第29話 初対面

 次の日の放課後。

 俺は今日は迷わずに生徒会室に行こうと考えていた。しかしだ、何故だろう…すんなり行こうという気分になれない。これで真っ先に行くようなら俺が進んで生徒会に来たいのだと思われるんじゃないだろうか。それは嫌だ、あくまでも俺は嫌々来ているのだと思っておいてほしい。会長には変に頼られる存在みたいになるのも困る。


 しばらく座っていた、そして秋山の方を窺っていたが、俺に何も言わずに教室から出て行ってしまった。もう、俺が普通に生徒会に来るものなんだろうと思っているんだろうな。


 俺はもう、生徒会に行くのが嫌とかそんなのではなかった。ただ、俺は何か理由がないとその行動に意味を成せないのだ。その行為が俺の有益になることなのだろうかといつも考えてしまう。

 生徒会に入るメリットとしては、それが肩書きになって将来的に役立つこともあるのだろう。ただ、俺の場合そんなものがあっても他に特質したものもないし、それだけでは意味はないだろう。それに使える機会もあるかどうか、それ以前に仮の時点でまだ正式なものでもないんだ。

 俺はなるべく面倒なことには関わらず自分のしたいことをする時間を作るようにしてきた。生徒会に行くことが自分のしたいことなのだろうか?俺は会長がヘマしないかを見守るという意義がある。それが俺の何かの役に立つのか?そもそも、それを行う必要は必ずしもあるわけでもないのだがな…。

 誰かの為に何かをするなんてことが今までしてこなかった。誰かの役に立てること、それが嬉しいと感じることもなかった。それでも、会長の笑顔…あれを見てるだけで俺の心の奥底で湧き上がるようなあの感覚はなんなのだろう。

 正直、俺はもうこちらから会長に会いたいという気持ちができてしまったいた。これはもしかして好意の気持ちなのかもしれない。

 …駄目だ駄目だ、そんな気持ちは閉まっておこう。どうにもならないことはわかっているだろう。そうなる前に合わない方が逆にいいのかもしれない。…しかし、神崎じゃないが俺も会長の悲しんでいる顔は見たくない。俺が突然来なくなるようなことになればまたそうなってしまうのかと思うとできない。俺もあの会長にかなり感化されてしまったのだろうな。


 そして決心し、俺は立ち上がりゆっくりなペースで生徒会室まで行った。あくまでも嫌々なんだぞということを知らしめすためにもだ。

 

 生徒会室まで着いて、ドアを開けるとすでにいつものように四人が揃っていた。会長の方を見ると俺の方を見て、あのいつもの優しい笑顔を見せていた。


 「今日もよろしくね、影井君」

 

 それに、俺は小さく会釈をした。

 あの笑顔を見るためなら俺はここに来るのも吝かではないと思った。


 ドアを閉め、自分の席に着く。

 俺が席に着くなり、ガラッと大きな音をたてて、物凄い勢いよくドアが開いた。


 「みなさ〜〜ん!お久しぶりです!」


 ドアが開くのと同時に元気よく室内に響き渡るほどの大きな声を発する一人の女子生徒が入ってきて、机の前までやってくる。

 …なんなんだ?相談者かと思ったがそうでもなさそうだ。


 「霧島さん、今日は来てくれたのね…!」

 「はい!会長、お久しぶりで〜す。今日は仕事が休みなんで来れました!」


 霧島…?そうか、これが五人目の生徒会役員っていう…。

 俺はその霧島の顔に視線をやる。これがアイドルでモデルの…。

 くりっとした目をして顔立ちがはっきりとしている。髪はセミロングで薄めの茶髪に染めていて、ハート模様のヘアピンを右側の髪に留めていた。そして制服越しでもわかるスタイルの良さだ、スカートの下からはスラッとした脚が見える。いかにも今風なアイドルって感じのオーラを放っていた。確かにこんな学校なんかではお目にかかれないほどの美人だ。…ただ、俺の好みってほどでもない。これなら俺は会長のほうが…いや、なんでもない。


 この学校に、そして生徒会にいることを知ってから霧島のことを軽く調べた。確かにi.veningイブニングという五人組のアイドルグループに所属していた。センターでもなく、リーダーな訳でもないが、グループ内では一番人気があるとか。活動を始めたのは約1年前からで、音楽番組にも何度か出るくらいの人気はあるらしい。ただそれでも、そこまでメジャーなグループでもない。

 霧島はモデルとしても活動していて、髪型なんかはその時調べて見たのとは違うが、確かに顔は本人そのものだ。

 有名人を生で見かけたのはショッピングモールなんかで偶然イベントをやってるところをチラッと見る程度のことしかなかった。そんな部類の人物が今ここで、こんな間近で本当に同じ学校にいるのかと思うと結構凄いことなのだと今更になって実感してきた。

 

 「朱鳥ちゃーん!会うのは久しぶりだね!」

 「秋山先輩〜!会いたかったですよ〜」


 秋山と霧島は互いに手を振り合っていた。ここまでに仲良くなっている関係だったのか。


 「朱鳥ちゃん、最近も仕事頑張ってるみたいだね」

 「はい!順調にいってます!でも〜また忙しくなってここに来れなくなるかもしれません…」

 「そうなんだ、これからも頑張って!いつも応援してるから!」

 「はい!ありがとうございまーす!…あっ、神崎先輩もお久しぶりです、今日もかっこいいですね」

 「朱鳥こそ、今日もかわいいね」


 神崎は誰にでも見せるようなあの爽やか笑顔を見せながら接していた。

 どうしてここまでフレンドリーなんだ、まだ少しの付き合いだろ?神崎も当たり前のように名前呼びだし、それに霧島のこの適応力…さすがアイドルか。


 「それと…」


 霧島は東條の方へと視線をやる、それに気がついて東條は霧島の方に目線を上げた。


 「…と、東條…です…」

 「あっ!そうだったそうだった、東條さん!覚えてるよ!」

 

 絶対嘘だろ、その反応。

 東條もどう反応していいか困っている。わかるぞ、このタイプはどうにも苦手だ。


 「それから…」


 そして霧島は俺の方へと視線を向け、目が合った。

 

 「初めまして、話は秋山先輩から聞いています!私、霧島朱鳥って言います。って、ご存知ですよね?」


 みんなご存知みたいに言うな。

 ここの生徒会にいることを知る前は全く知らなかったからな。…ただまぁ、今は知っている。

 

 「…ああ、知ってるよ。俺は影井勇綺、新しい仮の生徒会役員なんで、よろしく…」


 俺は、顔は霧島の方へ向けていたが目線は落として顔を見ずにそう答えた。

 すると、霧島は腰を落としてしゃがみ、長机に腕を組むように両腕を乗せながら目線を合わせてきた。


 「どうして目を合わせてくれないんですか?」


 霧島は首を傾けてそう聞いてきた。

 その対応に少し驚き、また視線を逸らしてしまった。


 そんな、初対面でいきなり目を合わせて会話なんてできない。それにアイドルだぞ?興味はないなんて言うが、そういう存在というだけでそこらの生徒なんかとは訳が違う。変な緊張感が出てしまうのも当然だろう。


 「…いいだろう、別に…」

 「それより気になってたんですけどー、その仮ってなんですか?」


 体勢を変えずに視線をこちらに送りながら、ずけずけとそんな質問をしてくる。秋山に聞いたんじゃないのかよ。


 「あのね、少し訳があるの。手塚てづか君が学校を転校してからもう一人の生徒会を決めることになったのだけど、そのもう一人が決まるまでの仮ということで入ってくれているの」


 会長がそう経緯を説明をしてくれた。


 「へー…。…手塚って誰でしたっけ?」


 霧島は立ち上がり、ごまかし笑いをしながらそう聞いた。


 「元副会長で、会ったことあるはずでしょ?覚えてないの?」


 秋山はすかさず、そう聞いた。


 「うーん、いたようないなかったような…」

 「いたの!」


 霧島はへらへらしながら、どう見ても覚えてないようなそんな様子だった。

 実は俺も、その人物の名前が手塚という名前であることは今初めて知った。


 「まぁいいです。仮ならすぐ辞めるのかもしれませんね、短い付き合いになるかもしれません。私もあまり来れないから人のこと言えないんですけどね。これからよろしくお願いしますねっ」


 なんか軽いタイプのノリだな、苦手だ…。

 

 「えーっと…私の席は…?」

 

 霧島は辺りを見渡していた。


 「あ、そうだった…席を一つ増やすのを忘れていたわ…。悪いけど、今日のところはそこにあるパイプ椅子で我慢してくれないかな?」

 「そうなんですね、全然大丈夫ですよー」


 そうか、俺のこの席は…。

 会長に言われるまま、霧島はパイプ椅子を持って俺の右隣に椅子を置いた。


 「ここ、いいですか?」

 

 霧島が俺にそう尋ねてきた。


 「…俺のこの席って元はあんたの席だったのか?」

 「まぁそうなりますかね、そこ座ってましたから」


 それを聞いて俺は立ち上がった。


 「それなら、霧島がここに座ればいい」

 「いいですよそんなの〜どこでもいいですから〜」


 霧島はそう言ってパイプ椅子に腰掛けた。

 本人がそれでいいと言うなら何も言わないが、本物の生徒会の一人を差し置いて俺がここへ座っているのが不本意だ。


 「それではまず、活動報告をしたいと思います」


 活動報告が始まり、いつものように俺はそれを聞き流していた。

 

 数分経ち、俺は会長の方を向いて話を聞いている風を装っているその時に、右隣から近づくような気配を感じた。


 「これ、なんの話してるんですか?」


 隣から霧島が小声で囁きながらに聞いてきた。いきなり耳元で言われたものだから少しビクッとした。

 いや、いきなり話しかけてくるのかよ…。しかも会長が話しているときに、節度を守れよ。それよりここに始めてきた訳でもないだろ、俺よりもわかるはずだろう。

 俺は無視して会長の方に顔を向けていた。


 「せんぱーい…?」 


 無視してもなお、耳元で小さな声で呼ばれたので、仕方なく霧島の方へ視線を向けた。すると、振り向いたその間近に霧島の顔が近づいていた。

 距離感近すぎだろ…初対面でどうしてここまで寄ってこれるんだよ。

 俺は少し椅子を左へと動かし距離を取った。 


 「聞こえてました?」


 小さな声で話してくるので、それに対して俺も小さな声で応答する。


 「ああ」

 「ならどうして答えてくれないんですか」


 そんなもの、会話したくないからに決まってるだろ。

 こういう人種なんかとはなるべく話したくはない、関わらないでおきたい。万が一にも変に目をつけられるようなことだけは避けたい。一応、今は同じ生徒会ではあるが、単なる一生徒として扱ってもらいたい。


 「…部活動の予算のことなんだろうよ」

 「そうなんですか…なんだかよくわかりませんね〜」


 俺も実際よくわかってない。ただ、俺には無関係なことなんでどうでもいい。


 「それじゃあ今日の報告は以上です。お疲れ様でした」

 「え?終わりなんですか?」


 霧島が活動終了のその早さに驚いているようだった。


 「ええ、そうだけど」

 「なんかこう…生徒会ってもっと他にやらないんですか?」

 「他には学校の雑事とかだけど…」

 「そうじゃなくて、もっとこう派手でぱーっと何かしないんですか?」

 「うーん…学校行事に手伝うことはするけど…」

 「そういうのじゃなくて、生徒会で何か企画してやりましょうよ、学校を盛り上げる何かを!」

 「企画…あまり考えたことなかったんだけど…そうね、そういうのももう少し展開するのも面白いかもしれない、考えておくね。…霧島さんも、あと他のみんなも考えておいてください」


 企画?そんなものいらないだろ、また余計なことが始まるじゃないか、勘弁してくれ。

 生徒会にそこまで来るような人物でもないのにそういうことだけはしようとするのか…。こういうタイプは馬が合いそうもない。

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