第25話 活動再開

 「勇綺は…残るの?」 


 秋山がそう聞いてきた。

 残るか…。

 俺は会長の方へ視線を向けると、何やら表情だけで残って欲しそうなことを訴えかけるような澄んだ瞳でこちらを見ていた。


 「残るに決まってるじゃないか。なぁ…勇綺」


 神崎に念押しされた。

 正直帰りたいのは山々だが、帰ろうと言う選択はすぐには出なかった。

 …そして、意を決して口を開いた。


 「…残るよ…」


 俺はそうボソッと呟いた。そして会長の方を見ると嬉しそうな顔で笑みを浮かべていた。


 「ありがとう、影井君…」


 もはや、これは自分の意思で付き合うという宣言をしたようなものだ。

 本当はこの選択をする必要なんてなかったのだがな…。それでも、自分から決めてしまったことなのだ。


 俺は、何か視線を感じて秋山の方を向くと、座ったままなんだか意外そうな顔をしてこちらをじっと見つめていた。

 それを見て俺は首を傾げると、秋山はそれにぴくりと反応した。

 

 「そっ、そうなんだ…。…本当に変わったんだね…」


 後半、なんだか小声で聞き取りづらかった。

 そして、なぜだか寂しそうな顔をしながら秋山は席を立った。


 「…頑張ってねっ」


 俺の後ろを通り過ぎる時にそう言い残してから秋山は教室を出て行った。

 それから後を追うように神崎と東條も教室を後にした。

 そしてまた、俺と会長のみが残った。

 

 「…私ね、これからは影井君の意見を第一に聞こうと思うの」


 会長はそんなことを言い出した。第一に…どういうことだ?


 「影井君の言うことを聞いていれば、私が間違えた答えを出さないと信じているから」


 そんな…俺を頼られるようなことは困る。俺は、そんな信頼されるような人間ではない。


 「だから、改めてよろしくね」

 「…はい」

 「それじゃあまず、目安箱を取ってくるから少し待っててね」


 そして、席を立ち目安箱を取りに行った。

 また、大したことのない事しか書いていないのだろう。


 会長は自分の席に座ってからその目安箱を置き、用紙を取り出した。俺は秋山の席に移ってから二人でその要望を確認する。相変わらずどうでもいい雑事のようなことばかりだ。


 「影井君…これらの要望、どう思う?」

 「どれもやるに値しないと思います。自分で何とかしろとしか思いません」

 「そっかぁ…。私もね、考えを変えて自分で出来るようなことはなるべく自分でするようにしたらどうなんだって…思ったの。でも、これって誰が書いたものかもわからないから…特定することもできないの、だから結局私がやるしかないの」

 

 雑用のようなことを今でもやってるのか。こればかりは何を言っても無駄そうだ。これくらいのことならいいとするしかない。しかし、ずっと続けて要望が大きなものになっていくような事になるのはいただけない。


 「名前を書くようにしたらいいじゃないですか。それかもう、この箱を設置しなければいい」

 「…でもね…やっぱり、誰にも知られたくなくて、言いにくい悩み事だって必ずあるはずだと思うの…。それから…誰かに相談できるような相手がいなかったり、話しかけられないような人もいると思うの…」


 会長は四角いダンボールか何かで出来ているその目安箱を自分の手元に置いて、両手で奥の方の角を抱えるように軽く触りながら聞いてきた。


 「その…ね、実はこれ影井君のことを思って作ったものでもあるの」


 会長はその顔近くまであるサイズの目安箱に顔を半分隠しながら、少し頬を赤くしながらそんなことを言った。

 これを…俺の為に?


 「影井君が言葉にしにくかったり相談することが難しかったりしたらね…ここに入れてくれるんじゃないかなぁって…」


 俺の性格を踏まえて作ってくれていた物だったのか。確かに、何かを誰かに直接相談するよりかはこういったものの方が相談しやすくはあるのだがな…。まさか、俺の為を思って設置されているものだとは思ってもいなかった。


 「それで…ね、影井君は一度でもここに…何か書いたことは…あるかな?」


 会長は依然、その箱に両手を乗せながらなんだか気恥ずかしそうにして聞いてきた。


 「いやその…こんなものがあること自体確認したことありませんでした」

 「あぁ…そうだったんだ…朝礼の時なんかにも何度か言ってたんだけどなぁ…」


 会長は頭を下ろして箱の後ろに顔を隠してしまった。

 こんなものがあることをどっかで耳に入ってきたのはそこでだったのだろうな。ただ、基本は朝礼の校長の言葉だの表彰だのは見ようとも耳を傾けようともしていなかったからな。

 そもそも、知っていようと何か入れようとも考えないのだがな…。

 

 「なんか…すいませんでした」

 「いいのいいの!私が変なことを聞いてしまったのが悪くて…」


 会長は顔を上げて首を振って必死に俺は悪くないのだと否定してくれた。


 「それでもね、やっぱり人に言えないような悩み事ってあると思うの…これを見てくれる?」


 会長は目安箱に入っていた要望の一枚を渡してきた。その用紙にだけはやたら長文が書かれていたが、どうでもいいことが書き綴ってあるのだと思って目には止めていなかった。

 そして、その用紙をしっかりと読んでみた。


 『一年四組の鈴木聖斗すずきせいとという生徒がいて、その人は自分の友達なのですが、自己中で自分のことばかりを常に優先して人の気持ちを考えていないのです。付き合う分には楽しくいさせてもらっているのですが、どうしてもそんなところだけは好きにならないのです。どうにかしてそれを何とかしてほしいのです』


 こんなことが記載されていた。


 「これってさ、直接誰かに相談しにくいことじゃない?それに、自分の名前を書いて、もしその人に自分の名前が知れるようなことがあって、関係が拗れてしまうかもしれないって思ったからここに書いたんだと思うの」


 それは確かにそうなんだろう。

 ただ、こんなことをここへ提出して一体どうしろというのか…。


 「…これ、会長はどう対処しようと思っているんですか?」

 「私が直接言うしかないと思うの…。こういうことの要望があったからってのは口にしないで、私が思っていたということにしてね」

 「会長が突然そんなことを言ったところで…その生徒は不自然に思うだけですよ」

 「その時は…私がいつも見てたって言えばいいのかなって…」


 どこの誰かも知らないような生徒に、いきなり生徒会長がそんなことを言って信じるか?

 …信じない、それが当たり前だ。しかし、俺からしたらそれは信じられてしまうことだ。生徒一人一人に目を向けているんだ、俺はそれを知っている。そういった行いを受けたからな。

 しかし、そんなことをしようものならそいつから会長がうざがられるだけ…いや、この美少女から見られていたなんて考えると悪い気はしないのか…。

 …いやそれより、それでは問題の解決にはならないと思う。


 この依頼を出した人とその鈴木とかいう生徒と他、いつも何人の仲間内でつるんでるのかは知らないが、そんなことをするのは得策ではない。


 「会長がそんなことをした時、その鈴木とかいう奴が会長を不審に思うだけの可能性もありますよ。周りの誰かが会長に言いつけたと思い、その時…この依頼を出した友達が疑われるかもしれない。その鈴木は聞くに聞き出せず、それでその関係に溝が生まれてしまって…逆効果になるかも知れませんよ」

 「…そっか…そういう配慮もしてあげなくてはいけなかったのね…」

 「この場合、会長はその要望があったことだけは言ってもいいと思いますよ」

 「そうしたら…この依頼者からと言うことを勘づいてしまって、険悪なことにならないかしら…」

 「それでいいじゃないですか。そんなことで拗れてしまう仲なら、そこまでの関係だったってことです。そんな奴と仲良くする意味はない」

 「…そ、そんなことは…」

 「これを依頼した生徒だって、言いにくいから代わりに言ってくれと思っただけで提出したことなのかもしれませんよ。…そういう、ちゃんとした意見はお互いが理解して分かり合う方がいいでしょう」


 こんなもっともらしいことを言っているが、友達のいない俺が言っても説得力なんか全くないとは思うがな。

 俺は、その生徒がどうなろうがどうでもいい。そうしたところで、本当に問題が解決されるかなんてわからない。

 俺はただ、こんなことに会長がその生徒のことで無駄な労力を使う必要なんてないと思っているだけだ。会長のことだ、その性格が直っていないようなら何度でもその生徒へ干渉するだろう。同じ要望がまたここに入るのかもしれない。だから、自力で解決できるようなことはそうするべきだ。


 「…そうね、そうする。私、影井君の言うことには従うって決めたから」


 やめてくれ…生徒会長様なんかが俺の言うことをそこまで鵜呑みにしないでくれ…。


 「でも…ね、やっぱり名前を出さずに言いたい悩み事や言い出しづらいことって誰でもあると思うの。影井君はないかな…?…って、本人に直接聞いても意味がないのかな…。この目安箱に入れてもいいの」


 悩み事…ねぇ。多すぎて逆にないって感じだ。

 俺はクラスの全生徒が敵に見えることなんざよくある。そんな生活を送ってきたんだ。それを言ってたら、一つ一つちまちま無くしていくのも面倒だ。


 「結構です…いつかあったら相談したいと思います」

 「うん、いつでも聞くからね」

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