第22話 理想と思われた平穏

 次の日の放課後だった。 


 「勇綺、先行ってるよ」


 そう一言いってから秋山は教室を出ていった。

 しかし、俺はもう生徒会室に行く気なんて毛頭なかった。会長とは顔を合わせたくも会いたくもない。


 もう、ひっそりとバックレて帰ろう。俺の得意分野だ。誰に断りもいれない、あとで誰に何か言われようと嫌われようが構わない。それでも嫌なものは嫌なんだ。逃げ出しても問題ないだろ。


 そして、俺は教室を出て階段を降りていった。

 そして下駄箱まで到達する。罪悪感なんてない。微塵もとは言い切れないが、これが俺なんだとそう自分に言い聞かせた。


 自分の靴箱まで来ると、誰かの人影が見えたのだ。

 もしかしてまた誰かに待ち伏せされているのか…?いい加減にしてくれ。

 そこには会長がいるんじゃないかと一瞬考えた。

 そして思い切って、そこにいる人物を見た。


 俺は「はぁー…」といつものように溜息が無意識に出てしまった。


 そこにいた人物、それは神崎だった。

 まぁ、会長ではないと思っていたので大体の予想はついていた。


 「今日は生徒会に来ないんじゃないかと思っていたよ。そろそろ限界が来たんじゃないかと踏んでいたのがどうやら当たったようだね」


 こいつはまた、昨日のことを影ながら見ていたんじゃないかとかそんなことを思ったが、どうなのかは不明だ。

 限界…。確かに限界だ、あの状況は。

 俺は神崎を無視して靴を履き変える。


 「あれ?帰っちゃうの?」

 「ああ」

 「わかってるよね、君が生徒会に来なかったら…」

 「ああ、お前が何しようがもう俺は知ったことじゃない。あそこに行くよりはマシだろ」

 「…何が気に入らないんだい?」

 「…なんでもいいだろ」


 俺は靴を履き替え終わり、そのまま校庭へと出ようとした。


 「君、会長が嫌いなのかい?」


 俺は足を止め、神崎の方を振り向いた。


 「別に嫌いじゃない。あの性格が…どうにも好きになれないだけだ」

 「あの性格こそが会長のいいところじゃないか。君なんかに優しくしてくれるの、会長くらいなんじゃないかな」


 その発言にイラッとした。

 そうだよ、そういうとこだよ。勝手に自分が正しいと思ったことを突き進めて、人の懐に平気で入ってくる、そんなとこが嫌なんだ。

 

 「会長が人の為にばかり動いているのが見ていられないんだよ」

 「だから言っただろう、君にそれを引き止める役をやってくれと」

 「俺なんかには無理だ」

 「いいや、僕は君こそ相応しいと思う。会長は君のことを気に入っているからね、君の言うことなら聞いてくれるはずさ」

 「それはない、俺はそこまで大切になんて思われちゃいなかった」


 現に会長は思い悩んでいたからな。俺と川平とか言う生徒を天秤にかけた時、俺の方が上に来るなんてことがなかった。俺に対して特別なものなんて感じちゃいないんだ。

 

 俺は単に会長の性格だけが気に入らないという理由だけで逃げ出してきたわけでもない。どうして俺みたいな人間が生徒会室にいるんだ、場違いなんだよ…と、そんな風な視線を浴びられるのも嫌だ。

 見知らぬ人と会ったりその人物の悩み事を聞いたりすることも面倒だ。それに意見して対立なんかしたくない。俺はその一生徒が何かに悩んでたりしても俺には一切の興味がないし知ったことではない。


 「残念だなぁ、君は生徒会の一人の仲間としていてくれると思っていたのに」


 仲間…?

 …俺は、どっかのグループに入ってるのも好きじゃないんだ。人が数人だろうが集まるような場所にいるだけでも結構苦痛なんだよ。勢いで入ったものはいいが、決して自分がいるべき場所ではないと痛感した。

 何も考えずに日々を生きていけるお前とは違うんだよ。どこの誰ともすぐに適応できるお前とは違う。

 俺は、誰からもチヤホヤされている神崎とは相容れないだろう。俺は会長のような誰に対しても愛想を向けているような人からだけ優しくされているだけだ。そんなことは逆に惨めだ、それならば俺はただ単独でいればいい。誰から好かれるようなこともなく、仲間なんて作れはしない。

 神崎…お前のような人間には一生わからないことなんだろうけどな。


 「おーい龍介!」


 神崎の同じクラスの人と思われる男女数人がこちらに向かって来た。


 「ほら、お前のお仲間たちが来たところで俺は帰らせてもらう」


 そうして、俺は校庭に出ていった。


 「龍介、お前部活は?生徒会は?」

 「誰、今話してたの」


 神崎は質問に答えていて、追ってくることもなかった。そして俺はそのまま帰宅した。


〜〜〜〜〜


 次の日の朝の始業前だった。

 俺は教室に入り、自分の席へと着いた。先に来て前の席に着いて何やら予習か何かをしている秋山は、俺のことに気がついてこちらを振り向いた。

 なんだか少し険しい顔をしていた。


 「勇綺…どうして昨日は生徒会に来なかったの…?」

 「会長にでも事情を聞いたんじゃないのか…」

 「…聞いたけどさ」

 「それならわかるだろう、俺はもう戻る気はない…」

 「…やっぱりそうか、そうなんだ。今回もやっぱり駄目なんだ…」


 秋山は目を逸らしながら悲しげにそう言った。

 必死に止められて、怒鳴られたり少し怒るんじゃないかとも思ったが、そんなことはなくあっさりと諦めていた。会長からどこまでどのように聞いたのかは知らないが、詮索することもなかった。

 今回もやっぱり…か。秋山もすぐに辞めるもんだと思われていたってことなんだろう。もはや何を言ったところで変わらないとでも思われているのだろうか。

 そうなんだ、俺はそういう人間なんだよ。嫌なことからは全力で逃げ出す。どこかにいようがそれは長続きしない。


 「もういいよ、少しでも期待していた私が馬鹿みたい…」


 秋山は失望しきったような顔でそう言って体を前に向け、再び机に向かっていた。

 案外諦めが早い。

 しかし、秋山にもこれで嫌われただろうな。いや、元から然して好かれていたわけじゃないか。…これでいいんだ。


〜〜〜〜〜


 それから数日。俺が生徒会なんかとは関わる前のいつものように孤独の学校生活を過ごしていた。誰かと話す機会なんか滅多になくなった。


 秋山はすぐに見切りをつけたように何も言わなくなった。特に何かするわけでもなく、怒っている様子もなかった。いつものような距離感でいてくれた。俺のことをわかってくれている。そう、それでいい。


 意外だったのは神崎は何もするようなこともなかった。俺の身の回りには何も起こらない。どうやら他の生徒に告げ口とかそういうことはしていないらしい。あれは単なるハッタリだったのか、それとも何をしようが俺が生徒会へとテコでも動かないことを察しているのか、それはわからない。

 

 会長も、俺に会いに来たりもしない。朝の挨拶なんかはなるべく目に止まらないように努め、廊下なんかでもすれ違わないようにも気を付けていた。



 ———そう、これでいいんだ、これで平穏が戻ってきた。そうだろ?俺が生徒会だなんてあるわけがない。俺はどこにも所属しない。このまま灰色の青春を送ってればそれでいい、いいんだ…。それでいいじゃないか、それが自分で選んだ道なんだよ。


 …俺が生徒会にいた時間、それは確かに自分には不釣り合いのことだった。それでも、なぜか今のこの現状の方が空っぽに感じてしまった。虚無の状態が好きだったはずなのに、なぜだ。なぜこんなにも息が詰まるのか。どうしてなのだろう。


 いつ、何をしてようが会長のことを思い浮かべてしまう。また無理な相談や依頼を引き受けているんじゃないかと思うと居ても立ってももいられない。

 確実に、俺の中で何かが変わっていた。

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