第23話 再会
俺が生徒会に来なくなってから一週間が経ったある日だった。
その日は日直で、一時間目の終わりに一階の職員室まで必要な資料やプリントなどを置いてから、教室に戻ろうと二階へと階段を上る時だった。
基本、下を向いている俺だが、階段を上っている途中、階段の踊り場の窓からの日差しで人影が止まっているのが見えた。それを追うように見上げた。
…すると、そこにはいたのだ、会長が。
しっかりと目が合ってしまった。
油断していた。教室から出ることもほぼなく、会わないようにとは気をつけていたが、少し気が緩んでいた。こんなとこで会ってしまうなんて…。
…しかし、もう…会ったところで何か起こることもない、そうだろう。
会長も、俺が生徒会…そして会長に嫌気がさしているのだろうと思っているはずだ。会長のことだ、そんな状況で俺に話しかけたりなんかするはずがない…。
会長は俺の姿を見て何か言いたげな顔をして立ち止まっていた。
会長の少し後ろには女子の友達であろう二人がいて、その二人も一緒になって立ち止まっていた。
俺はすぐさま目を逸らし、無視して階段を上っていく。
「亜姫?どうしたの?」
その場を止まる会長に友達の一人の生徒が話しかける。
「…え?ううん、なんでも…」
会長は、なんでもなかったようにその友達と一緒に階段を下りていった。
そう、それでいいんだ、俺にはもう関わらないでくれ。
俺が階段を上っている時に、階段を下りる会長と交差するようにすれ違う。
…そして、俺は二階へと階段を上り切りったその時だった。
「———影井君、待って!」
そう、その声は間違えようのない会長の声だった。
どうしてだ、どうして話しかけてくる…。
俺は後ろを振り向き、階段の踊り場へと戻ってきていた会長の方を見る。会長は、こちらを見上げていた。
「二人とも…先に行っててくれる?」
「…え…?なんで?」
「うん、わかった。行こう行こう」
会長は先に下に降りていた友達にそう言い残した。一人の方が状況を理解してくれたようにもう一人の生徒とどこかに去っていった。
会長は俺の方へと階段を駆け上がってくる。
なぜだ…なぜ来るんだ。…もういいだろ、終わっただろ、もう放っておいてくれよ…。
内心はそう思っていた。ただ、心の奥底でどこか歓喜の感情が溢れていた。
そして会長は俺のところまで駆け足で上り切った。少しだけ息を切らせて、そして呼吸を整えてから口を開いた。
「あの…ごめん、今思うと強引に生徒会に引き入れちゃったみたいで…。神崎君から色々聞いたの。私のために無理に影井君を生徒会まで引っ張ってくれたみたいで…でも、それが…やっぱり影井君の迷惑にしかならなかったことに、気づいてあげれなくて」
神崎の奴、自分がしていたことを自ら話していたのか…。
「それから、私のやり方が気に入らなかったって…。私、困っていることがあったら手助けしてあげたくなっちゃうの。それでも、引っかかっていたの。影井君の、その人の為にはならないって言う言葉が。…自分でもそのことは理解しているつもりだったけど、自分のしたいことを優先してきたの。…でも、考えを変えてみたの。…自分の意見なんて述べないような影井君が言ってくれた言葉だったから、そう決めたの…」
そうか…会長は俺のことを思って、考えまで変えていてくれたのか。
「だからね、あの時…バレー部に行こうとしていたのだけど…考えを改めて、あの相談者の川平君の方を探して、やっぱり自分から言った方がいいってことを伝えたの。…そしたらね、川平君は了承してくれた」
そういう風に考えも改めていてくれていたのか…。
「それでね、後で聞いてみたんだけど、川平君はどうやら辞めなかったらしいの。もう少しだけ頑張るってことにしてくれたようなの。そして後日、バレー部を見に行ったら川平君、凄く楽しそうに活き活きしていたの。私があの時辞めることを伝えていたら、あんな顔は見れなかったんじゃないかって…。…そして私は決めたの、もう簡単に頼みごとを引き受けるのはやめようって」
考え直していてくれたのか…。俺はてっきり、もう俺のことなんか忘れて、自分のしたいようにしていると思っていた。でも、そんなことはなかったんだな。
俺は感情は顔に現れないので、無表情のままでいた。ただ、心の中では確かに気持ちが高揚していた。
二階の廊下で周りからの視線も感じる。しかし、今はそんなものは気にならず、この俺だけに話しかけているこの状況がなんだか嬉しいものにさえ感じてくる。
「あの時は迷ってしまって言えなかったけど、本当は私は影井君にいて欲しかった…!私の意思で生徒会へ引き入れてしまったのに…それなのに咄嗟にそう判断することができなかった…。どちらも大切だなんて思ったら…それをすぐに言えなかったことをすごく後悔していたの…でも、やっぱりあの時言うべきだったんだなって…」
会長は少し頬を染めながらそんなことを言った。
そうか、俺のことも考えていてくれていたのか。
「私はあれからいつも影井君のことを考えていた。とても傷つけてしまったのではないかって…。また人を避けるようになってしまったんじゃないかと思ってもいたの…。そうしたらもう、どうすればいいのかわからなくて。下手に話しかけに行くようならまた、嫌われてしまうのだとも考えて…」
会長の方も、会ってない期間にそんなことを思っていてくれていたのか…。
「私は…あの時そう言えば良かったと思っていたの。…そう思われることが影井君にとっては迷惑なことかも知れなかったけど…」
「迷惑だなんて…そんなこと思いませんよ。むしろその…俺は嬉しいですよ」
表情なんかは変えないが内心はこんなことを発言したことが少し恥ずかしかった。
「本当に…?」
「はい、でもその…やっぱり俺だけを特別視するのはやめてください。会長はいつものようにみんなを平等に思いやっていてください」
そう、やっぱりそれでこそ会長なんだと思っている。
「うん…!わかった。影井君が言うならそうする」
そんな、俺の言うことを素直に聞いてくれなくてもいいのだがな…。
「それでね…影井君が生徒会に来なくなった後はなるべく、そういった依頼なんかを簡単に受けないようにと心がけていたの…それでも、やっぱりまだ断りきれないこともあるの…。だからね…今後は私がなんでも引き受けないように影井君に見守っていてほしいなーって…あ、も、もちろん無理になんて言わないの、来たくなかったら全然来なくてもいいの…。その…よかったらでいいの。でも、たまにでもいいから、生徒会に顔出してくれたらものすごい嬉しいなって…」
こんなことになっても、まだ俺を生徒会へ誘おうとしている。全面的に俺の身勝手だけで会長にも要らぬ心配をかけてしまったと言うのに…。
「そ、それじゃあね…。また、会えたら嬉しいな」
会長は期待しているかのような笑顔のまま、階段を下りていった。
…俺は、そこで少しの間立ち尽くしていた。
俺はこの後どうすればいいのかと考えていた。
「どう?生徒会に戻ってくる気にはなったかい?」
俺は突然話しかけられたその声にびっくりして、二階の廊下から声がした方を見た。すると、階段からすぐそこの角から身を潜めていた姿を現したのだ。見慣れたあのイケメン、神崎が。
なんだこいつ、まさかまた後をつけていたのか?さすがにストーカーがすぎるぞ。
「何か言いたげだね?今回ばかりは本当に通りすがっただけに過ぎないんだ、ただ会話だけは聞こえていた」
本当なのか?こいつのことだから信用ならん。
「それで…戻って来てくれるんだよね、生徒会に」
「そんなこと…一言も言ってないだろ」
「おっとそれは驚いた、来てくれるんだとばかり思っていたよ。でもその顔、そういうことじゃないのかな?」
俺としたことが、会長が去ってから気持ちが緩んでしまい口元が少しニヤけていた。その一瞬を見られていた。
俺は慌てて手で口元を隠した。
だが、本当に行こうという決心はまだついていなかった。一度離れたところに再び戻るってことがどれだけ勇気のいることか。
のこのこ戻れる状況でもないんだよ。
それに、それにだ。俺がもう生徒会に行かなくてはいけない理由もないだろ。大体、俺はこの神崎に脅され半ば強制的に生徒会に仮として入っただけだ。今はその脅しも意味を為さない。こいつが他の生徒に告げ口することもないとわかった。それならもう、行く必要がない。
…そう、付き合う必要なんてない。それがいつもの俺なら選ぶ道のはず、即決していた。利益にならないことなんか一切選択をしない。しかし、なぜだろう、瞬時にその決断を下せずにいた。どうしてだろう、何が変わってしまったんだ…俺に。
「もし生徒会に戻りづらいって言うのなら、僕も一緒に付いて行こうか?そして僕からもすんなり戻れるような状況にしてあげるよ」
なんだこいつ、考えを読まれているのか。ただ、こいつもそんなことをしてくれようと言う考えはあるんだな。
「お前…もしかして良い奴なのか?」
「ははっ、なんだいそれは?どういう意味かな?」
「もっと腹黒い奴で手段なんて選ばないと思っていたからな」
「僕が会長に正直に話したり、他の生徒へ何も言わなかったことが意外だったかい?…僕は確かに君を脅していた。そうでもしないと君は動かないからね。ただし僕はね、人が傷付くようなことは絶対にしないって誓っているんだよ」
傷付けたくない…ねえ。確かに脅されはしていたが、俺が何かされるようなことは一切なかった。
「それにそんな真似したら会長から嫌われてしまうからね。君が生徒みんなから迫害されているようなら会長は悲しむだろう」
よくよく考えてみたら確かにその通りだ。その脅迫じみた内容が俺にとってはあまりにも恐ろしかったので、そんなことには気づかずについ策略にハマっていた。
「僕も会長と同じ考えなんだ。君が一人でいること、そしてその性格でいることが気がかりなんだ。だから僕は君にも干渉しているんだ」
こいつが一体どんな考え方をしているのかはわからない。だが、勘違いしていたようだな。悪人かと思ってたが、そんなことも無さそうだ。
チャイムが鳴る。次の授業の予鈴だ。
「そろそろ教室戻らないと。…君が生徒会に戻らないのならそれもいいんだろう。その決断も勇綺の為にもなる答えなのかもしれない。しかし、一つだけ言っておきたい。僕も君を待っている、そして本当に仲間だと思っているんだ。…それでは」
神崎は左手を軽く挙げてから早歩きでクラスへと戻っていった。
仲間…か。その単語、俺からしたら恥ずかしいものでしかない。
いつも一人で過ごしていた。それこそがかっこいいものなんじゃないかとも感じていた。
周りを一人じゃ何もできない雑魚なんだとかそんな考えもあった。
しかし、あの神崎から仲間だと言われたことがなんとも心強いものだった。
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