第30話 ポジティブ

 「それでは今日は以上です。お疲れ様でした」


 その日の報告は終わり、秋山、神崎、東條はそれぞれ立ち上がり、部活へと行こうとしていた。


 「ええっ!?皆さんもう帰ってしまうんですか?」

 「ごめんね、朱鳥ちゃん。部活行かないと…」


 秋山は鞄を右肩にかけながらそう言うと、霧島は秋山の方へ近づいて両手で両手を掴んだ。


 「え〜〜!?私せっかく来れたんですよ〜残ってくれないんですか?」

 「ありがと、でも部活休むわけにもいかないからさ…また今度ね」

 「え〜すごく残念ですぅ…。また、一緒に遊びにいきましょうよ!他の友達より秋山先輩といる方が楽しかったんですから」

 「そうだね…でも、朱鳥ちゃんのスケジュール次第じゃないのかな?」

 「ですよね…当分は無理かもわかりません…」

 「またいつでも会おうよ、連絡もするから」

 「はい…また今度ですね!」

 「うん、バイバイ」


 そう言って霧島は両手を離し、秋山は左手で霧島の頭を軽く撫でていた。そして、互いに手を振りながら秋山は生徒会室から出て行った。

 なんだか随分と霧島に懐かれているみたいだな…秋山。


 「それでは僕も部活へ行ってきます、さようなら」


 神崎も生徒会室を出て、後を追うように東條も軽く会釈をしながら出て行った。


 「あーあ…つまらないの…もっとみんなと一緒にいたかったのになぁ〜」


 霧島は席に座って落ち込みながらそんな愚痴を言った。


 「霧島さんは帰らなくてもいいの?」

 「はい、今日はもう少し残ろうかなって思います」


 こいつ、まだ残るのかよ。それなら俺は残る必要性もなくなってくるな。…まぁ毎日という訳ではないだろうからな。


 「影井先輩も残るんですか?」

 「…ああ」


 霧島からそんなことを聞かれたので、肯定する。そして会長の方を見ると嬉しそうに笑顔を見せていた。


 「へ〜なんか意外ですね。聞いていた印象とは少し違いました」

 

 俺をどういう風に想像していたのか…。それでも意外に思われるような人物だってことは自分でも間違いないとは思うがな。


 「…それで、何かするんですか?」

 「相談者がいるならここに来るのだけれど…」

 「あ〜、たしか悩み相談なんかしてるって言ってましたね。…来なかったら何をするんですか?」

 「目安箱の要望を応えるぐらいしか…」

 「そんなものもありましたね。ちょっとそれ見せてもらってもいいですか?」

 「ええ、構わないわ」


 会長は廊下から持ってきた目安箱を霧島は手にして、中身の紙を見る。


 「なんですかこれ?要望というよりどうでもいいことばかり書いてますよ?」


 そうだろうそうだろう。霧島が正しい。


 「これ全部解決しに行くんですか?」

 「ええ、やるべきなのはやろうかなって」

 「へー…大変ですね」

 

 他人事のように言いやがって。霧島が今から行ってくればいいだろうなんて言おうとしたが、さすがに言うことができなかった。


 「他にやることはないんですか?」

 「うーん…後は書類整理をするくらいかな。暇があったら学校に不備がないかとか汚い所は掃除したり、後は生徒達を観察するくらいしか…」

 「えー、なんか面白くないですね…。私が生徒会に入ったからにはもっと楽しく学校を盛り上げようとしたいんですけどねぇ」


 だから、学校にも生徒会にもそこまで来ないような奴がよく言うな…。


 …それから、なんだか生徒会室の外からざわざわと物音が聞こえてきて、ドアの方を見ると数人の人だかりがドアのガラス越しから確認できた。


 「外が少し騒がしいけど何かしら?」


 そう言って会長はドアの方へ向かい、ドアを開く。

 そこには二年の男子の一人を筆頭にして後ろに七、八人ぐらいの男女数名がいた。


 「あの、霧島さんいますよね」

 「ええ、いるわよ」


 そうして会長はこちらへと視線を向け、その生徒らは霧島の方へと注目を集めていた。


 「どうかしました?私に何か用ですか?」

 「生徒会にいるという噂を嗅ぎ付けて、ここへと来た次第です。僕は霧島さんのファンです!後ろにいる人も一目会いたいと思って来た方々です」

 「あ!そうだったんですね!」


 霧島はファンだとわかった途端、生徒会室には入らずにドアの向こうの方にいるその生徒達のところへ向かった。

 そして、そこにいた生徒達に丁寧に受け答えをしていた。握手やらサインを求められたりもされている。色々な質問をされているが、それに嫌な顔せずに笑顔でみんなへと会話をしていた。そして、この騒ぎに便乗したように、さらに後ろに数人の人が集まり始めていた。


 俺はこの状況に気分が悪くなり、さすがに耐えられなくなって立ち上がり、自分の席に戻っていた会長のいる窓際の方へと行き、会長の後ろに隠れるようにして腰を低くして、窓の外を見ながら身を潜めていた。


 「影井君…?どうかしたの…?」

 

 後ろにいる俺に対して会長は体をこちらに向けて聞いてきた。


 「…いや、窓の外見てるだけでなんでもないですから。気にしないでください」

 「そ、そうなんだ…」


 会長は不思議そうにしながらも詳しくは聞かずに体勢を戻して、机に向かって自分の仕事に取り組んでいた。


 この感じも久しくなかったが、無理だ。霧島から醸し出す陽の気に帯びたものに当てられた感じだ。人がわんさか集まって来て吐き気がしてくる。

 俺なんかが生徒会として霧島と同じところに所属していると知れ渡るだけでも冷たい視線を送られるかもしれない。今はこうして身を潜めていよう。


 そして、数分が経ってからその生徒達は去って行った。霧島はドアを閉めてから自分の席へと戻る。


 「は〜なんか疲れました。学校でもこんな対処を取らなくてはいけないことに少しうんざりしますよー…」

 「霧島さん、学校でもこんなに人気あるんだから、大変だよね…」

 「クラスにいるときでも時々あるんです。本当にもう、みんなから好かれちゃってるみたいで困っちゃいますよ〜」


 それ、自分で言ってしまえるのがすごいな。嫌なら無視すりゃいいが、そう言うわけにもいかないんだろうな。たとえ学校であろうとイメージは大切に守っていた方がいいだろうしな。


 「あれっ?影井先輩そんな所で何してるんですか?」


 しまった、霧島から遠ざかりたくてついこのままの体勢でいた。

 その言葉に反応したように俺は立ち上がって自分の席へと戻った。


 「何してたんですか、先輩」

 「別に、何も…」


 それから束の間、生徒会室をノックする音がしてからドアが開く。そして、少し太めの二年の男子が入ってきた。


 「失礼しま〜す」


 その生徒はドアを閉めて少し前を歩いた。


 「あの〜相談事が〜…って霧島さん!?いたのですか!?」


 その男は相談者のようだ。霧島を見るなり驚いていた。


 「今日はたまたま仕事が休みなんですよ、ついてますね〜」


 それ自分で言う?


 「そ、そうなんだぁ。嬉しいなぁ」

 「相談事があるのでしょう?そこへ座って」

 「あ、はーい」


 その男はニヤニヤとしながら軋む音を立てながらパイプ椅子に腰掛けた。

 霧島に気を取られてか、俺については一切触れられない。


 「自分は二年三組の長谷川風太はせがわふうたと言います。実は好きな人がいましてぇ…。でも…告白する勇気がないんですよぉ。どうしたらいいですかねえ」

 「うーん…そうなんだ、どう答えてあげたらいいのかな…」


 ただの恋愛相談みたいだな。普通に答えてあげればいいさ。


 「告白したらいいじゃないですか?」


 会長を差し置いて霧島は一言でさらっと言った。話聞いていたのか?こいつは勇気がないって言ってるだろ、そんな簡単な問題ではない。


 「振られた時のショックを考えるとどうにも言い出せなくてえ」

 「大丈夫ですよ、振られないって思えば言えるはずです」


 そんなわけあるか。今の発言からして本人は振られるだろうと思ってるんじゃないか。それがわかっていて告白しようとしているのだろう?わかった上でどうしたらいいのかと聞いてるっていうのだ。


 「でもぉ、俺かっこよくないしー、振られるかもしれないんじゃないかなぁって思うんだ」

 「そんなことないですよぉ、かっこいいですよ」

 「えぇ?ほんとぉ?フフ…フフフ」


 それはないと思う。お世辞にもかっこいいと言える容姿はしていない、適当なことを言うなよ。それでも長谷川は満更でもないような顔をしていた。

 霧島はこの手のタイプの人間に慣れているようだな。


 「でも本当?本当にかっこいいなんて思ってるう?」

 「当たり前じゃないですかー。その笑っている顔も素敵です」

 「でもさぁ、俺さぁ、性格も根暗なんだよ。相手に嫌われてないか心配でえ」

 「大丈夫ですよぉ、性格なんて気にしない気にしない。あなたのいいところはちゃんと見られてると思いますよ」


 どこにそんな保証があってそんなことを言うのか。


 「でもねえ、その子に一度俺のことどう思うかーって冗談半分に聞いてみたら、気持ち悪いって言われたんだ。さすがにその時は傷ついたよ〜」


 もう既に、直接そんなこと言われたのかよ…それでもまだ告白しようとする気力はどっから湧いてくるのか…。


 「それ聞いたのはいつ頃ですか?」

 「え〜っとぉ、一週間くらい前だったかなぁ」


 いや早いな、どうしたらそんな短い期間で告白にまで至ろうと思ったのか。


 「そうなんですかぁ、なら大丈夫ですよ。その頃の評価が最悪だったんなら、今は少しでも可能性は上がったってことでしょう?いけますいけます!」


 なんだか酷いこと言った気がするぞ、そして可能性が上がったなんてなぜ言い切れるんだ。根拠がどこにもなさすぎる。どう考えても無理だろ、スパンが短すぎる。


 「今までモテた試しがないんだ〜。昔からこの体型でさぁ。足も遅くてさぁ、みんなに笑われてばかりだったよ」

 「えぇ、いいじゃないですか〜。大きくてたくましいのはいいことですよ〜、強そうで守ってくれそうで頼もしく見えます!走るのが遅いっていうのは、女の子のペースに合わせることができるってことですよね?きっと優しい方なんですね!」


 物は言いようでしかない。この霧島という人物が大分わかってきた。どんなことでも良い方へと捉えたがるポジティブな考えなのだ。それが本心で言ってるのか知らんがよくもまぁこんなスラスラと適当なことを言えたものだ。

 物事をいい方向へ捉えるのはいいことだろう。ただ、すぐに悪い方向へと考えることしかできない俺とは正反対だな。

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