第28話 正しさ

 それからすぐに、ノックもなしに生徒会室のドアが開き、一人の生徒が入ってきた。

 その人物は三年女子だった。見たこともない人だ。明るそうな雰囲気の人物だ。


 「あら、高石たかいしさんじゃない」

 「亜姫〜話があるんだけど…」


 ん?この感じからして知り合いなのか?仲も良さげな感じだ。


 まだ設置されたまま片付けていなかったパイプ椅子に颯爽と腰かける。そして、こちらに視線を向けた。


 「…君は誰なの?」


 またこれか、さすがにもう飽きたよ…。


 「彼は影井君、生徒会の一員で…」

 「あ〜、亜姫がいつだったか楽しげに話しているのは彼のことだったのね」


 俺のことを話して?そんなことしていたのかよ…。人に噂だの話題に出されるのは嫌なのだが…。

 そんなことを思いながら会長を見ると、肩を縮めて照れ笑いをしていた。


 「それより相談があってね。友達の二人から、一緒にバイトしないかなんて言われたんだけどさ、私は受験の為にも勉強したいと思ってるの。でもさぁ、断れないんだ。だからどうしたらいいんだろうって考えているの」


 これは普通の相談みたいだな。思うまま答えてあげればいい。


 「そうなんだ…」


 会長は少し考えてから口を開いた。


 「そういうことなら…私からその子達にそのことを伝えようかな…」


 ん…?いやいや、違うだろ。そんなこと頼んじゃいない。どうして自分からそうしようとする。


 「違うよ〜そういう問題じゃないから。関係を悪くさせたくもないからさ、今まで高校生活は三人仲良くやってきたから、一人だけ仲間外れみたいになるのが嫌で…」


 そらそうなんだろうな。俺には理解し難いことだが。


 「それなら…その二人に私からそうならないように説得するしかないのかな…」


 だからどうしてそうなるんだ、なぜ第一に自分から動こうと判断を下そうとしているんだ。

 そもそも、そうならないようにって…どういう策があるんだ。


 「そのさぁ、私からしたらその二人にバイトするのやめてほしいんだよね」

 「そういうことなら…そう伝えておけばいいんだね」

 「でも、それを伝えてもらっただけでどうにかなるか…。…あ、でも亜姫なら信頼もあるからどうにかなるのかも。…そうだ、話の仲介にしてきてよ、亜姫からも今この時期は勉強に専念した方がいいって言ってくれたら納得してくれるかもしれない。…よし、それでお願いできるかな」

 「…うん、それなら———」

 

 危うく了承しかけた瞬間、会長は俺の軽く睨みつけるような視線に気がついた。そしてすぐに察してくれたようにハッと表情を変えた。


 「そうだった…。高石さん、どうしてそんなに三人でいたいのかな?」


 そう、まずは理由を聞くべきだ。…しかし、今それを聞くことは流れ的におかしいが…。


 「え?どういうこと?今の話まとまったんじゃないの?」

 「その前に理由を詳しく聞いておきたいと思ったの…。まずはどうしてバイトを始めようってことになったのかな」

 「…友達の一人の子がお金が必要って言うからやりたいって言い始めて、それからもう一人の子も一緒にやり始めたいって言ったの。私達三人ともバイト経験のある人なんていなくてさ、私だけやらなかったら一人取り残されることになるじゃない?それならいっそのこと三人ともやらない方針が私からしたらいいかなって」

 「一緒にやるって考えはないのかな?」

 「言ったでしょ?私は勉強しないといけないの。二人は同じ大学に行こうって決めてるらしいの。だから私も二人に合わせて同じ大学目指そうって決めたの。だけどね、その中で私だけ学力が低くてその目指してる大学は偏差値高めでさ、正直厳しいんだ。だからバイトする暇はないわけ」

 「そ、そうなんだ…」


 会長は俺の方へ視線を向けるが俺は首を横に振る。


 「だからさっき言った通り、ね。お願い」

 「…それって、私じゃなきゃ駄目なのかな?」


 そうだ、それをすることが自分でなきゃいけないということを問うのはいいことだ。

 

 「え?やってくれるって言ったんじゃないの?」

 「そうだけど…」

 「えっと…他に頼めそうなのいないし、さっき言った通り亜姫なら信頼あるしさ、なんとかしてくれそうな気がするから」

 「そう思ってくれるのは凄くありがたいのだけど…」


 会長はこちらを向いて、引き受けてもいいのではないかという視線を送っていた。

 会長はどんなことでもすぐ了承してきたのだろうな。こうしてなぜだの、どうしてだの聞くこともしてこなかったのだろう。だから、相談者を不安にさせないためにも、すぐにでも引き受けたいという気持ちが急かしているのだろう。

 この問題、そうして会長が仲介に入ってなんとかなるものならそれでいいし、それが一番の解決法なんだと思う。ただ、会長だって自分が進んで手を加えて問題を解決するようなことは避けたいと思っているはずなんだ。だからこそ、俺にそれを見守ってほしいと頼んでいるのだ。

 俺は小さめの溜息をついた後、口を開いた。


 「…あの、高石先輩」

 

 その声に驚いたような顔をして高石先輩はこちらを見た。

 

 「び、びっくりしたぁ…。何?君、喋れたの?」


 そりゃ喋れるだろ…どんな風に思われてたんだよ俺…。


 「先輩…本当に受験勉強したいなんて思っているんですか?」

 「勉強は…正直苦手だからやりたくないけど…何?」

 「やらなければいいんじゃないですか」

 「それだと行きたい大学に行けないし…」

 「行かなければいいじゃないですか」

 「だから友達と一緒のところに行きたいってさっき言って…」

 「本当に行きたいんですか?そこの大学」

 「行きたいとかそう言うんじゃなくって、友達と一緒にいたいからで…」

 「一緒にいるだけなら同じ学校行かなくてもできるんじゃないですかね」

 「それはそうだけど…それじゃ私一人だけ別物みたいだし…」


 これだ、俺はこれが嫌だ。どうしてそう周りと合わせようとするのか、それだけでやりたくもないことをして、自分の思いとは違う道に外れてしまうなんてことがあるのが俺からしたら考えられない。周りに合わせて自分のしたいことを見失うような生き方が嫌で俺はこうして一人を選んだのかもしれないな。

 いや、それは単なる友達がいないことへの負け惜しみかもしれない。それでも、周りに流されるような選択はしたくないのが俺のポリシーなんだ。


 「もう少し考えてみたらどうですか、バイトをやりたい人をそんな止めるようなことしなくたって…」

 「そ、それは確かに…そうだけど。それでも仲間外れになるのは嫌で…」

 「そんなことで仲間外れになりますか?そんな仲なんですか」

 「そんな訳ない…!はずだけど…」

 「友達なんかよりも先に自分を大切にしたらどうですか?そんな周りに合わせることばかりしていたら生きてて苦しくないですか」

 「そりゃあ…大変なこともある、それでも楽しいことだってあるから。友達といられるんだもの」

 

 その価値観は俺には理解することができないな…。

 埒が明かなそうなので、俺はこんなことを言った。


 「その二人、本当は高石先輩とは同じ大学になんか行きたくないのではないですか」


 そう言うなり、驚いた表情をしていた。


 「ど、どうしてそんなこと思うのっ!?」

 「その二人、先輩と同じ大学に行きたいと思っているのなら、偏差値の低いところを選んだっていいはずです。しかしそれを選ばない、それどころかバイトを始めようだなんて…先輩のこと、考えていないんじゃないですかね」

 「そんな…でも…ちょっと思い当たるところが…」


 高石先輩は慌てつつもそうなのではないかと思っている様子だった。

 思いつきでそうではないかと思っていたことを適当に言ってみたが、当たっている節もあったみたいだな。


 「友達なんてどこででもできるんじゃないですかね」


 俺が言うなって話なんだがな。それでもこの人みたいな常人なら容易いことなんだろ。学生生活の友達なんかをずっと大切にするより新しい出会いを求めればいいだろ。というかそうしてくれ、これ以上はもうどうにもできない。こんな後ろ向きな考え方でもしない限りでは人の行動を変えるようなことが俺には思い浮かばない。


 「なんかそう思ったら急にどうでもよくなってきた…。よし!同じ大学に行くのは今は考えないことにした!一緒にバイト始めようと思う、私も前々からやりたいなんて本当は思ってたんだ。友達がしてないから私もしなかったの」

 「周りに合わせようとばかりするの…やめた方がいいですよ」

 「そうだね、ありがとう。君、名前なんだっけ」

 「…影井です」

 「影井君ね。…これからも生徒会頑張って」


 だから俺は正式な生徒会ではないのだが…。


 「亜姫もごめん、変なこと頼んじゃって。自己解決したから、もう大丈夫」

 「そ、そうなんだ…。ならよかった」


 そして高石先輩は生徒会室を出て、こちらを振り向き、そして大きく手を振った。


 「相談乗ってくれてありがとねー。亜姫、それから影井君も!」


 そして、高石先輩はドアを閉めた。


 「…影井君…やっぱり凄いな。人をあんなに説得させてしまうなんて」

 「違いますよ、会長がしたかったように仲介に入れば相談してきたことに関しては解決していたかもしれないことなんですよ。ただ…こんな時でも会長がそんな行動を起こす必要なんてないって…そう思っただけで…」


 長々とそんな本心を言ってしまった。

 俺は最近だけで、ここ数年の口数を話している気がする。


 「ありがとう…私のことを思って…。これだと私なんかいらずに、影井君だけでも相談に乗れていた気がするね…。私なんかより影井君の方が相談に上手に応じることのできる生徒会長に向いているのかもね…」


 何を意味不明な発言をしているのだろう、この人は…。俺は会長が、自分に生徒会長なんか相応しくないだなんてそんなことを思ってほしくなかった。


 「さっきも言いましたが、俺の方が正しい訳じゃないんですよ。今発言してしまったことで、これから、あの高石先輩の将来を変えてしまったのかもしれないんですよ。良い方向に行くはずの道筋を変えた可能性もある。…相談を乗るって、そういう重荷になることでもあるんですよ」


 そうだ、だから会長のやり方の方が正しい未来へ運ぶのかもしれない。俺はそういうのは無視してでも会長のその性格をなんとかしてほしいと思ってやっているだけだ。そのためだけに俺は人のこれからを変えてしまうことをしているのだ。…だが、正直俺は見知らぬ人の将来や状況なんてどうなろうが知らない。それでも今は、会長の為だけにやっていたいと思うだけだ。


 「そっか…相談に乗ることってそんな重要なことでもあったんだ…。軽い気持ちで引き受けようとするのも間違いなんだね」

 「そんなことは言ってません…。人の為を思って他の考えを押し切ってでも率先してやろうってその心掛けはとても素晴らしいことなんだと思いますよ」

 「人の為にすること…うん、そうだね。…それなら、影井君がしてくれてることも私の為を思ってのことだよね…」

 

 えっ?

 俺は会長の方を見るとにこやかな笑顔を見せていた。


 「それって本当に…嬉しいな」


 その笑顔があまりにも素敵なものだったので心がときめきそうになった。それを抑えようと視線を逸らしてしまった。そして右上に逸らした目線の先には時計があり、いつの間にかもう下校時刻が迫っていることに気がついた。さすがにもう、今日は誰も来ないだろうと思い席を立ち上がった。


 「会長、そろそろ先に帰ります」

 「うん…。その…今日はありがとう。それと…ごめんなさい。私は影井君のことを思って生徒会に招こうとしていたはずなのに、逆に私が影井君に頼ってるみたいになってしまって…」

 「…頼られてるなんて思ってないですよ。会長の方こそ、俺が嫌になったらいつでも解雇してもらって構いませんよ」

 「そんなことしないよ!絶対に…」


 そこまで思っていてくれるだけで俺は嬉しい。

 俺は生徒会室を出ようとした時。


 「あの…!」


 後ろを振り向くと、会長は立ち上がってこちらを見ていた。

 何かを言いたげな表情をしていた。それになんとなく察しはついた。


 「来ますよ…明日も」


 そう返事をすると、とても嬉しそうな顔をして笑顔を見せていた。


 「うん!待ってる!」

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