、突然始まった勝負にキョトンとした顔をしていた霧島の方を向いた。

　「霧島、こいつの名前を言ってみろ」

　「…名前って…長谷川さん…ですよね？」

　「下の名前だよ」

　「下の…あははっ、い、言ってましたっけ？」

　「…ああ、言ってた。俺は覚えてる」

　そう、言っていたんだ。こいつは確かに長谷川『風太』とフルネームを名乗っていた。俺は普段から他人の名前を覚えようなんてしない、それでも風太という名前には印象があり覚えていた。なぜかと言うのはその名前は昔、過去一度だけ飼っていたペットのハムスターに、俺の姉がつけた名前が『フウタ』だったのだ。そのせいか俺は妙に記憶に残っていた。

　霧島は右手で顎に触りながら難しい顔をしてかなり悩んでいるような素振りを見せていた。

　どうやら俺の見込みは正しかったようだ。霧島が東條や元副会長の名前を即座に思い出せなかったのはそういうことだ。物覚えはあまりよくない方なのだろう。特に名前なんかは仕事柄、結構な人数の人間に会ってきてるんだ、ファンなんかからも名乗られているからごっちゃになることだってあるのだろう。

　「名前…名前…あ、あれですよねーあはは…」

　霧島は、すぐに思い出せないことをはぐらかしたような笑顔をして長谷川の方を見ていた。名前や自分のことを覚えてるかなんて聞かれた時はいつも、こんな態度をとって誤魔化していたのだろうな。

　そして霧島は再び考えてからハッと思いついたように顔を上げた。

　「名前！思い出しましたよ！確かにさっき名乗ってたのを覚えてます！」

　本気で思い出したかのような表情をしながらそう言ってこちらを向いた。

　「ほらな〜やっぱり覚えていてくれたんだよぉ」

　「影井先輩、本当にいいんですか？当てちゃいますよ？長谷川先輩も期待してくれてるんで嘘はつけませんよ？」

　「ああ、正直に答えてくれ」

　霧島のこの自信、本当に思い出してしまったのかもしれない。…その時はその時だ、今更引き返せない。

　「それでは言いますよ？」

　霧島は軽く息を吸って溜めてから、その名前を言った。

　「名前は〜『ユウキ』！ですよね！」

　それを聞いて俺はつい、フッと吹き出してしまった。そして思わず笑いそうになり口元を手で隠した。

　「ユウキ！そうですよね！長谷川先輩！」

　霧島は当てたのだと確信したようにニコニコして長谷川の方を見るが、長谷川はものすごい苦い顔をしていた。

　「…そ、そうだよ、俺はユウキだよ！正解！」

　苦し紛れにそう言った。すぐわかるような嘘をつくなよ…。

　「おい、嘘をつくな」

　「えっ！？違いましたか？」

　霧島はこちらを向いて驚いた表情をしていた。

　「霧島…ユウキってのは俺の名前だ」

　「えっ？あっあははは、そ、そうだったんですねー！はは、ははは…」

　霧島はそう言いながら渇いた笑いをしていた。

　そして、へこんだ表情をしながら長谷川はゆっくりと立ち上がり、生徒会室から出ようとしていた。

　「長谷川先輩？帰っちゃうんですか？」

　霧島がそういうと長谷川は立ち止まった。

　「潔く帰らせてもらうよ…」

　「結局なんの相談をしに来てたんでしたっけ？」

　「好きな人に告白しようか迷ってたことだよ…もうどうでもよくなったよ…」

　「あ、そうでしたね…！」

　霧島はそのドアの前に立っていた長谷川の方へと向かい、嫌な顔せず笑顔で右手を両手で握っていた。

　「頑張ってください！当たって砕けましょう！」

　意味がわかって言ってるのだろうか…。だが、先程までの確実に成功するなんて保証のないことを適当に言う方が酷なことだがな…。

　長谷川は手を握られたことに動揺して顔を赤くして霧島の方を見つめていた。

　「…好きです」

　長谷川はボソッとつい口が滑ったように告白をしていた。

　「ありがとうございます！好きだって言われることは誰から言われても嬉しいので大歓迎です！」

　「よし！頑張る！そして砕けてくる！」

　さっき告白はどうでもよくなったとか言ったばかりなのに咄嗟に態度を変えた、ちょろい奴だな…。　

　そして、張り切りながら長谷川は生徒会室を出ていった。

　それから、霧島は自分の席へと戻った。

　「なんか変なことに巻き込んですまなかった」

　「別にいいですよ、楽しかったですから」

　楽しかったのか…。だがまぁ、本当に不快な思いとかはしてなさそうでよかった。

　「それよりも…なんかすごいですね！影井先輩、まだ生徒会入ったばかりなのに、あんなにまで会長と以心伝心できてるなんて！」

　以心伝心？…ああ、俺と会長が合図を取っていたことや言葉にしなくても気持ちを伝えようとしていたことに気がついていたのか。

　「あれはね、影井君の指示をもらっているの。私が不甲斐ないから、その相談事の頼みを引き受けていいかどうかを確認してもらっているの」

　不甲斐ないだなんて…自分のことをそんな風に思ってほしくはない。

　「会長にそこまで意見ができて…なんだかすごいですね！なんか影井先輩に興味湧いてきました！次に誰か来るまで先輩とお話しててもいいですか？」

　なぜか変に興味を持たれてしまった…。

　話なんてしたくもないのに…できればこいつとは関係を持ちたくない。