第21話 重なる部分

 俺は学校を後にしてから、自分の家まで帰宅した。

 自宅のボロアパート二階の一室に、持っていた鍵でドアを開ける。


 中は真っ暗だ、誰もいない。

 俺は玄関を歩いてすぐそこの居間に行き、電気をつけた。



 俺の家族は元々四人だった。

 しかし、父親とは五年前に離婚した。今は母親と二人暮らしだ。俺には四つ年上の21歳になる姉もいたが、最近一人暮らしを始めた。大学を中退してから今はバイト暮らしのフリーターで食いつないでいるらしい。


 母は介護の仕事をしている。もう40歳を超えるがいつも頑張っている。

 母が俺より早く帰宅しているなんてことはまずない。

 

 「ガチャ」とドアが開く音がした。

 俺が帰ってきて早々に、母も帰宅した。生徒会の仕事を少しだが手伝ったので珍しいことにタイミングが同じになった。


 どこにでもいる感じの母親だが、割と美人の部類だ。

 そして、なんだか疲れている表情だ。いつものことではあるのだが。


 「ただいま勇綺、なんでまだ制服なの?」

 「いや…ちょっと学校の用事があったから」

 「へー…そうなんだ」


 俺はまだ制服のまま居間に立っていた、それを母は不思議そうにしていた。しかし、特に詳しく聞いてこようとはしなかった。

 仮だが、俺が生徒会に入ってるなんて言ったら驚くだろうなぁ…。母も、俺のこんな性格を知っている。

 本当のことを言う必要もあるまい。というより…もう辞めたようなもんだ。


 「私これからすぐ、パートに行ってくるから。夕御飯は冷蔵庫の中にあるものから適当に食べててくれないかな」


 母は本業の仕事から帰ってすぐに、スーパーのレジ打ちの仕事もしているので、これから行っているのだ。シングルマザーで、借金もまだあるので生活も楽な暮らしはできていない。なので母はいつも、こんなにも仕事に追われているのだ。


 そんな母を見ていられない気持ちもあった。そして兼ねてから考えていたことを俺は口にした。


 「俺もバイト始めようかなって思うんだけど」


 そう、さすがにここまで頑張っている母を見たら俺も働こうという気になっていた。

 働くことなど未経験なので正直勇気がないので躊躇いはあった。しかし、いつまでもそんな考え方ではいられまい。


 「もしかして私の負担を少しでも減らそうなんて考えてる?もしそうならそんな気遣いいらないよ、勇綺は学生なんだから学校生活を楽しまないと」

 

 母は次の仕事に行く身支度を整えながら、そう話を返した。

 学校生活を楽しむ?俺の性格がわかった上で言ってるのか…そんなことできると思っているのだろうか。


 母は身支度を整え終わって、玄関のドアの前に立ちこちらを振り向いた。


 「勇綺、こんな生活になったのは私の責任なの、勇綺は何も気にしなくていいのよ。…じゃ、行ってきます」


 母はそのまま出て行った。

 

 私の責任…か。


〜〜〜〜〜


 俺には親父がいた…俺が気づいた時にはすでに親父は働いていなかった。毎日パチンコやらギャンブルをして借金を重ね、酒ばかり飲むアル中の本当にろくでなしの人だった。

 母はそんな親父にもいつまでも貢いでしまい、言うことがあればなんでも聞いてしまうような人だ。あんなクズな親父にも何かを期待していたのか、まだ好きという気持ちが残っていたのか、それはわからない。元からずっと仕事をしていなかったわけではないので、更生でもするのかと思っていたのかもしれない。

 

 俺と姉の説得によってようやく離婚することになった。

 もっとすぐにでも離婚していればよかったのだ。それでも養ってしまったこの母親はとんだお人好しだ。

 今でもその親父のことを引きずってることもたまにある。

 親父が今どこで何をしているのかは知らない。借金まみれになり、どこかで野垂れ死んでるのかもしれない。それもまた自業自得なんだろう。

 

 母の昔について聞こうとか思ったことはないが、過去にもそんな駄目な男達を取っ替え引っ替えで養って、大変な目にもあったことがあるということを一度だけ語っていたことを聞いたことがある。

 そういうタイプに好かれやすいのだろうか。

 俺の母も、人の面倒を見たがる傾向があり、自分よりも他人のことを優先してしまうのだ。

 


 …だから、どこか重なって見えてしまうのだ、母とあの生徒会長が。


 人の為に生きて、いつか身を滅ぼしてしまうと。そんな風になってしまうのではないかと思うと俺は会長が見ていられなかった。

 誰かのために生きるのはバカだ。真面目に生きようとする人間ほど痛い目にあう。

 

 誰かの善意をいいことに、それを悪用しようとする人が憎い。

 俺は別段、父のことをそこまで恨んでいることなんかはない。なにしろ、俺自身も大したことのない人間だ、同じ状況なら同じことをしていた可能性だってゼロじゃない。

 

 ただ、俺はそういう誰かの優しさに付け込むような人間を見ていられないのだ。人間のそういう意地汚い部分が見えてしまうのが嫌なんだ。それが、俺が人を嫌いになった原因の一つでもある。


 会長は人の幸せが自分の幸せになるなんて思い込んでいる人だ。それが間違いだなんて言わない。それでも、あの現状がお互い平等にそうなっているとは傍からは見えないのだ。


 俺は、会長のあそこまで俺に対して面倒を見てくる行為も好きになれない部分だった。

 俺はそんな情けにしがみ付きたくないのだ。俺は一人で生きていく。親父のようにはなりたくない。

 誰かに助けられたくない、誰かを利用して生きるようなそんな性悪な人間になるくらいなら俺は誰かの志は受け取らないようにと決めた。

 

 母は、はっきりとは言わないようだが本当は心の中で苦しんでいたはずだ。時折は弱音を吐いたりしんどそうにもしていた。

 どうしてあんな男と結婚してしまったのか、こんな状況になってしまったことを認めたくなくて強がってるのだろうと俺は思っている。


 だから俺は…そんな、人の為だけに生きていて破綻していくような人間を俺はもう…見ていたくないのだ。

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