第26話 花

 それから十数分が経つ。俺は自分の席へと戻って相談者を待機していた。しかし、相談者は一人も来なかった。


 何もすることがない。目安箱に入った要望に関しては、二人で軽く相談してこれはやるべきだというものだけをピックアップして、会長と俺で半分に分担することにした。

 俺が、今ここにいる目的として相談者を待たなければいけない。なのでここを出ることはできないので依頼を今は果たすことができない。


 会長は何か資料を読んで、記入したりして自分の仕事をしている。そんな仕事をしてる前でスマホをいじったりするわけにもいかないと思い、控えている。何をしているのかなんて問われた時、返答するのも面倒だ。大抵、ゲームか動画サイトを見ることくらいしかない。連絡機器として使ったことなんて殆どない。


 ———暇だ。帰りたい。

 そんなことも思いつつ、俺は会長の仕事をしているその姿をなんとなくじっと見つめていた。人の顔や仕草なんかをじっくりと観察することなんてしてこなかった。

 髪をかきあげる仕草、綺麗な姿勢、穏やかな表情。その風貌はまさしく生徒会長に相応しいような面持ちだった。


 その美しさについ魅入っていまっていた時、会長はこちらの視線に気がついて、一瞬目が合ってしまった。そして会長は軽く微笑み、俺はそれに咄嗟で目を逸らしてしまった。


 「影井君、なんかごめんね。誰も来ないみたいで。無理しないで、帰ってくれても構わないからね」


 別に、無理なんかしていない。そう思われるのが逆に心外だ。


 「でもね…私こうして、影井君と一緒にいられるだけでも嬉しいの」


 一緒にいるだけで…本当にそんなこと思っているのか…。


 「影井君ともっとお喋りしたい、会話したいって思っているの。でもね、影井君はそういうの迷惑でしょう」


 そうそう、わかっているじゃないか。


 「私はこうやって、影井君の目や態度なんかで何かを汲み取っているの。それが正しいかなんてわからない。でもね、そうしているだけでもコミュニケーションっていうのは自然に取れてるって…思っているの」


 会話しなくても…本当にそうなのだろうか。


 「…あっ、そうだった。私、水やりをするのがまだだった」


 会長は突然思い出したようにそう言った。

 水やり?この至る所に置いてある花にやる水のことか。


 「ごめん、少し出るね」


 会長は自分の席の後ろの物置の上にあった水差しを持って生徒会室を出て行った。


 …少ししてから、会長は戻ってきた。そして、俺の座ってる正面の方の壁の端には1メートル程の高さのロッカーのようなものが設置してあり、その上に花瓶やら鉢植えなどに花を飾っているものが幾つも羅列している。その花に、会長は端から順々に丁寧に水やりをしていった。

 

 「…影井君、花は好きかな?」


 会長は水やりを続けながら、突然そんなことを聞いてきた。

 花…?花に対してどうという感想を持ったこともなかった。


 「別に…嫌いじゃないですが」

 「それならよかった…。私は花が大好きなの。ここの生徒会室にある花はね、元からあったものもあるけど、私が用意した私物のものもあるの。好きなものを置いてもいいって言うから、その言葉に甘えて持ってきているの。ここにあるのはごく一部なんだけどね」


 ごく一部…なんて量な気はしないが、相当花が好きなんだな。まぁ、会長も自分のわがままを言ってそういうこともしているのだと少し安心した。


 「花っていうのは、一つ一つ違った良さがあるの。種類別にそれぞれ違った綺麗な咲き方をして見ていて癒されるの。種類だけじゃなくて、同じ花でも違う形に咲いて育っていったりもするから、それを見て行く過程が私は好きなんだ」


 正直、俺にはどれも同じにしか見えないのだがな…。


 「それに知ってるかな?花には花言葉があるの」


 花言葉か…聞いたことはあるがどの花にどんな意味があるかなんてのは知らない。


 「例えばチューリップには思いやり、ひまわりにはあなただけ見つめる。薔薇には愛情とか、そういうのがあるの。気持ちを伝えたり、人柄を表すこともできるの」


 詳しいんだな。有名どころの花ではあるが俺にはそんな意味があるのは知らなかった。


 「この花は何かわかるかな」


 会長は、そのロッカーの中央辺りの上に置いてあった花の一つに水を与えている。その花瓶には白い花が咲いていた。花びらが五、六枚くらいに分かれていて、特徴のようなものはなく、俺の知ってる有名な花ではない。

 会長はこちらを見るが、俺は何か見当もつかずに首を横に振った。


 「そうだよね…わからないよね。他の生徒会メンバーに聞いてもすぐわかった人なんていなかった…。…これはね、ジャスミンなの」


 ジャスミンか…名前だけは聞いたことはあるが…。


 「ジャスミンの花言葉はね、『優美』『愛らしい』『愛想のいい』とかの意味があるの」


 へー…、まるで会長のことのことのようじゃないか。


 「それでね、こっちの花がエリカ」


 そう言ってジャスミンの左隣に置いてあった花瓶に、小さな紫の花がいくつも連なっているような花に水をやっていた。

 エリカ…そんな花の存在は知らなかった。


 「エリカの花言葉は『孤独』『寂しさ』『博愛』なんて意味があるの」


 孤独か…俺みたいじゃないか。決して博愛などではないがな。


 「他にもその花の種類の全てに意味があるの。色が違えば意味が変わったりもするの」


 俺には一々覚えている自信はない。


 「誰かのお祝い事やプレゼントをする時に花を送ることがあるじゃない?…その花には意味があって、言葉にしなくてもその花だけでその人の気持ちが伝わってくるの。それってとっても、素敵なことじゃないかな」


 会長は俺の方に首を傾けて、いつものあの優しい笑顔で微笑んでいた。花をバックに見るその姿はまるで花に囲まれる妖精か何かなのでは…なんて思った。いや…何を考えているんだ俺は。


 それからも、会長は一つ一つの花に水をやりながらその花が何の花で、どんな花言葉の意味があるのかなどを詳しく説明していった。あまりにも楽しげな表情をしながら話すもので、まるで興味もなかった花のことを俺は苦もなく聞き入ってしまっていた。

 


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